第2話:廃ビル
とある夜。
人混みの繁華街から離れていくように歩いていくと、雑居ビルが林のように建っている地帯がある。いつぞやの不動産バブルの名残なのかはわからないが、誰が管理しているのかすらわからない為、取り壊しも出来ずに墓標のように残されていた。
このような建物の中に誰が入るのかと思われていたが、しかしぽつぽつと時間を空けては誰かが入っていくのを見かける。
入っていく人々の身なりは地味だが、けして貧乏くさい服装ではない。
むしろ高級ブランドものに身を包んでいる。
彼らのような資産家と思われる人々が、なぜこのような治安の悪そうな入り組んだ路地の中にある廃ビルに入るのか。
私は人が何度か入っていくのを確認し、その後に着いていく。
ビルの中は外の様子と全然違う、という事はなかった。
廃ビルにふさわしい、内装が剥げてコンクリートがむき出しになって壁はひび割れ、埃が所々に綿ゴミのように溜まっている。マスクしなければ喉や肺を悪くしそうだ。
中に入る人々はそれでもハンカチなりで口を押さえながら黙々と歩いていく。
目の前の人に私はついていく。
私たちはやがて階段に辿り着く。
地下へと延びていく階段。電気が通っていないビルは、灯りを点けて歩かねば足元すらおぼつかないというのに、階段だけはオレンジ色のうっすらとした明かりが灯っていた。
靴の音が鳴り響く。
だが下っていくうちに、私は違和感を覚え始める。
廃ビルでもう誰も管理していないはずなのに、妙に手入れがなされている階段、手すり、壁。
階段で何段下っただろうか。
やがて私たちの目の前には、廃ビルとは思えないようなデザイン性の高いエレベータが姿を現した。
エレベータの前にはサングラスをかけた黒服が立っている。
懐にはスーツに不自然なふくらみがある。
彼らはやってきた人々のボディチェックをしている。
招待状はないとはいえ、ブラックリストに載っていないかをチェックしながら先へと送る。私も問題なく送られ、その後荷物を預けられる。
大体の人はほぼ手ぶらで来ているのだが、まれにバッグなどを荷物を持っている人も居る。会場に何かを持ち込まれても困るというわけで、開催者が預かり、後程郵送するという形を取っている。
私も手ぶらの体で来ているが、靴や腕に仕込んである超小型カメラが見つからないかだけが気がかりだったが、何とかやりすごして先に進んだ。
エレベータは何人かまとめて乗る形になっていた。
私以外の人々は一様に何を食べられるのかを楽しみに口々に語り合っている。
エレベータに乗る。行ける階層を示すボタンは二つしかない。今いる階と、最下層と書かれたボタン。
案内人が最下層のボタンを押すと、エレベータは速度を上げて一気に降りていく。
「最下層です」
着いて扉が開いた瞬間に、皆が我先にと降りていく。
着ているいかにも高そうな服に皺が寄ろうとも関係ないと言った風に。
扉の先には待合室があって、そこでは待っている人々が話をしていた。
私のように一人で来ている人は少なく、大概が知り合いと来ているようだった。
私は椅子に座り、周囲を見渡す。
来ている面々は、あまりテレビを見ない私でも知っているような俳優、女優。与党の中でも重鎮とされる政治家たち。スポーツニュースをにぎわすようなプロの面々。
それ以外にも様々な会社の重役や、果てはマフィアのボスと見られる人物までもが同じ会場に姿を現していた。
『皆様、お待たせいたしました。これより晩餐会を行います。これより座席Noを示した紙を配りますので、並んで待って下さい。配布した人から晩餐会会場に入れます』
晩餐会会場への扉が開き、各人が配布された整理Noを貰って席に着いていく。
私も案内に従ってテーブルに着いた。
会場の中には既に良い香りが漂っている。
この三十年ほど嗅いだことのない香り。鼻腔をくすぐるとはまさにこのことだ。
さて、一体どのような料理が来るのだろう。
私は腰が落ち着かずにそわそわしながら待っていた。
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