58. 二人ならできること

 と、ちょうどそのとき。


 風が止まった。


 雨があがり、雲が晴れて月がのぞく。

 周囲に満ちていた姫神さまの神気が枯れるのを感じる。


 姫神さまとみちるさんが、みずうみの魂鎮めをしたんだ。


 よりによってこのタイミングで……!


 とはいえ、文句を言ってもしかたがない。

 わたしは、自分にできることをやるだけだ。


 布都御魂剣を顔の前にかかげる。


 剣の切っ先に意識を集中し、幽気を呼び集める。


 小さなうずを巻いて、赤黒い霞が集まってくる。


 布都御魂剣は本当にすごい。

 今のわたしが持ってる以上の神通力を引きだしてくれる。


「……っ」


 それはつまり、わたしの限界を超えているということ。


 集まってくる幽気の量が多すぎる。


 布都御魂剣の力で御寧めの力も上がっているけれど。

 肺から酸素が抜けていくような、頭から血が引いていくような、生きるために必要な何かがすり減っていくのを感じる。


「これ、ヤバい……!」


 このままじゃダメだ。


 わたしも考えないと。


 ニオがそうしたように、考えないと。


 現世のこと。


 毎日のこと。


 将来のこと。


 ハッピーなこと。


 ……琵琶湖が見える。


 静かな風に湖面がさざなみをうかべている。


 湖畔の家に家族が集っている。喫茶ウェーブレットのテラスだ。


 のどかがいる。

 ずいぶん背が伸びている。

 肩幅も少し大きくなっていて。

 そっか、やっぱりのどかは男の人になるんだね。


 隣にニオがいる。

 ニオも大人になっている。

 茶色の髪がきれいに真っすぐ伸びている。


 脇にみちるさんが立っている。

 ちょっとしわが増えた?

 なんて言ったら怒られそう。


 お父さんは白髪が増えたね。

 それはそれでかっこいいよ。

 似合ってる。


 ニオの後ろには、おじさんとおばさんがいて、おばあさんは相変わらず元気そう。


 ……うん。


 今わたしは、このために戦っている。


 のどかがいて、ニオがいて、お父さんがいて、ニオがいて、その家族がいて。


「みんなをハッピーにするのがわたしの御役目なんだ!」


 この未来を守るために。


 わたしはここで負けるわけにはいかない。


 今持っている力の、その全部を使い尽くしても……!


「しずか!」


 うすれていた意識が戻る。


「しずか、それじゃダメだ」


 横から手が伸びてくる。


「それじゃお母さんと同じだよ」


 のどかの右手が布都御魂剣の柄をつかむ。


「みんなの中に、しずかもいなくちゃダメなんだ!」


 隣にのどかが立つ。


 わたしの左手と、のどかの右手が剣をかかげる。


 剣を通じてのどかとつながる。


 そっか。

 お母さんは、自分を数え忘れちゃってたんだね。


 そうだよ。

 しずかも、他の人のことばっかり見てる。


 ごめん。


 あやまることじゃないよ。

 しずかはそれでいい。


「しずかのことは、僕が隣で見てるから」


 幽気が布都御魂剣を通して、わたしたちの中に集まってくる。


 でも、だいじょうぶ。


 一人じゃ重すぎるけど、半分こならだいじょうぶ。


 黄泉醜女がもがいている。溺れているようにもがいている。


 もう幽気はわずかにしか残っていない。


 のどかと顔を合わせる。


一二三ひふみ 一二三ひふみ


 奥津鏡おくつかがみ 辺津鏡へつかがみ 十握剣とつかのつるぎ


 布留部ふるべ 由良由良止ゆらゆらと 布留部ふるべ!」


 最後の幽気が消え、黄泉醜女の姿がかき消えた。


 一陣の風がふいていく。


「二人とも、大きくなったね」


 風が残したきんもくせいの香り。


 その向こうから、お母さんの声が聞こえた。


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