第14話 夏の午後

何もすることが無い日、朝から友人の電話で起こされる。

 無職になって、何もせずに生きている。

 来月からの支払いも滞るだろう…。


「死にたい」としか思うことができない、他に何も考えることができない。

 いつまでも鳴りやまないスマホは、私を現実世界に引き戻す。

 出ることは出来なかった…。


 壁1枚隔てた外は、青い空、日差しの強い朝。


 眠っても…眠っても…目が覚める。

 誰かに、何かに置き去りにされる、探す、取り残される…。

 そんな夢しか視れなくなった。


 眠っても…目覚めても、変わらない不安に、部屋でも隅っこにうずくまることが多い。


 そんな私の部屋に、自由に出入りできる同居人、猫。


 彼らは無神経で、私の気持ちなどおよそ理解する気が無い。


 普段なら、昼間は眠っているのだが、今日は、なぜだか、私に散歩をねだってくる。

「この暑いのに…」

 あまりにしつこく鳴くもので、私はソファから立ち上がり、サンダルを履いて外に出た。

 昼間に外を歩くのは何日ぶりだろう…。

 猫を抱いて、他人の居ない場所を探す様に歩く…日陰を探しながら…人目を避けながら…。

 結局、たまに訪れる神社に足が向く、猫を日陰に降ろして、しばらく自由に遊ばせる。

 少し離れては、振り返り、私の姿を確認して、またトトトトッと少し離れて行く。


 強い日差し…植物が日差しを受けて放つ臭気、石、鉄…あらゆるものの匂いが鼻を刺激する。

 そう…私も日差しに照らされて、匂いを放っているのだ。

「生きている…存在している…」

 そんな当たり前のことを、五感を通じて認識する。


 木々の揺れる音を聴く…青い空を視界に映す…頬に汗が流れ…喉に冷たい水を流し込み、存在し得る全てを捕りこむように…深く空気を鼻から吸い込む。


 吐き出すと…少しだけ…涙が溢れた。


 足元で、身体をすり寄せる猫を抱いて…境内に座り、少しだけ泣いた。


「今日はコレでいい…これで精一杯」

 そう呟いて…猫と自宅へ戻った…。


 夏の午後…何も無かった日。

 でも…そこには『生命』の匂いがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る