財宝を求めた少年たち
スラムの少年三人が頼りない光を頼りに坂を下って行く。
前衛の二人は何度も木剣の握りを確かめながら、後衛で魔石灯を持つ少年は不安であちこち照らしながら。
「ナラ、ちゃんと前を照らせ!」
「ごめんなさい」
全員がダンジョンの放つ得体のしれない空気に怯えていたが、リーダー格のランブはそれを悟られないよう大声で怒鳴っている。
坂を下り終え、広い場所に出た。
「中を照らせ」
ランブの命令でナラが魔石灯の明かりを前へ向ける。
「何も無いな」
四角い部屋の中には何も無い。
さらに奥へと通路が伸びているだけだった。
二人が索敵する後ろで、ナラは来た道を振り返っていた。
今や遠い入口は、陽の光で白く輝いて見える。
あそこへ戻りたい。
いつものように街の外壁が見える場所で魔物を狩ってもいいし、雑用仕事をして小銭を稼ぐでもいい。
とにかく日常が恋しい。
そんな想いを抱くが、一人で戻るなんて言い出せるわけもなく。
「ナラ!とっとと先に進むぞ!」
「ごめんなさい」
さらに通路を進むと、丁字路に出た。
「どっちに行く?」
「右に行くぞ」
悩んだ末、勘でランブが進む方向を決めた。
しばらく進むと、次の部屋へと辿りつく。
部屋の中を魔石灯で照らすと、今度は魔物である大芋虫が五匹いた。
いつも狩っている弱い魔物だったため、三人は顔を見合わせ久しぶりに気が抜けた表情を浮かべる。
攻撃手段は大きな口に生え並ぶ牙による噛みつき。
噛まれたら痛手を負うだろうが、足が遅いので余裕で攻撃から逃れられる。
常に一方的に攻撃できるので、倒すのは容易い。
今までに三人が怪我をさせられたこともない。
「手前から順に倒すぞ。ちゃんと照らしとけよ」
「分かった」
「うん」
部屋に踏み込み、ランブとアキが手近なものから順に倒していく。
技も何も無い、木剣での叩き付け。
肉を叩く音が響く。
動かなくなるまで叩き、次へと向かう。
すべて倒し終え、武器を持った二人が息を吐く。
「ちょっと硬かったかも」
「アキもそう思ったか」
「うん。ダンジョンの奴は少し強いかもね」
「まあでも俺にかかればなんてことないな。とにかくさっさと魔石を抜いちまおう。ナラ、こっちに来て照らせ」
「うん」
解体するためにナイフを取り出したランブが、手元を照らさせるために少し離れた位置にいたナラを呼ぶ。
いざ解体、とナイフを滑らそうとしたが失敗に終わる。
外したわけではない。
彼らの目の前で、芋虫が地面に溶け込むように消えていったためだ。
残されたのは魔石が一つ。
「ダンジョンでは解体が必要ないってこういうことか」
「どういうこと?」
一人で納得して魔石を拾い上げたランブに、二人が戸惑った顔で聞く。
「お前ら勉強不足だな。ダンジョンでは魔物の死体が勝手に消えて、素材だけが残るってギルドの人が言ってたんだよ」
「へー、でもランブは解体ナイフ出したよね」
「うるせえ!ちょっと忘れてただけだ。無駄口叩いてないで、とっとと魔石を集めて来い」
うっかり口を滑らせたアキに、ランブがナイフを向けて凄む。
まさか刺しはしないだろうと思うものの、後で殴られるかもしないと自身の発言を後悔しながらアキは倒した芋虫がいた場所へと向かって駆けて行った。
ランブが腕を組んでそんなアキの後ろ姿を睨みつけていると、すぐ横で唐突に鈍い音が二度響き、明かりが変な方向を照らした。
「おいナラっ、ちゃんと照らせ」
だが返事が無い。
いつもならばすぐに謝るはずなのに。
ランブが視線を向けると、ナラが倒れ伏し、魔石灯が地面に転がっていた。
「どうし…た」
声を掛ける途中で、明らかな異変に気付く。
ナラの頭はあんなに大きくないし、髪の色だって白じゃなく茶色だ。
よく見れば、頭を大芋虫に覆われていると分かる。
見逃しがいた?
何故頭に載っている?
良く考えれば浮かんだであろう疑問にすら気づかずに、焦り駆け寄る。
とにかく引き剥がそうと掴みかかるが、離れない。
芋虫の大きな口が、ナラの頭を丸呑みにしている。
手をこまねいている間にも、ナラの頭があった位置からはミュチミュチと異様な音がしている。
「アキ!こっちに来て手伝え!」
怒鳴るが、アキからの返事は無い。
嫌な予感を抱きながら、転がっていた魔石灯を拾い、アキがいるであろう方向を照らした。
そこにはナラと同様、頭を芋虫に呑まれ倒れ伏すアキの姿があった。
何が起きている?
