8-4

「すまんな。こんな話、わざわざ溜めるようなものでもなかった」



 意外とあっさり終わってしまった話のことを、レイスは申し訳なさそうにしていた。彼にとって、ヴァンクール移転は人生の大きな分かれ目であったわけだが、こうして言葉に起こすと意外と短くまとまってしまう。その相手は良い意味でも悪い意味でもなんでも受け入れて話す奴だったから、尚更だった。



「どうして謝るのですか?」


「俺はあの場で答えるべきだったんだよ。はっきりと、『革命は絶対に起こす』って」


「言い辛い過去は誰にでもあるものです。気にしすぎかと」


「お前にもあるのか?」



 質問を切り返したとき、ビルギットの返答が遅れた。人間らしく考え込む動作をせずにただ固まっただけだったが、それは彼女にとっての長考である。ロボットであることを直接知らないレイスでも、何となく読み取ることができた。



「……どうでしょう?」



 お茶を濁すような返答だった。彼は別段驚きはしなかった。



「本当はな、俺はどうしたらいいのか分からないんだ。ヴァンクールの仲間は正義の為に頑張れる奴ばっかりだけど、俺の意思は真っ直ぐじゃないし薄っぺらい。結局イブに殴られただけなんだから。それに、革命を起こしたところで殺しは止まるものの、魔力を始めとした資源不足はそのまま。その先にある計画なんぞ考えてない。そうなればまた同じことの繰り返しになるんじゃねぇかなって、不安なんだ」


「でも、革命を起こすことは確かなんですよね? それなら、レイスさんの行動は客観的に見ても『薄っぺらい』なんて評価はつかないと思うのですが」


「お前は……お前自身は、どう思う?」


「私ですか? 良く分かりません。正義も倫理も愛も恋も、私はまだまだ学ばねばなりません。今の国王の政策は合理的と言えば合理的なのでしょう。ピンチの時に無駄を排除するというやり方は、組織的生物において基本戦術ですから。しかし、ヴァンクールを始めとした皆さんのように、そのやり方に反対する人間が多ければ、それは結局合理的でないという評価に落ち着いてしまいます。結局のところ、私がこれについてどう評価するかは、バトルが終わってからの判断になるでしょう」


「……そうか」


「ところでどうして、レイスさんは『私に』この話をしたのですか?」


「どうしてって、『聞かれたから』、だけど」


「質問を変えます。どうして『見ず知らずの私』に、倫理の問いを投げかけるのですか?」


「……?」



 レイスにとってその質問は拍子抜けだった。だって、そこに疑問を持たれるとは思わなかったからだ。ここでビルギットは「レイスに何か意図があって話を打ち明けた」と考えているが、レイスは特に何も考えておらず、文字通りの愚痴だった。何も考えずに自分の思いを打ち明けただけにすぎず、そこから何か発展して利益を得ようなどとは考えていない。


 故に、理由は「今」形成される。


 レイスは己に問うた、「なぜコイツにこの話をしたのか?」と。彼にとって、ビルギットは異質の存在だった。突然現れた強者で、真実ウェルスで観察してみれば明らかに人間ではないオーラを放っている。緑色で刺々しい、まるで無生物のようなそんな感じのもの。しかし脅威ではない。それどころか柔和な態度であり、明らかに協力的な姿勢を見せている。そして、細かな仕草や話し方で分かる「人間らしくない」動き。これらを総合して考えるに、「興味があった」からなのだろう。しかし何故興味を持ったのかはいまいちわからない。小さなかけらの積み重ねであるが、それらすべてを事細かに説明できるほど賢くはない。

 いや、人間は興味を持つ生き物だ。故に、何故興味を抱いたのかという質問には「本能だから」と答えるほかない。ただ、彼女の求める答えはそれではない。もっと答えをはっきりと表せる、そんな言葉。だが、どれだけ脳に電気を走らせても、それを形成することは叶わなかった。



「良く分かんねぇけど、お前、変だったから」



 何とか会話をつなげてみる。考えながら、一言ずつ。



「変?」


「人間じゃないのは分かっている。でも、一丁前に何かを考えている。そして、頑張っている。そうだ、俺にとってお前は『理想』だったからかも」


「理想、ですか?」


「ああ。俺は自分の出した答えに疑心暗鬼だが、お前は自分のやっていることに迷いがない。だから、この話をぶつければ何か得られるんじゃねぇかなって、無意識に思っていたのかもな」


「迷い……」


「そういやお前の雇い主、モトユキ、だったよな」


「はい」





「――――なんでお前は、モトユキという人間に従っているんだ?」





 その質問は、暫時の沈黙を招いた。その間、ビルギットのコンピュータは一生懸命に計算したが、「命令されたから」以上の答えが現れることが無かった。それに肉付けをするならば、「自分は命令を受けて動くために生まれたから」という回答が出来上がる。

 しかし、があった。この感覚は、ディアと「レベラー」の話をした時と似ていた。モトユキに従う絶対的な理由がある気がしてならないのだ。これは勘だった。しかし、勘というには根拠がなさすぎる。勘というのは小さな確立をかき集めて「そうだろう」という傾向を弾きだすことを言う、少なくともビルギットの中の定義はそうだ。しかし今のこの「勘」は、根拠が何もない、コインのような、サイコロのような、ルーレットのような乱数なのだ。


 思考計算がバグを含み始めた。ホルガ―の死を認識し、自分は機能停止したはずだった。しかし、何故かモトユキの命令を聞くようになった。これは乱数で決めたことではない。しかし、乱数で決めたことではないという結論は乱数で決めてしまっている。しかしこれは乱数ではない。しかしこれは乱数だ。しかしこれは乱数ではない。しかしこれは乱数だ。しかしこれは乱数ではない。しかしこれは乱数だ……????





 Fehler





「ナン、デ、ワタシハ……」


「お、おい! どうした!?」


「いエ、何でモあリマせん、大丈夫です。すみません、質問の意味が良く分かりませんでした」


「……」

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