第9話 瞼の裏に広がる世界
子供の頃、ツラいことがあると僕は、空想に逃げ込むことで現実を心から切り離していた。
当時、そんな小難しい理屈を捏ねていたわけではないのだが、空想の世界では僕を拒むものはいなかったから…。
嫌いな人間のいない世界。
僕にみんなが優しい世界…そこでは僕もみんなに優しくできる世界。
現実に引き戻されるときは、いつも嫌いな人の声だった…。
身体が弱く、学校を休みがちだった僕は、布団の中で物語を読み漁っていた。
『西遊記』・『十五少年漂流記』・『海底2万マイル』…etc…。
そこに僕はいないのだが、文字から伝えられる世界は、僕の空想を無限に広げていく。
熱を出して寝込んでいる現実の僕とは大違いの主人公に憧れた。
行動力があって、勇気と知恵で…時には魔法で困難に立ち向かい打破し続ける、そんな世界に生きてみたいと願った。
昔から眠ることが下手だった…。
貧乏な家に産まれ、6畳一間に3人が眠る…父親の身体に寝返りでも打って起こそうものなら容赦なく殴られる…子供の頃から隅で身体を丸めて、浅い眠りと目醒めを繰り返すようになった。
熟睡しないように…。
大人になった今でも僕は浅い眠りと目醒めを繰り返している…1時間ほど眠る、追われる…迷う…そんな夢を見て目覚める…そしてまた眠る…これを繰り返す。
睡眠薬を飲むと、4時間ほど眠れる。
それは浅い眠りから目覚めないだけ…眠っているのか、起きているのか、
誰でもいい…傍で眠らせて欲しい。
安心して眠れる場所が欲しい…それが子供の頃からの願いのひとつ…。
ツライことがあると、目を閉じる…。
指先の位置が解らなくなる…自分の身体の大きさを、形を認識できなくなる。
広がる闇のどこまでもが自分であり、自分という『個』が曖昧になるような世界がそこにある。
暗いだけじゃない…光が見える。
緑…青…幾何学模様がカクカクと動いたり…銀河のように細かな光が瞬いて見える。
実際は脳に焼きついた白黒反転した残像だそうだ。
虹のように円環が見えることもあるし、色彩豊かな光の世界になることもある。
これは、僕の宇宙だ。
子供の頃にはそう思っていた。
ここが僕の産まれた宇宙…住まうべき場所であり、還るべき場所。
今の世界は僕の世界ではないと…。
その世界に行きたいと…。
解っていた、子供の頃から…そんなことはできないと。
歳を重ねれば、重ねただけ…その世界は遠ざかる気がした。
僕だけの世界じゃない…誰しもに起こる生理現象であり、それは宇宙でも何でもない…。
それでも…僕は、今でも目を閉じ…その宇宙を感じている。
そこに行きたいとは思わなくなった。
でも…目を閉じると、子供の頃と変わらない宇宙が広がる…。
僕は大人になった…。
相変わらず…眠ることすら出来ないまま…壊れたまま…。
それでも、
脳に焼き付く反転映像。
違うさ…僕の中の宇宙が視える…。
今も…昔も…変わらずに…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます