第19話 水見さんは誘いたい(海) ⑦
買い出しに出かけたのはいいもののどこに何があるか分からない地域なのでまず管理棟に向かった。
そこで先ほどヨシさんと来た時に貸出のことなどで顔を合わせた職員の男性に話を聞いた。
「買い物ですか? 車で五分くらいのところに小さなスーパーがあるので、そこが一番近いと思いますよ。あとは道沿いに十分くらい行ったところにコンビニがあるくらいで」
「そうですか。ありがとうございます」
職員の男性は付近の地図を見せてくれながら、説明してくれる。それを自分のスマホで表示させた地図と見比べながら確認する。
「ちなみに歩きだとどれくらいかかりますかね?」
「一時間かからないくらいじゃないですかね。よかったら車出しましょうか?」
ありがたい提案を受け、水見さんに「どうする?」と尋ねると、
「歩いてもいいんじゃないかな? 急いでいるわけでもないし」
と、表情を変えずに答える。夏場に一時間近く歩いて、さらには荷物を持って帰ってくるのは大変だろうなと少し気が重くなる。でも、水見さんとなら悪くないと思った。職員の男性に大丈夫だと車を出してもらうことを丁重に断り、念のため近隣のタクシーの電話番号を教えてもらった。
管理棟を出て、真夏の昼過ぎという一番暑い時間帯に海辺に沿った道を水見さんと歩く。ときおり吹く海風が思いのほか涼しかった。
しばらく、無言で歩いていると、
「小寺くんは車出してもらう方がよかった?」
と、水見さんが聞いてくる。隣の水見さんを横目でちらりと見る。水見さんもこちらの様子を伺っているように視線を向けていた。
「まあ、一人なら間違いなくそうしてもらってたかな」
「そう?」
「うん。水見さんはどうして歩きでいいと思ったの?」
水見さんは言葉に詰まる。そして、ふいに足を止める。数歩先で同じように足を止め、水見さんの方に向き直る。
「どうかした?」
水見さんからは何も反応が返ってこない。水見さんは何も言わないまま歩き始める。隣に来るタイミングで歩幅を合わせて同じように歩く。歩き出してしばらくすると、
「私は小寺くんと歩きたいなって思った」
と、水見さんがこちらを見ずに口に出す。そう思われたことが嬉しくて返す言葉がすぐには出てこなかった。
「小寺くんは嫌だった?」
「誰も嫌だなんて言ってないよ」
「そうだけど……」
声が沈んでいるような気がした。もしかすると、歩くことを選んだことの責任を感じているのだろうか。そう思うと胸が痛んだ。水見さんがそんなこと気にする必要も責任を感じることもないのだ。
「俺は水見さんに楽してほしいから車で送ってもらおうと思ったんだ。でも、水見さんが歩きたいならそれでもいいと思ってた。それに歩きたい理由に俺が関わっているなら、嫌じゃなくて嬉しい限りだよ」
「本当に?」
「嘘言って何になるのさ」
「そうだけど」
「俺はこうやって水見さんと歩くの好きだから気にしなくていいんだよ」
「そう言われると、違う意味で気になっちゃうよ」
隣を歩く水見さんの横顔を見るだけでも頬を緩ましているのが分かった。そのことで安心して、嬉しくなる。水見さんの笑顔や緩んだ表情は胸が温かくなり、心が満たされていく感じがする。
そして、水見さんは笑みと一緒に、
「やっぱり小寺くんは小寺くんだ」
と、嬉しそうに小声でこぼすように呟いた。水見さんに釣られるように自然に笑みがこぼれるのを実感する。
「それはやっぱり褒めてないよね」
「そんなことないよ。私はいつも小寺くんに感謝してるんだ」
「俺、そんなに感謝されるようなことしたかな?」
「してるよ」
「例えば?」
隣を歩く水見さんを見つめると、同じように見つめ返しながら、今、視界に入る全てのもの、例えば海や太陽や空より、澄んでいて眩しいばかりの笑顔をこちらに向けながら、
「教えない」
と、一言そう口にする。言葉を失うほど綺麗で、例えようもないほど魅力的なその姿に、笑顔に、全てを捧げてもいいかもなと思った。
それからご機嫌な水見さんに話しかける言葉を見つけられなくて、ときおり顔を見合わせ笑い合いながら、ただ歩いた。スーパーにたどり着くまでけっこう時間が掛かったはずなのに、あっという間に感じてしまうほどだった。
