探索者

「いらっしゃい。四名様?」

「ええ、そうです」

「じゃあそっちの空いてるテーブルにどうぞー」


 夕食時の食堂に、四人の男女が入店した。

 案内された席に座った彼らに、ちらちらと周囲の客が視線を向ける。

 常連が多いこの店で見かけない顔だからというだけではない。

 注目を集めているのは二人。

 一人は大柄で坊主頭に大きな傷跡をもつ男。

 もう一人は豊満な胸とそれを強調するような服の女。

 残りの二人は整った口髭を生やした男と、細身で髪を逆立てた男だ。

 全員が三十代前半辺りの年齢に見える。


 坊主頭の男が席に着くなり周りを睥睨し、視線を切らせた。


「見せもんじゃねってんだ。うっとおしい」

「そう言うなラモ。君の巨体は目立つんだ」

「気になるんだから仕方ねえだろ」

「図体はでかいのに器が小さい」

「うるっせえな、ズズイ。喧嘩なら買うぞ」

「今から食事するのに、暴れないでよ」

「ムイ、前から言っているが君のその恰好も如何なものかと思うんだ」

「スイセイ、あなたが私と結婚してくれるって言うなら慎ましい格好をするけど?」

「む、それは…すまん」

「手を出しなさいよ!私は早く幸せな家庭を築きたいの」

「ムイ、慎み」

「あんたが結婚してくれたっていいのよ」

「………」

「俺が結婚してやろうか」

「私ハゲって無理なのよね」

「エロい格好までして結婚を急いでる奴がそこで拒否ってんじゃねえよ!」


 言い争いを始めたせいで再び注目を浴びるなか、四人のリーダーであるスイセイは給仕を呼んで適当に注文を済ませ、喧嘩の様子を黙って見守った。

 彼らは十年近く、ほぼ入れ替えも無く同じメンバーで仕事をしているので、これくらいの口喧嘩はじゃれているようなものである。

 この目立つ四人組は、探索者で三級上位に位置づけられている。

 カンテイルという街を拠点に活動をしていたが、ちょっとした問題が起きて離れることになった。

 新たなダンジョン都市を目指した馬車旅の道中、トリエンとデリメイを結ぶ街道で彼らは旧道跡を見つけた。

 かつて村があった場所や戦場などにダンジョンが現れると知っていた彼らは、可能性は低いと思いつつも踏み入り、その先でダンジョンの入口を発見したのだった。

 中を覗い、まだ出来たばかりのダンジョンだと推測。

 その後デリメイへと急ぎ辿りつき、ギルドへと報告して宿を決め、食事をとりに来たのだった。


「でもまっさか本当にダンジョンがあるとはな」


 運ばれてきた肉料理に齧りつきつつ、ラモが仲間に同意を求めた。


「ホントにねー。暇だったからっていうのもあって確認に行っただけなのに」

「ありがたいことだ」

「そうだね。未登録ダンジョンの発見報酬に加えて、ギルドからお仕事ももらえたんだ」

「でも私あの仕事は好きじゃないな」

「後身のための大事な仕事だよ」

「そうだぞ、ムイ。俺たちはなんたって三級なんだからな」

「分かってるわよ。だけどなんか詐欺師みたいっていうか」

「ムイは優しいね」

「えっ、結婚する?」

「とにかくゆっくりと休みをとって準備が出来たらダンジョンに潜ろう。各自準備を怠らないように頼むよ」

「ちょっと無視しないでよ」

「君はとても魅力的な女性だよ。けれど私はこの仕事を続ける限りは誰とも結婚するつもりはないんだ」

「連れないんだから」


 ふくれっ面をするムイに酒を注いで宥めるスイセイ。

 そんな彼らに横のテーブルにいた男から声がかけられる。


「あんたらがダンジョンを発見してくれたのかい」

「ああ、まあな」

「おい皆、この方たちがダンジョンを発見してくれた探索者様たちだってよ」


 呼びかけに周りで食事をしていた者たちの視線がまた集まる。

 浴びせられたのは視線だけでなく、賞賛と感謝の声まで付いてきた。

 拍手や歓声、お調子者が吹く指笛で騒々しくなる。


「いやー、ダンジョン都市となれば人が集まるのは必至。あんた方のおかげで俺らの生活は安泰だ。ここは飯代ぐらいおごらせてくれ。なあ皆」

「おっ、そいつはありがてえ」

「よろしいんですか。何人か顔を逸らしていますが」

「出せる奴だけでいいんだよ。ほれ」


 提案した者がテーブルの上に五百ナット硬貨を置くと、全員とは言えずとも他の者も後に続く。


「飯代に足りてれば釣りはもらってくれ。足りなければ簡便な」


 そう言って男は、笑って自分の席へと戻って行った。

 ダンジョン都市となると、領主や商売人だけでなく一般的な住民にも恩恵がある。

 それは仕事が増えることだったり、街の設備が整うなどである。

 探索者という荒くれ者が増えることで、トラブルも増すが利点の方が多い。

 あちこちのテーブルで「ダンジョン都市に」という乾杯の音頭が叫ばれた。



 四人が食事を終え、

「先に宿に帰るわ」

と言ってムイが席を立った。

 帰りしな周囲に色気を振りまくのは忘れない。

 続いてズズイが黙って立ち上がり店を後にした。

 その背中を見送ったラモは、盛大に溜息を吐く。


「ったくよぉ、ズズイがさっさと『俺が結婚する』って言えば落ち着くってのに」

「恥ずかしがり屋だからね。いつか二人が結ばれるのを待とう」

「でもよー、また騒ぎを起こす前にはしてくれねーと困るだろ」

「それは確かに」


 スイセイが苦笑を浮かべ思い出すのは、拠点を変えなかければいけなくなった原因の事件。

 酒場で結婚の話題を出したムイを『ババアが盛ってる』と馬鹿にした探索者にズズイが殴りかかり、止めに入った周囲もいつのまにか喧嘩に参戦。

 仕舞には酒場中で乱闘騒ぎに発展した。

 結果が罰としての拠点退去である。

 三級の探索者に対してかなり重い罰であるのだが、実は初犯ではなく同様の騒ぎを幾度か起こして警告を受けていたので仕方ないと納得している。

 次に拠点とする街ではそんな騒ぎが起きないで欲しいと願う二人としては、さっさとズズイとムイが結ばれればいいという共通の思いがあった。


 ズズイはムイを好いている。

 彼は寡黙で冷静に見えて、単なる恥ずかしがり屋であった。

 先ほども結婚することに同意すればすべてが丸く収まったものを、黙っていたのは返事をしようにも焦りで動けなかっただけ。

 後をついていったのも変な男に引っかからないよう隠れて護衛するためだし、ラモが『結婚してやる』と言った時にはすごい剣幕で睨んでいた。

 二人を祝福できる日はまだ遠そうだと結論付け、彼らも席を立った。


 ちなみにカンパされた金では支払いに若干足りなかった。

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