第16話 水見さんは誘いたい(海) ④
部屋の中で二人そろって距離感や今後の方針も見失ったまま向かい合って固まっていると、部屋の扉がノックも無しで突然開けられて、
「二人とも海行くよ。アキちゃん、着替え持ってバスルームに来て」
と、千冬さんが顔を出す。そう声を掛けたものの、千冬さんは部屋の状況をすぐに察する。
「ほんと何やってんだか……アキちゃん、荷物持って早く来て。ハルくんはここで着替えちゃいな。それとも
「覗きません」
「あら、残念」
千冬さんはけらけらと笑いながら、水見さんの手を引いて部屋の外に出ていく。一人残された部屋でベッドに荷物を置き、水着に着替えラッシュパーカーを羽織り、タオルを首に巻いて部屋を出た。
部屋を出てソファーのあるスペースまで出てくると、同じように水着にパーカーを羽織ったヨシさんがソファーの背もたれの部分に軽く腰かけていて、こちらの姿を確認すると、
「ああ、やっと来た。ハルくん、俺たち男は管理棟にパラソルとか必要なもの借りに行くよ」
と、声を掛けてくる。わかりましたと返事をし、ヨシさんに付いていく。管理棟でビーチパラソルとシート、バーベキューコンロなどを借りる手続きをする。パラソルとシート、バーベキュー用固形燃料の入った箱は俺が、ヨシさんはポケットにマッチを入れコンロを両手で運ぶ。
「重くないですか?」
「意外に軽いもんだよ。それより、ハルくんの方がかさばって持ちにくそうだ」
「意外に大丈夫ですよ」
「そうかい?」
「ええ。ところで、ヨシさん。どこまで千冬さんと仕組んでいたんですか?」
「仕組むなんて悪い言い方をするなあ」
ヨシさんは隣で笑いながら答える。それを横目に見ながら、悪意がないことだけは何となくわかる。
「それで、本当のところはどうなんですか?」
「本当もなにも、キミの想像してることでだいたいあってると思うよ。俺はただの協力者で、純粋に今回のことを楽しんでいるよ」
「じゃあ、やっぱり千冬さんが首謀者なんですね」
「ひどい言い方だけど、そうだね。でも、千冬を責めないでくれよ。彼女なりにアキちゃんがかわいいのと、お節介がしたかったんだよ」
「お節介って、絶対に裏でほくそえんで楽しんでますよね?」
「ははは。そうかもしれないね。でも、千冬はそこまであくどい人間じゃないさ」
「残念ながら知ってます」
そう答えるとヨシさんは大笑いをする。笑いの波が収まると、
「千冬がキミを気にする理由が分かった気がするよ」
と、ヨシさんが笑顔のまま口にする。
「俺には分かりませんよ」
「人からの評価なんてそんなもんさ。俺もキミのこと気に入ったからね」
「それはありがとうございます」
「意外に素直なんだな」
「ここで反発する意味もないでしょう?」
「それもそうだ」
そのまま、なんてことないことを話しながら、自分たちのロッジに戻ってくる。
ヨシさんは外からロッジのテラスに上がり、持ってきたコンロを置き、そのままロッジの中に入っていった。その間にシートを敷き、四隅に重り代わりに落ちている石や木片を置き、シートに影が落ちるようにパラソルを立てた。タイミングよく戻ってきたヨシさんはシートにロッジの中から持ってきたクーラーボックスをドカッと置いた。
荷物を運んで少し作業をしただけなのに、額に汗が浮かぶ。太陽から逃げるようにシートの上に腰を下ろすと、ヨシさんも同じようにシートに座り、クーラーボックスに肘を置き、一息ついているようだった。
「ハルくん。酒はいけるクチかい?」
「もちろん。成人してから浴びるほど飲んでますからね」
「ダメな大学生だねえ。俺もそうだったけど。ビールとチューハイどっちにするかい?」
「じゃあ、ビールでお願いします」
ヨシさんはクーラーボックスから氷水でキンキンに冷えたビールを二本取り出し、一本を渡してくれる。
「女性陣はまだみたいだけど、先に始めちゃおうか」
「いいですね」
そうして、軽く乾杯をしてビールをぐいっと飲む。夏の海辺で
しばらくすると、ロッジから水着姿の水見さんと千冬さんがテラスに出てくる。
千冬さんは大人っぽい黒のビキニに、レースのカーディガンを羽織っていて、ファッション誌に載っていそうだと思った。モデル顔負けの綺麗なボディラインや水見さんに負けず劣らずの美脚を透けチラさせていた。なんというか似合いすぎていて綺麗さとかっこよさと大人の余裕を感じさせられる。
水見さんは千冬さんに引っ張られるようにテラスに引っ張り出される。千冬さんとは対照的にタンキニ水着に腰にはパレオを巻き、肩から大きめのタオルを体を隠すように羽織っている。露出を極力抑えた姿だったが、パレオから覗く美脚や隠しても分かるバランスの取れたスタイルのよさに目が離せなくなる。
シートの前で足を止め、
「どうよ?」
と、千冬さんが自慢げにポーズを取って見せる。ヨシさんが「うん。すごい綺麗だよ」とあっさりと口にするものだから、彼女持ちの男の余裕ってすごいと素直に感心してしまう。千冬さんは欲しい言葉をかけてもらえて満足したのか、ヨシさんの隣に腰かけ、ヨシさんの飲みかけのビールに当たり前のように口をつける。ヨシさんは何も言わず笑っていて、返されたビールに気にせず口を付けている。千冬さんとヨシさんの当たり前に隣にいて、時間も物も自然に共有できる関係が眩しかった。
二人から視線を外し、自分のビールをぐいっとあおり、そのまま空を見上げる。パラソルの影から見える空は絵具で塗ったように青く、白い雲が流れていた。
ふと、隣に人の気配がしたので視線を下ろすと、水見さんが静かにシートに腰かける。
「水見さんも何か飲む? って言ってもビールかチューハイしかないけど」
「じゃあ、チューハイで」
水見さんは視線を遠く水平線に向けたまま答える。クーラーボックスからチューハイと自分用に二本目のビールを取り出す。チューハイを水見さんに渡しながら、
「よく冷えてるからおしいしいよ」
と、声を掛ける。水見さんは受け取ると、思わず「つめたっ」と小声で声をあげる。そして、チューハイにゆっくりと口をつける。
「小寺くんは私もお姉ちゃんみたいな水着がよかった?」
「そんなことないよ」
「そう?」
「うん。俺は千冬さんのより、水見さんみたいな方がいいかな」
「ほんと?」
水見さんは体と顔を前のめりになるように近づけてくる。ふいにばっちりと合った目は大きく開かれていて、近づいた水見さんの表情は嬉しそうで。恥ずかしさを堪えながら、
「うん。それに水見さんによく似合っていると思う」
と、小声で口にする。水見さんは固まり、顔を赤くする。それが酒に酔っただとか、日に焼けただとか、照り返しでそう見えたとかではないことは分かる。水見さんははっとして、座り直し、何事もなかったかのようにチューハイに口をつける。髪の毛の先をいじりながら横目でこちらの様子を気にしているのが分かる。
自分の言葉に一喜一憂したり、隣で今、嬉しさと恥ずかしさが同居したような表情を浮かべる水見さんを見ていると、勘違いしそうになる。
水見さんが自分に惚れているんじゃないかと――。
だけど、それを直接確認する勇気もなく、水見さんが隣にいてくれるという幸福な事実を、風に流される白い雲のようにただ
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