8-3

「お前は前に、革命に対する俺の意思を聞いたな? 覚えているか?」


「もちろんです。失礼な質問であったことを、お詫び申し上げます」


「別にいい。今日は、それに『答え』にきたんだ」


「つまり、レイスさんのお考えを聞かせてもらえると?」


「ああ」


「楽しみです」


「……どうだろうな」



 言葉を間違えてしまったのだと、ビルギットは気が付いた。彼は散々「愚痴」と表現していたし、あの場ですっと答えないくらい封じ込めている感情だ。「楽しみです」なんて軽率な言葉で返してはいけなかった。しかし、彼女が「楽しみ」であるのは本当の事であった。人間の感情を直に読み取れることは、人間により近しいプログラムを求める自分にとって都合が良いこと。だから「楽しい」と評価するべき内容である。

 いや、今はそんな話どうでもいい。目の前の彼の話に耳を澄ますべきなのだ。彼女は人間らしく頬杖をついて見せた。どこか不自然な感じではある。グリーンアイの奥に灯る光は、人間のそれではないから。だが、真っ直ぐにヴァンクールの騎士長を見る。これから話される、「感情」というふわふわしたものを解き明かさんと。



「俺はもともと、王国騎士だったんだ」


「ということは、今回の敵は『元仲間』ということに?」


「ああ。ま、別に心が痛んだりはしない。寧ろその逆だな」


「逆?」


「あの時の答えにもなるんだが、俺は革命に対して『大いに賛成』だ。元々仲間であった奴らを撃ち殺すことを躊躇わないくらいにはな」


「……」


「王国騎士をやっていたときには、民営騎士なんて名乗ってやってるこいつらが馬鹿みたいに思えた。折角力があるのに、給料が低い上に、身分も低いこの場所に身を落ち着かせているんだから」


「エクスダイア家は代々王に使える騎士でしたもんね」


「ああ。ガキの頃から、騎士やってる親父の背中を見て育ってきた。一種の憧れだったな。俺も姉貴も、一緒に騎士を目指していたはずだった。でも、俺が二十の時に、姉貴が家を出た。今はダラムクスに居るんだってな?」


「アビーさんの事ですね?」


「ああ。あのドモリ姉は、おしゃべりも武器の扱いも下手くそ。騎士に失望したのなんだのドモリながら言ってたのは、全部言い訳にしか聞こえなかった。でも違った。今なら、姉貴の言ってたことが何となくわかるんだ」


「何があったんですか?」


「六年前、姉貴が出て行って九年後だ。吸血鬼一斉掃討作戦があってから、俺は騎士をやめた」


「……知らないです、それ」


「秘密裏に行われたあれだからな。大衆の記事にゃ載ってないだろうし、そもそも知っていた方が恐ろしいわけだが……」


「……」


「吸血鬼掃討作戦。そもそもここに居る吸血鬼は、百年くらい前にシューテル大陸から移り住んできた……いやそこの人間から『迫害』されてきた奴らだ。もっとも、ここに来ることができたのは少数の貴族だけだったらしく、他の吸血鬼は全員死んだらしい。なんでも、全員が『不殺』を誓っているらしく、アンラサルが襲われることはなかったが、当然問題になっていたのは食料のことだ。こちらとしても、見ず知らずの吸血鬼に血を渡したくはなかったから、放置していたんだがな。そのこともあってか、三百年ほど生きるとされている吸血鬼の寿命が急激に縮まり、どんどん命を落とし始めた。んで、焦った吸血鬼は『繁殖』を積極的に行うようになった」


吸精鬼サキュバスにでもなるんですか?」


「実際そうだったらしいな。アンラサルの人間を襲いまくったらしい。だが、どれだけサカっても子をなすことはできなかった。そうしている間にも、どんどん寿命で死んでいく。吸血鬼は外見の歳を取らないから、寿命間近だったとしても、男や女を誘うのには問題なかったみたいだけど。んで、奴らがとった手段は……『近親婚』だ」


