第18話 水見さんは誘いたい(海) ⑥
お昼のバーべーキューは半ば戦場――というより、野戦病院と化していた。
焼けたものから焦がさないようにと皿に取り分けてくれたのは嬉しいが、野菜は切り方のせいもあるが、表面だけでが焦げてほとんどが生焼け、なんとか普通に食べられそうなのが肉と玉ねぎくらいのもので、あとは酒で胃を
結局見かねた水見さんが手を出し、ヨシさんに借りてきたコンロで肉だけを焼くように指示を出し、生焼け野菜やまだ焼く前の野菜なんかを水見さんがロッジ内のキッチンで野菜炒めやサラダにしてテラスのテーブルに並べた。
「ありがとう、アキちゃん。助かったよ」
千冬さんが水見さんを抱きしめながら感謝の言葉を告げる。水見さんは表情を崩さず、呆れているのかすらも読み取れない。
「それでお姉ちゃん。ご飯とかは用意してないの?」
「ご飯? 今、目の前にあるじゃない」
水見さんがため息をつく。そんなあからさまに呆れたとばかりにため息をつく水見さんは初めて見た気がした。
「千冬さん。米とか主食はないのかってことですよ」
「えっ? いる? バーベキューって、肉とか野菜があればいいじゃない。あとは魚介類」
「いやいやいや、こういうときはご飯とか欲しくなるでしょう? 焼肉とかと同じですよ」
「私、焼き肉食べに行っても、米類は食べないから」
「そういえば、お姉ちゃんはそうだった」
水見さんの目から光と温度が失われていく気がした。ヨシさんは「何か足りない気がしたけど、それか」と、肉を焼きながら一人納得しているようだった。
「えっと、俺が言うのもあれですけど、お二人は普段料理とかしないんですか?」
俺のその問いに、千冬さんは「アキちゃんまかせだからね」と悪びれる様子もなく、ヨシさんは「作る暇ないからなあ」と遠い目をする。
水見さんは聞かなかったことにして、無表情、無反応でチューハイをぐいっとけっこうな量を流し込んでいる。
そんな何とも言えない残念なお昼を終え、洗い物をする水見さんを手伝いながら、声を掛ける。
「ねえ、水見さん。今日の夕食や明日の朝食分の食材とか大丈夫? 用意したのあの二人でしょ?」
「それは聞かないで」
「もしかして、ちょっとやばい?」
「うん。たぶん昼のことしか考えてなくて、肉と野菜と最低限の調味料しか持ってきてなかったみたい」
「まじで?」
「うん。さすがに使い切ってないから誤魔化せるけど、それだとちょっとね」
「そっか」
水見さんは疲れ切った表情をしている。その横顔を見ながら、何かできないことはないかと考え、一番単純な結論にたどり着く。
「買い出し、行くしかないか……」
「そうだね。昼から私ひとりで行ってくるよ」
「俺が行くから、水見さんはゆっくりしてなよ」
「ねえ、小寺くん。小寺くんが一人で買い出しに行って、必要なものを適量買ってこられる?」
「それは……自信ないかも」
「私が行くのがいいんだよ」
水見さんは一度頷いたあと黙り込む。きっと何を買おうかとか、これが買えればというものを脳内でリストアップしているのかもしれない。
「それじゃあさ、水見さん。荷物持ちとして一緒に行くよ」
「いいの?」
水見さんは顔をこちらに向け、驚いたような表情を浮かべる。
「いいに決まってるじゃん。というか、一人で行かせると思った?」
「うん」
「ひどいなあ。そこまで軽薄でも人使い荒い人間じゃないよ、俺。それに何かあると困るから」
「何かって?」
「水見さん綺麗だから、変な人に声掛けられたり、絡まれたりしたら大変じゃん?」
「そう?」
水見さんはそっけない返事をする。そして、「ありがとう」と頬を緩ませながら口にする。
片付け終えると、水見さんは買い出しに行くために着替えると言って、バスルームに向かった。それを横目にテラスから外に出て、砂浜のパラソルの下で酒を飲みながら横になっている千冬さんと、その隣で座って海を眺めているヨシさんのところに行き、事情を説明し、買い出しに行くことを伝えた。
「それなら、俺が車で――」
ヨシさんがそう口にしかけて、「ああ、酒飲んでるからダメじゃん」と自分にツッコミを入れる。
「いいですよ。せっかくなんで二人はのんびりしててください」
「ねえ、ハルくん」
千冬さんが体を起こし、顔をこちらに向ける。そして、近づいて来いと手招きをするので、千冬さんの前で膝をついて視線の高さを合わせる。
「なんですか? 千冬さん」
「こっちから誘っておいて、なんかごめんなさいね」
「いいですよ。俺は誘われた身なんですから」
「うん。アキちゃんのこと、よろしくね」
「分かってますって」
「キスくらいまでならしてもいいから」
千冬さんはヨシさんには聞こえない音量でぼそりという。一瞬ドキリというかぎくりとするが、あまりリアクションをすると千冬さんを喜ばせるばかりなので、平静をつとめて言葉を返す。
「千冬さん、酔ってます?」
「まだ酔ってはないわよ。そんなことより姉公認よ? 何かこう思うところあるでしょ?」
確かに思うところはあった。関係を進展させたいとここで言えば、千冬さんは全力でバックアップしてくれるかもしれない。そもそも今晩、同室が決まってるので事前にサポートはされている。
だけど、ここでうかつに借りを作り、さらにもし水見さんとうまくいった場合、ねちねちと千冬さんにいじられる未来までありありと想像できてしまう。
はあっと、大きなため息を吐いて、
「千冬さんのきっと妹思いから来ているであろう善意には感謝しますが、後が怖いのでノーコメントにさせてもらいます」
と、半ば棒読みで平坦な声音で返す。
「かわいくない」
千冬さんは伏し目がちに頬を膨らませ、ビールに手を伸ばす。ヨシさんは聞き耳を立てていたようでお腹を押さえながら笑いをこらえているようだった。千冬さんは無言でヨシさんの横っ腹をつねり、ヨシさんは苦悶の表情を浮かべた。
ロッジに戻ってくると水見さんは着替え終わっていて、シャワーを浴びたのか丁寧に髪をタオルで
「バスルームのお姉ちゃんの荷物片付けたから、使っても大丈夫だよ」
と、声を掛けてくる。部屋に着替えを取りに行き、バスルームに入る。まだバスルームには湿気が残っていて、なんだか生々しさと気恥ずかしさというようなものを感じてしまう。それを考えないようにしながら、さっとシャワーで全身を洗い、最後に
着替えてバスルームを出るとソファーの近くのテーブルの上にはドライヤーや鏡などが置かれていて、水見さんはいつものクールで隙の無い姿になっていた。
それをちらりと見て、部屋に戻り先に水着などの使ったものを片付け、財布とスマホを手に戻ってくる。
それと入れ違いに水見さんが部屋に行き、手持ちのバッグを肩から
「じゃあ、行こうか」
水見さんに声を掛けると、水見さんは小さく頷いて見せる。ロッジのテラスから顔を出し、千冬さんたちに、
「それじゃあ、行ってきますね」
と、声を掛けると、ヨシさんは「気を付けてなあ!」と手を振ってくれた。千冬さんは「アキちゃんのことよろしくね」と笑顔で親指を立てる。先ほどの千冬さんとの会話を思い出し、引きつった笑いを返してしまう。
水見さんは千冬さんの言葉の真意を知らないのでいつものようにすました顔で太陽の眩しさに目を細めるばかりだった。
水見さんと二人きりで歩くのはいつぶりだろうかと考えながら、並んで歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます