9-1 「袋の鼠」

 モトユキという小さな男の率いる仲間たちが、別行動を始めて十日が経過した。舞台はアンラサル、この世界でトップを争うほどの大国である。百年前の大厄災で人口も領土も減ってしまったものの、それでもなお活力が国だ。

 過去形で表現するのはもちろん理由がある。近年、謎の魔素減少により、作物が育たなくなったり人々が病気になりやすくなったりして大きなダメージを受けていたのだ。魔素とは、空気中にある(とされている)魔力の小さな粒であり、生命体には必要不可欠なもの。人間にとっての重要さという視点だけなら、ニアイコール酸素と表現してもいい。

 して、アンラサルでは大きく二つの思想が流れ始めていた。「無駄を切り落とす」と「全てを大切にする」である。正確にはもう少し複雑なのだが、今の王は前者の思想を採って「生命税」を導入し、払えない者を排除してきた。つまり、貧民や障害者を殺しているのである。


 当然、世論は反対した。後者の思想である。

 そして今、その二つの思想がぶつからんとしていた。





 ――――即ち、「革命」。





「ああ、面倒だな。何故吾輩がこんなことをせにゃならんのだ」


「まぁ、俺たちは周りを巻き込みかねないから、仕方ねぇよ」


「違う。そもそもの話だ」



 悪態をつくディアケイレスと、仕事だと割り切って作業をするギルバード。彼らは今、避難誘導及び拘束の真っ最中だった。


 状況を整理しよう。アンラサルの王都アンザールには約三万の人間が暮らしている。と言ってもこれは戸籍上の話であり、物流が頻繁なことから実際に居る人間はプラス一万はいると考えた方がいい。まず、ヴァンクールが目指すのは無血開城、つまり王の逮捕ではあるが、何もそこまで拘っているわけではない。必要であれば殺す、そのくらいの感覚である。

 そして、こちらの陣営は当初二千人の予定であったが、エミー革命軍(本人不在)一千人に加え、各拠点の人員調整によって、結果的に四千二百三十人の革命軍を形成することに成功した。この時、住民避難、交通停止を、ジルベルトを最高隊長とした三千二百人が担当。主に拘束系の魔法を使える人間がリーダーとなり、二十人単位の部隊を形成している。それぞれ、戦闘、誘導、拘束のチームに分かれて、推定三万人強の人間を戦場から退かせる。同時、王城周辺にある王国騎士拠点への足止めを目的とした襲撃を、レイス直属部下率いる一部隊四十人の二十部隊が執り行う。

 二百名のヴァンクール兵とビルギット、ローレルは、王城戦力が集中するだろうアンザール城前広場へ。ここが主力の矛となる。なお、革命の情報は事前に漏れていることが予測できるため、ここの推定敵戦力は蛇のごとく変動しうる。主に戦闘は強力な火力を持つビルギットとローレルに任されることになり、他の二百名は主に城内人間の避難を目的に動く。既存の人員は少なめだが、ジルベルトの隊に編成されている騎士は事が収まり次第加勢するように伝えられている。

 機動力に優れた二十三名とレイスとイブは、戦況を把握して、随時連絡を行う。また、周辺地域のヴァンクール兵は革命戦争自体には参加していないものの、不測の事態に備えて待機済み。また、王城へ向かう荷車や観光客の足止めも兼ねている。



「ほら、あっちだ、走れ」



 ディアが乱暴に言った。彼らは幼さに驚いていたが、特に何も言わなかった。

 住民は半ばパニック状態であったが、反抗することなく誘導に従う。それも当然だ。前々から革命戦争が起こることは何となく予期されていた上、明け方という良くも悪くも思考が鈍い今の時間帯だからこそ、完全に混乱状態にはなっていない。おかげでスムーズに事が進んでいた。

 繰り返しになるが、ディアとギルバードは今、避難誘導及び拘束をしている。彼らの能力は人を簡単に殺せてしまうため、最後の切り札、というか理想は使予定である。だからここで待機兼仕事をさせられているのだ。



「そもそもの話って、もしかしてお前がこの戦争に参加していることか」


「まぁそうだな。でもこれは戦争とは言わん。こんなボコボコの袋の鼠ならな」



 形式上は戦争であるが、静かだった。そこら中に酷い緊張感が走ってはいるが、火は起こっていないし血も流れていない、悲鳴も聞こえない。ただただ、だんだんと明るくなっていく寒々とした冬の空がそこにあるだけ。ディアの知っている「戦争」とは酷い違いがあった。



「面倒ならなんで参加してんだ」


「モトユキに頼まれたからな。仕方ない」


「フン、相変わらずそいつにべったりか」


「まるで嫌っているかのような口ぶりだな? あの白魔導士とは正反対だ」


「嫌っているかどうかは知らねぇが、警戒はしている。俺はまだあいつを信じちゃいない」


「随分前のことを根に持っているんだな。馬鹿か」


「……怖えもんは怖え。自分の届かない領域に居る奴はどんな奴でも」


「吾輩はどうなんだ。お前の届かないところに居るぞ」


「小麦粉かぶるお子様には負けねぇ」


「なんだと殺すぞ」



 二人は外見だけ見ればさほど怖くはない。好青年と美少女だから。しかし、二人に共通する莫大な魔力と口の悪さ、表情の硬さなどから、素人が見ても恐ろしい存在であった。無論それは味方の騎士にも言えることであり、業務的な言葉以外を喋る人間は彼ら以外にいなかった。



「そわそわしてるな、お前。白魔導士が心配か?」


「……ああ」


「いざという時の為に吾輩たちが居るんだろ」


「そうだけど、そうじゃねぇ」


「はあ?」


「なんだかわかんねぇけど、最近あいつ張り詰めてんだ。作戦の内容聞かされた時も、『できるだけ助けてくれなくていいから』って言われてな。あいつが自分から何か物を言うなんて、滅多にねぇことだから、その……」



 この状況下で張り詰めていない方が異常なのだが、周囲がそれを伝えることは無かった。だが、実はギルバードの心配通り、ローレルには戦争の事以外に気張り詰める要因があった。それは彼に対する色恋に関する感情であり、こんな状況で話していいものではなかったのだが。

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