56. もういいよ
お父さんが鳥居の前に車を停める。
鳥居の横に『多賀神社』と看板が出ている。
「いるかな?」
お父さんがあたりをうかがう。見える範囲に人影はない。
「うん。いるよ、お父さん」
ずっと糸は目で追っていたし、もっと明らかな証拠も見えている。
鳥居の向こう、境内から赤黒い幽気が立ちのぼっている。
「黄泉醜女はここにいる」
のどかはさっきから目をつぶって黙っている。呼吸が荒い。
わたしは、のどかを起こさないようにそっと膝から頭をおろした。
「ここまで来たらもう平気。お父さん、のどかをよろしく!」
「あ、しずか!」
お父さんの声を背に、車のドアを開けて駆けだす。
激しい風にのった大粒の雨が、全身を横なぐりにする。
水干も袴もあっという間にずぶ濡れになる。
鳥居をくぐり、参道を走る。
出発する直前、みちるさんが言っていたことを思い出す。
『黄泉醜女の呪法には時間がかかる。嵐が起きている間は姫神さまの
神社のつくりはどこも似ているから迷うことはない。
『ただ、ずっとみずうみを放ってはおけない。この嵐はバランスが崩れて起きた天災だから、御鎮めしないといけない。わたしと姫神さまはギリギリまで待ってから御鎮めする。それまでに何とかしなさい』
幽気は拝殿の向こうから立ちのぼっている。
やっぱり本殿にいる?
ううん。もっと奥からだ。
社殿の横を走る。
本殿の屋根の向こうに大きな樹が立っている。
その根元に……いた!
雨風をよけるように、茂った葉の下に黄泉醜女は立っていた。
そのすぐ横に、ニオが寝転がっている。
……ニオっ!
布都御魂剣のさやを払い、声をださず、足音をたてず、一気に距離をつめて。
「やあああああ!」
思いっきり剣を振る!
重い手応え。
黄泉醜女は腰をくの字に曲げて草むらにふっとんでいく。
「……いったぁ」
両手がしびれた。
ソフトボールのバットで芯をとらえきれなかったときの、あの感じ。
忘れていた。この剣、日本刀とは逆に、刃は反った内側についているんだった。
今はそれを忘れ、全力全開でみね打ちをしてしまった。
とはいえさすが神器。
わたしの力でもふっとばせたし、黄泉醜女に触れてもきれいなままだ。
うん。とにかく結果オーライ。
このすきにニオに駆けよる。
ニオは樹の根っこの上で倒れていた。
真っ白な髪の毛が広がっている。
「ニオ! ニオ! 目を覚まして!」
青白くなったほほをたたく。
黒に血の朱色をたらした幽気が、束になってニオに絡みついている。
何本?
今、何本結ばれてる?
ひ、ふ、み、よ、いつ……。
ああ、もう! 結び目、ぐちゃぐちゃ!
それでも十には届いてない。
ついさっき教わった。
わたしたちは今数え年で十二歳。だから、まだもう少しはだいじょうぶ。
「……しーちゃん?」
ニオがようやく目を開ける。
「ニオ! よかった!」
赤黒い風が吹く。
遠くの暗がりで影が動いた。
「やつが動きだした! 時間ないからおとなしくしててね!」
布都御魂剣で幽気の結び目を御解ししていく。
刀身がニオの体を傷つけないように、一本ずつ、一本ずつ。
「……しーちゃん。逃げて」
「何言ってるの!」
一本、また一本。
切っても切っても、幽気のひもはすぐに絡みついてくる。
それでも御解しするほうがちょっと早い。さすが神器!
「だいじょうぶだから、ちゃんと間に合うから!」
「もういいよ」
ニオは、そう言って弱々しく笑った。
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