閑話 角ヶ芽高等学校3年4組学級担任日報から引用
欠席者
1名 佐野葉月(体調不良)
授業
1時間目 数学
2時間目 社会
備考
夏休みの補講一日目。熱中症対策についてHRで触れる。配布物は無し。
職員室で日誌を書き終えると、先輩教師がやってきた。
「土井先生、さっき電話ありましたよ。教育センターから。また折り返してくださいね」
「あ~、すみません。分かりました、ありがとうございます」
窮地に立たされることになった契機は、教育センターの相談課から一本の電話であった。
三年四組佐野葉月に関するいじめの有無を確認してきたのだ。
佐野葉月といえば、学年首位をキープする我が校きっての秀才。その彼女に、いじめだって? 彼女に何かあれば責任を問われる。いいや、それだけで済むような問題じゃない。
この一年、この一年さえ乗り切れば、来年はきっと一年生あたりの副担任にでもなれるはずだ。そうすればこの学校に在籍してもう五年になる。異動を命じられるのも時間の問題。何事も無く円満に教師として働けた、それも進学校・角ヶ芽高校で、という箔がつく。だというのに。いじめだって? それも、佐野葉月に。冗談じゃない!
「失礼しまーす。土井先生、日直の日誌持ってきました」
ウチのクラスの生徒である藤里が職員室にやってきた。彼から日誌を受け取って、ぱらぱらとページをめくった。しかし、藤里は俺の横から動こうとしない。藤里は勝手に話し始めた。
「今日佐野さんが休んでたじゃないですか。先生、何か聞いてませんかー?」
「……佐野のお母さんから、体調が悪いから休ませると聞いてるぞ」
「ふーん。そうですか。一年のときからずっと皆勤賞で、風邪とか引かないように注意深かった佐野さんが、ここにきて急に体調不良、かあ。分かりました、ありがとうございまーす」
藤里はペコっと会釈するとさっさと職員室を後にした。佐野葉月とは違う種類の危うさを秘めた生徒――藤里瀬名。俺に何か言いたげな様子だった。いいや、あれは反論をしていた。お前、嘘をついているな。嘘を嘘だと分かっているのにそのまま放置しているな。真実から目を背けて逃げているな。背中に包丁を突き付けられて脅された気分がした。
ジトッと額に汗がにじんだ。まったくどうなってるんだ、ウチのクラスは。どいつもこいつも、クソ生意気なクソ餓鬼じゃないか。なんで、どうして。俺はただ、ただ――
「土井先生、、またお電話ですけどー?」
同僚の教師が俺に向かって手を振っていた。また電話だ。どこからだ? どこからなんだ?
もう、勘弁してくれ。許してほしい。見逃してくれよ。何も悪くないんだよ、俺は。
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