スーパーに入ると水見さんは商品棚を見ながら、たまに手に取ったり、立ち止まってじっくりと見比べたりする。その後ろをカゴを持ってついていく。
「ねえ、小寺くん。みんな夜はがっつり食べるのかな?」
水見さんは首を傾げ、考えながら口にする。
「きっとそこまで食べないんじゃないかな。なんだかんだ昼にいっぱい食べたし、酒もかなりの量入ってるからね」
「そっか。じゃあ、おつまみチックなお手軽に食べれるようなのがいいかな?」
「そうだね。でも、わがままを言うと、たぶん俺とヨシさんはお腹にたまるようなものも欲しいかも」
「なるほどね」
水見さんはしばらく考えた後、何かを決めたかのように頷く。
「明日の朝のことも考えて……いけそうかな」
「なんだか無理な注文したみたいだけど大丈夫なの?」
「うん。きっと大丈夫」
水見さんは値崩れした鮭の切り身や葉物野菜、餃子の皮に食パンや小さめの缶入りのホールトマト、卵、牛乳などなど次々にカゴに入れていく。その顔はどこか楽しそうだった。
「水見さん、なんだか生き生きしてない?」
「そう? でも、自分が作った料理でおいしそうに食べる姿や喜んでくれる顔を想像すると、なんか楽しいんだ」
「それはいつもなの?」
「うん。自分一人のために作る料理のときはそんなにだけど」
「そっか。なんか見てるこっちも楽しくなりそうだよ」
「それなら、帰ったら一緒に買い物に行ったりする?」
「荷物持ちくらいしかできないよ?」
「それでもいいよ」
水見さんはふいに立ち止まり振り向いて笑顔でそう言うので、「じゃあ、時間が合えばいつでも付き合うよ」と返すと、さらに緩んだ表情と細めた目で「うん」と頷いた。
スーパーの中をぐるりと回り、「こんなところかな」と水見さんは口にする。
「あとはお菓子とかおつまみになりそうなものを買えば……」
水見さんがお菓子コーナーのおつまみを置いている棚の前で悩んでる姿は似合っていなくて面白かった。辺りを見回すと、近くに乾き物のコーナーがあった。海沿いの地域というもあってか、地元産と書かれたものなど、なかなか充実した品ぞろいだった。
「私、こういうのは詳しくないんだよね」
いつの間にか水見さんが隣に立っていて、同じ一角を見つめる。
「じゃあ、ちょっと試してみる?」
「うん。こっちは小寺くんにお任せしようかな」
「分かった」
少し悩んだ末に焼きあじとエイヒレを手に取る。それ以外に定番どころということでさきいかをカゴにいれた。
会計を済ませ、帰りは生モノもあるのでタクシーで帰ることにした。キャンプ場の入り口あたりで下ろしてもらい、荷物を持って歩き出す。
「重たくない?」
「重くないって言ったらウソになるけど、大丈夫だよ」
そう言って、両手に提げたビニール袋を握り直す。
「半分持とうか?」
水見さんが声を掛けてくれる。ここは男の意地というものを見せたくて、「大丈夫だよ」と強がってみせる。それを見て、水見さんは口元を押さえて、小さくくすくすと笑う。
「やっぱり半分持つよ」
水見さんはそう言ってビニール袋に手を伸ばす。手を伸ばしたのはよりによって重たいほうだった。それに気づいて、立ち止まり、
「せめて軽いほうにしてよ」
と、口にすると。水見さんはまた肩を揺らして笑う。
「何か勘違いしてない?」
水見さんはそう言うと、重たいほうのビニール袋の持ち手の半分を持つ。
「こうやって持てば少しは楽になるでしょ?」
水見さんのその笑顔に意地になるのがばからしく、それよりも二人で持っているという今の状況がなんだか嬉しくなる。
水見さんは時々想像だにしないことを平然とやってくる。耳が熱く首の後ろがむずがゆくなるのを感じる。きっと日焼けをしたのだと違う理由を考えてみたが、隣を歩く嬉しそうに口元を緩めた顔に胸はときめくばかりだった。
そのまま水見さんと重みを分け合いながらロッジまでの道のりを二人で歩いた――。
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