「……?」


「吸血鬼は寿命が長いからな。家名が違っても血が近いなんてことはざらにあったらしい。貴族ならなおさら。結果どうなったと思う?」


「身体的障害の出現、ですか」


「そう。短いスパンで、尚且つ近い家系で、近親婚のリスクも知らなかったらしいから、どんどん形が変わっていった。極端に背骨が曲がったり、肌の色が緑色だったり、病気になりやすかったり、ものを考えられなかったりな。そして六年前、今のイサーク王が生命税に近しい政治を始めた年だった。公には明かされていないけどな。それで俺たち王国騎士は、障害児ばかりの吸血鬼を、『駆除』することになったんだ」


「……」





「――――弱かったよ」





 ぼそりと呟いた彼の言葉には、色々な感情が詰まっているらしかった。恐らく、人間でもこれを解析するのは困難だろう。青と紫と緑と茶色と……様々な感情の色が混じり合っているのだから。当然、ビルギットに理解できるはずもなかった。

 でも、たった一つだけ理解できた感情がある。「悲しみ」だ。



「イブさんは、吸血鬼でしたよね? その時に出会ったんですか?」


「おう。初めて見たときは雑魚だと思って、俺は何のためらいもなく首を払おうとした。だが、次の瞬間には殺されかけたぜ。剣を奪われて、押し倒されて……『皆を返せ』って怒鳴られた。良く分かんねぇまま、何度も殴られて。いたいけな女の子の出していい声じゃ、なかったな」



 レイスはその記憶を鮮明に覚えていた。

 馬乗りになる少女の冷たさと、自分の顔に落ちてくる涙の熱さ、地獄を詠う潰れそうな声。鉄でも入っているのかと錯覚させられる、しかし殺意は無いと分かる優しい拳で殴られたこと。抵抗することはできなかった。圧倒的な力で、岩のような拘束をされていたから。

 完膚なきまでの「敗北」を味わったあの日。乾いた冷たい風の吹く、鉛色の空の日だった。



『かえせ! かえせ! がえせ!! がえせぇぇぇ!!!』



 彼女の殴打により、目が覚めてしまったのだ。自分のしてきたことが、いかに残酷なことだったか、どれだけ罪なことかを。それからは、完全に戦意を喪失してしまった。もう、剣を持てるほどの力なんてどこにも無かった。いや、力はあるのだが、エネルギーが腕の中を通ってくれなかったのだ。

 彼の姉は、人を傷つけることのできない性格だった。虫すらも殺すことを躊躇う。幼きレイスにはそれが滑稽だった。何も考えていない生物に思いやりを抱くなど、馬鹿のすること、そう思っていた。だが、彼女の悲痛な叫びを聞いて、自分も分からなくなってしまった。今まで何の躊躇もなく殺してきた人間が、一丁前に叫んでいるのだ。それを間近で聞いてしまった。気が付けば、それに夢中になっていた。と言ってもその夢とは「悪夢」なのだが。今でも虫の気持ちは分からない。けれど、人間を殺すことに強い抵抗を覚えるようになった。なってしまった。


 そのあと、隙をついてイブを気絶させ、こっそり戦線を離脱。その後王国騎士をやめ、ヴァンクールに入団。数えきれないほど、彼女に謝罪をした。自分の罪が償えないことなど分かり切っていた。それでも、自分の思う「正しさ」を実現させたかった。

 悪者を殺すときの表情は変わらなかったが、心の中はいつも荒れていた。



「俺はその時、やっと目が覚めたんだ。だから、ここにいる」


「なるほど……」


「あいつの持っている能力、いや、障害と言った方がいいかもしれないな。『人格分裂』と『薄い魔力』そして『異常な筋肉』だ。ついでに、人間の汗が好き。泣き虫で貧弱だけど、何かに一生懸命で、必死で生きている。あんな可愛い奴を、俺は殺そうとしていた。あんな可愛い奴から、俺は全てを奪ってしまった。死んでいい人間なんていねぇんだ。人から人を奪うなんて、あっちゃいけねぇんだ」


「……」


「身勝手な話ですまないな。人間の命を説くはずの俺は、結局イブが都合のいい障害を持ってなければ、何も変わらないままだった。モノを考えられない奴だったら、愛着なんて湧くはずがなかった。俺の根幹は、何も変わっちゃいない。でも俺は、必ずこの国をぶち壊す。正義とイブの為に」

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