転がっていた魔石灯を拾い上げ、アキの元へ走り寄る。
こちらも芋虫を引き剥がそうとするが離れない。
どうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたら
混乱し考えがまとまらない。
早く冷静にならなければ、自分にも同じことが起こるかもしれないという恐怖心。
何度も大きく息を吐き出し、五月蠅いほどに鼓動を刻む心臓を胸の上から押さえつけ、若干ではあるがパニック状態からは脱する。
とりあえず他に芋虫がいないかと、周囲を慌ただしく見渡した。
だが見当たらない。
そうしてようやく疑問が浮かぶ。
あの芋虫はどこから湧いた?
最初に部屋の中を照らした時、あれは五匹だけだったはずだ。
部屋の隅にいたのか?
這いずる奴らが、どうやって瞬時に頭に登った?
…上か?
魔石灯を掲げると、下を窺うように上半身を浮かせた芋虫が数匹天井に張り付いていた。
大芋虫
大きさは中型犬程
地面を這う同種を囮に、天井から人を襲う魔物
そんな基礎知識すら知らなかったランブは、倒れた二人を諦め天井を気にしながら入って来た側の通路へと駆けた。
もう振り返ることもせず、出口へと向かう。
子分を失ったあげく手ぶらで帰るのは悔しいが、次は天井にも気を配ればいいと学んだ。
「すぐに出直してやる」
掠れた声でそんなことを呟きながら、分かれ道を左に曲がり最初の部屋へと辿りつく。
ここも一応天井に大芋虫がいないか確かめようと、速度を落とした。
天井を窺うが、何もいない。
ならば急いで外に出ようと視線を前に向けたところで、動かそうとした足が止まる。
女が一人、部屋の真ん中に立っていた。
腰まである艶やかな黒髪と黒い瞳。
容姿は優れているが、その瞳に宿る目に見える程の狂気が台無しにしている。
歳は十五、六といったところか。
白いシンプルなワンピースに幅広の黒いベルトを巻いている。
ベルトには袋が括られ、袋の中から赤い光が漏れていた。
「お、お前、いつから、そこにいた」
驚きでつっかえながらも放った質問に、
「はぁ。やっと獲物が来たかと思えば、すぐに帰るってなんなわけ」
溜息と答になっていない回答が返される。
警戒し、女と距離をとって出口へと向かおうと足先を向ける。
そんなランブを見ながら、女が何かを呟いた。
すると半透明な板が女の前に現れ、指で触れて何かをしている。
『なんだあれは。何をしている?』
分からないながらも、念のため木剣を両手で構える。
女を注視していると透明な板が消え、視線が再度ランブに向けられた。
その手にはどこから現れたのか片手剣が握られていた。
「近づくな。近づいたらこいつでぶん殴ってやるからな!」
木剣を構え、間合いに入れば殴りかかるぞ、と女に警告する。
だが聞こえなかったわけでもないだろうに、女はランブに歩み寄って来る。
そしてランブの間合いへと女が入った。
ランブが木剣を振りかぶり一撃を叩きこもうとしたが、何故か木剣があさっての方向へ飛んでいった。
不意に軽くなった腕の先。
失くした重量は木剣以上。
ランブの肘から先の腕が消えていた。
理解できずに目を点にしながら、女の顔と腕の先を何度も視線が往復する。
女が笑みを浮かべ、大量の血が腕の先から噴出する様をただ茫然と視野に入れ、遅れて認識へと至る。
「あああああああああああっ、いだい痛い痛いいたいいたいお、おれのうで、おれのうでぇええええええええええええいたいぃぃぃ」
激痛に堪らず叫ぶランブ。
「うるさい」
絶叫に対し、笑顔から一転不快そうに顔を歪めた女が呟いた。
その女の言葉が届いたわけでもなく、叫び声は止まる。
女に配慮したわけではない。
ランブの口は今も叫びを上げようと開いている。
ではなぜか。
発声どころか息を吸うことも吐くこともできなくなったせいだ。
女の前には首から上が無い死体が立っている。
あるべきはずの頭は、目を見張って口を大きく開けた状態で床に転がっていた。
噴水のように血をまき散らす体を、女が蹴って地に倒した。
数秒後、不意にどちらも世界から存在が消える。
若い命が三つ、ダンジョンに呑まれた。
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