7-2
「あぁ、すまないね。ずっと立たせたままだった。そこに座ってくれなのさ」
「……どうも」
医院長室には、右奥に立派なデスクがあり、中央にはテーブルをはさむようにソファーが置かれている。黒革であるが、所々ボロボロと剥げている粗末なもの。しかし、柔らかさはいまだ健在のようだった。モトユキとルルはそこへ腰かける。エミーは向かい合わせに座った。
「えぇと、何から話したらいいのやら」
「エミーさんは、おいくつですか?」
「十五。キミたちは?」
「私も十五歳です。ルルンタースは……おそらく十四歳くらいかと」
「おそらく?」
「ええ。何せ、古代文明のホムンクルスの生き残りですから。長く生きていたと解釈することもできれば、意識のあった期間が短いので子供とも言えます」
「……へぇ、生物兵器か。どこのダンジョン?」
「パテカウル大陸の、ダラムクス周辺のやつです」
「なるほど。今度調査隊を送ってみる価値はあるかもなのさ」
二代目と同じように、三代目も「驚き」の感情をあまり表には出さないようだ。かなり衝撃的なことを言ったのに、なんだかあっさり受け流されてしまった。いちいち驚かれるのも、それはそれで面倒であったが。
「エミーさんは何の仕事をしていらっしゃるんですか?」
「別に敬語じゃなくてもいいのさ。タメなんだし」
「……」
「見て分からないのさ? 医者だよ」
「その一言であなたを言い表せますか?」
「……魔法の研究をすることもあれば、教育者として教壇に立つこともある。薬の調合をすることもあれば、メスを握って腹を裂くことも、心を病んだ人間のセラピストになることもある。人を雇って周辺の環境を調査させることもあるし、人を扇動して政治的活動をすることも。今はこれがメインなのさ。時々自分が何者か分からなくなるけど」
「難しい立場にあるようで」
「今だって、雀の涙ほどしかない休憩時間を利用して、面会してるのさ。感謝してほしいくらいさ」
「ありがとうございます」
「冗談のつもりだったが、キミは素直だな。そんなに怯えることないのさ。ボクよりもキミの方が強いから」
「……」
人の強さは力の強さにあらず。
モトユキは臆していた。十五歳で莫大な大きさのものを背負っている彼女に。彼の場合、「十五歳」というのは肉体的な年齢の話でしかない。生きてきた時間、つまり経験値は三十年分積まれている。それだけ「強い」はずなのだが、どうしてか、目の前の少女が山のように厳かに見えるのだ。しかし不思議なことに、今にも切れそうなか細い縄のようにも見える。紫の隈のせいだろうか?
ジルベルトもそうだ。あの若さでとんでもない立場にある。確かに未熟な部分もあるかもしれないが、この国を良くしたいと思う気持ちは汲んでやってもいいのではないか。まだ子供なのだから。しかし、この世界ではそれが許されない。どれだけ正義の為に頑張ったとしても、現れた結果がこれだ。
二人とも、大人たちよりも優れたばかりに、苦しんでいるのだ。
「最近、革命が起きようとしていることは知っているのさ?」
「はい。あなたが、その筆頭であるとも」
「……戦争は起こすべきではない。確かに、ボクの仲間は、革命を起こすことに賛成している者が多数だ。今までここが戦場になっていないのは、ボクがまだ行動するべきではないと言って、食い止めているからなのさ。だが、そうして先延ばしをするのにも限界がきている」
「今必要なのは『時間』、そういうことですか?」
「うん。もし、ヴァンクールが先に仕掛けて、戦争が勃発したなら、モトユキにはそれを食い止める手伝いをしてほしい。魔力の消費はあまり考えなくてもいい。さっきの魔物討伐の話は、そのあとになるだろう。それまでは、この近くに仲間が運営している宿があるから、そこで待っていてほしいのさ」
「……分かりました」
大人よりも優れているとはいえ、大人の主導権を完全に握れているわけではないようだ。結局、四十五十のおっさんたちには、エミーはただの「少女」なのだろう。もし、彼女が身長の高くていかついオヤジだったなら、もう少し支配力があったのかもしれないが、悲しいことに、内側の能力を読み取ることのできる人間は少ない。この世界でも元の世界でも。
「……ルル?」
ルルは基本無口だから、モトユキはこの話し合いでも特に気にしないでいた。今も特に変化はないように見える。しかし、今視線を向けたら「瞳」の雰囲気が違った。いつもはぼんやり人間を見つめる彼女が、その目を皿にして、何か残酷なものを見ているかのようだった。血や死体を見ても特に動じることのなかった彼女が、驚いている。そんな奇妙な状況だった。
「どうしたんだ、ルル?」
『嘘ついてる』
男か女か子供か大人か人間か動物か虫か分からない声だった。モトユキが一番初めに聞いた、「こんどはちゃんとやる」という言葉と同じもの。口を動かさずに発せられ、直接脳内に響いてくる。エミーは、招待状を渡されたときと同じように、若干眉をひそめた。
「嘘……エミーさんが?」
「まさか。ボクは何一つ隠さずに話しているつもりだよ。まぁ、まだ話し切れていない部分もあるけど、それは必要が無かっただけなのさ」
『話して。クロードのこと。あなたのこと』
「くろうど?」
「……!!?」
クロード、という男の名のようだった。その名を聞いた途端、今まで驚くことのなかったエミーが、目を見開いたまま硬直する。彼女が苦しそうに「どこでその名を?」と聞き返しても、ルルは答えることはなかった。
モトユキには何が何だかわからなかったが、何かしら嫌な過去のことを聞いていることは分かった。恐らく、クロードとはエミーの恋人の名前なのだろう。二代目が話していた、事故にあって重い障害が残ってしまった彼。ルルンタースが真っ先に自分にキスをしなかったということは、エミーが隠そうとしていた可能性の高い過去であり、あまり詮索するべきではない。そう思ったが、「ルル本人」が聞いているところに驚いた。生唾を飲み込み、次のエミーの言葉を待つ。
ところが、次に飛んできたのは突拍子のない言葉だった。それでいてとても乱暴だ。
「――――あいつらは人間じゃない」
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