第12話 遠距離友愛
日常がくるりと変わった。
考えたことがなかった。
朝起きて、会社に行って仕事をこなし、帰宅する。
当たり前の日常が苦しい……そんな日が来るなんて思ってなかった。
今が苦しい、そんな自分が許せなかった。
認めたくなくて、無理を重ねた。
それまで以上に働いた。
吐きながら…泣きながら…怒りながら…。
もう周りを見る余裕はない…完全に空回り。
もがけばもがくほど…抗えば抗うほど、他人との距離は開き、溝は底が見えない程深くなった。
退職……ほとんど解雇みたいなものだ、私は誰とも挨拶をせず会社を去った。
半年ほど、ベッドから出れない日々が続いた。
家族とも会えない…情けなくて、心配をされたくなくて、そして居場所がない。
どこにも居場所が見つけられずに外に出る。
出ても行くところも無い、どこに行っても昼間からブラブラしてる無職だと思うと、
たまらなく情けない、そして不安になる。
いつしか、ファッションホテルで1日を過ごすようになった。
誰かと話したくなったら、風俗嬢を呼んで話をした。
彼女達は話を聞くだけでお金が貰えるのだ。
いいカモだっただろう。
1日に5万~10万使う生活、長く続くはずもない。
半年もすると貯金は底をついていた。
ふたたび家に、こもる日々…ネットで1日を潰す生活。
1週間が異常に早い。
そんなとき、『カクヨム』オープンの記事が目に止まった。
なんで登録したのか?今でも解らない。
登録して、1本だけ短編を書いた。
こんなもの誰が読むのだろう?正直、気持ちを落とすだけ落として、死にたかった。
酷評されれば死ねるかも…そんなふうに考えたのかもしれない。
「面白かったです」
そんなレビューが目に飛びこんできた。
驚いた。
そして泣いた。
会ったことも無い人の一言で、ただただ泣いた。
それから書き続けた。
読み続けた。
どこの誰かも、男か女か、年齢、職業、一切解らない。
でも私は、そんな人達と繋がっているような気がした。
不思議な空間だ、ここは。
それまで友達や恋人、会社の仲間、そのどれでもない。
でも時として、そのどれよりも心の内を晒せる。
自然でいれるのだ。
いつしか、私の硬く結ばれた心は少しだけ緩んでいた。
就職活動をした。
1社目で採用が決まった。
給料は半分以下になった。
今でもワインディングマシーンで回るフランクミュラーの腕時計を見ると空しくなる。
でも、これはあの時の私そのものだ。
見栄と自己主張の塊。
そんな生活の中で、ふと目についたレビュー。
私の作品ではない。
作品に興味を持つというより、レビューした人に興味をもった。
丁寧な文章、気遣い、いくつかのレビューの中で一際目立っていた。
「あぁ、こんな人から読んでもらえる作品が書ければ…」
そのときはそう思っただけ。
私が、その人からレビューを貰ったのは、作品とはいえない、ただの愚痴を書いただけの感情の吐露。
その愚痴には、色んな方からレビューをいただいた。
嬉しかった…でも恥ずかしかった。
私は、その人の作品を1作読んだ。
キレイにまとまった小説、私のソレとは大違いだ。
プロットをしっかり作り込んだのだろう。
画家でいえば、『ダヴィンチ』『ルーベンス』『レンブラント』のような 『ルネサンス』『バロック』に感じるような感覚だろうか。
小説から『音』『色』を感じるような気がした。
おこがましくも、私は画家でいえば『ゴッホ』『ピカソ』『ダリ』その時の感情をぶつける作品が多い。
対照的かもしれない、そう思いつつも私はその人の作品を読んだ。
いつしか、コメントをいただくようになり、交流が始まった。
私が最初、その人に抱いていたイメージは、知的で神経質な人。
どう考えても、私の作品を読むような人に思えなかった。
しかし何度かのやりとりで、その人は色んな面を見せてきた。
私も体裁を整えず、正直に自分を伝えた。
知りたい…知ってほしい…そんな思いがあったのだろう。
その人も、同じような思いだったと思う。
詰め過ぎた距離に悩んだり、アタフタとしたコメントをしてきたり、
可愛い女性の面を見た気がした。
『似ている部分がある』
そんな風にお互い感じたのだろう。
私たちは、『類友』という関係になった。
不思議と似ている逢ったことの無い類友。
そして今日、私たちは『友愛』という関係になった。
この言葉は、その人から頂いた言葉。
『愛』が存在する『友』。
そんな意味に思えた。
今は逢うことは無い…でもいつか逢う気がする。
あるいは互いに気づかないかもしれない。
でも、その人とは逢う気がする。
もしかしたら…逢っているのかもと思ったりもする。
未来を想像するのは何年ぶりだろう。
今は、あのツライ期間も必要な時間だったと思うことにしている。
ツライことが多い。
今だってツライ。
だから、また明日を望もうと思う。
いつか自然に…明日を考えられるように…今を感じたい。
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