12. 御審神

「しずか、人形の周りに何か見える?」


 みちるさんが人形を三方さんぽうに乗せて差しだした。三方というのは、儀式に使う素木の台座で、側面三方向に穴が開けられているもの。


 三方に乗せられていると、よけいに迫力があるというか、正直あまり近づけてほしくない。とは言ってられないよね。


「うーん?」


 目をこらして見る。


「……えーっと、たしかに、ちょっと白っぽいもやもやが見えるかな?」


 みちるさんがうなずく。


「今の神通力じゃそんなものね。そうして神気を目で見る力を御審神みさにわというわ。息長の神仕えが発揮する神業のひとつね。御審神の力は目に宿るもの。意識しなくても常に働いているけれど、それだけでは効果が足りないことがある。今のしずかみたいにね」


「もっと見えるようにするには、どうすればいいの?」


「やってみましょう。しずか、今度は右目を閉じて。で、左手の親指と人さし指で輪をつくって、左目の前におく」


 言われたとおり、左手の輪っかからのぞいてみる。


「……わ」


 今度ははっきり見えた。


 ひもの形をした白いかすみだ。ほのかに紫がかっている。


「グラウンドで見たのと同じだ。神気のひもね」


 神気ははっきり見えるようになった。でも人形とか床とかは反対にぼやけてほとんど見えなくなってしまった。


「御審神の力は息長の神仕えの基本よ。のどかもそのうち見えるようになる。あせらないでいいからね。今日は話だけ聞いて」


 のどかがうなずく。


 ……うーん。気のせいかな。何となく、みちるさんはのどかに優しい気がする。


「さて、今しずかは左目と左手で神気を見てるわね」


「うん。神気はちゃんと見えるよ。でも、他がよく見えないの」


「それはね、しずかの左目と左手が半分神世のものになってるからなの」


「えっ! わたし、いつの間にか現実ばなれしてる?」


「一部だけね。神仕えは肉体を現世にとどめつつ、一部を神世におくの。しずかの場合、現世での利き手と利き目が右、だから神手かむて神目かむめが左というわけ」


「神手の輪を通して見ることで、神目を補ってるのか。神目も神手も半分だから、合わせると神世を見る力が強くなるんだね」


 のどかが「なるほど」とうなずく。


 その冷静さに、ちょっと、ちょっとだけいらっとくる。


「そう。それを垣間見かいまみの術というわ。御審神の力を強める術ね。現世のものは見えなくなるけど、神世のものははっきり見えるようになる。そうでしょう、しずか?」


「……うん」


 不思議な力を持てたら、もっとわくわくするものだと思ってた。


 いつの間にか自分が変わっている。


 それは嬉しいとか楽しいだけで済むものではないみたいだった。

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