7-1 「琉璃玉薊」

 三代目エミーも医者である。若干内科寄りの医者だった二代目に対し、彼女は外科内科の両方に精通していた。患者からの評判も良い。手術は一度も失敗したことはなく、難病にも真摯に向き合い、数々の治療法を確立。利益ではないものを求め続けた結果、彼女の下には多くの仲間が集うことになった。

 彼女が特に尽力したのは、「研究・教育」だ。民営であるこの病院は、その名の通り民が営む。故に貧乏であったわけだが、研究による医療技術・器具の高度化や、教育による優秀な人材の育成に成功し、今ではかなりの人間がこの病院に足を運び、シャルクドの町だけではなく、アンラサルに無くてはならない施設となった。

 病院の名は特にない。俗称は「エミーの病院」。


 ……だが、医院長室からこんな声が聞こえてくる。



「だから、もう、戦争でしか解決できないのです! それに、あなたの仲間たちだって、それを望んでいますわ」


「全員じゃない。それにボクは医者だ。患者、及びその身内を危険に晒すわけにはいかない」


「じゃあ、この状況をどう覆せとおっしゃるのですか!? このまま弱者が死んでいくのを、ただ見ているだけのおつもりですか!」


「……戦争は絶対に間違っているのさ」


「貴女自身も分かっているはずですわ! 父を、王を、一刻も早く止めなければいけない。それには、言論は全く役に立たない。あなたのお力添えが、必要なのです!!」


「仮に戦争に勝ったとして、その先はどうするのさ」


「そ、それは、ワタクシが次の王となって……」


「戦争を起こせば、今この状況が悪くなるだけなのさ。餓死する人が増えて、じわじわと国が滅ぶだけ。そもそも、根本的な魔力不足を解決できない今、下手に国力を減らすべきじゃないのさ」



 モトユキとルルンタースは、部屋の外でその声を聞いていた。何やら激しい言い争いが続いているので、入るのを躊躇っている。

 二代目の家を後にした後、一度宿に戻ってみれば、ジルベルトが居なくなっていたので、おそらくここにいるだろうと予想していた。的中したものの、思ったより険悪な雰囲気であった。


 コンコン、とノックを転がした。口論が止まり、エミーがめんどくさそうに「どうぞ」と声をかけた。ジルベルトが何かを言いかけたが、入ってくるモトユキを見て驚き、一瞬だけ硬直した。



「も、モトユキ……? ルルンタースも……いったい何をしに?」


「……」



 目的を問われた彼は、ほんの少しだけ考え込んだ。いや、驚いたのである。三代目の若さに。

 ジルベルトも十代半ばの女子だったが、彼女も同い年くらいに見えるのだ。二代目の頭に残っていた青い髪の毛が、美しく生えそろい、胸のあたりまで伸びている。頭にはやはり「猫人」である証拠の、「耳」があり、今はけだるげに垂れている。白衣を身にまとう美しき女医……であることは間違いないのだが、何よりも目立っているのは紫色の隈。相当疲労している様子だ。



「聡明だと名高いエミーさんに、相談をしに来ました」


「何だい? 隣にいるルルンタースという子の治療? それは無理なのさ。白皮病は先天的疾患といって遺伝子情報そのものが――――」



 エミーの言葉を遮って、モトユキは続けた。



「――――無限大な労働力を駆使して、この国にできることはありませんか?」


「ちょっと何を言っているか分からないな。どういう意味なのさ?」


「……」



 彼は念力を使って周囲のものを浮かせた。本棚や机、椅子、観葉植物、書類、カップに入ったコーヒーなど、あらゆるものを。ついでに招待状を渡す。彼女はそれを受け取ると、眉をほんの少しだけ動かした。それきりで、特に反応はなかったが。



「なるほどね。特殊魔力か。今までに感じたことのない力だったが、確かにこれはいろんなものに使えるだろう。ただ、『無限大』はちょっと違うんじゃないのさ?」


「……そうかもしれませんね。ただ、今まで使っていて、限界が見えたことが無いんです」


「ほぅ、それは面白いのさ。ただ、キミは二つ間違いを犯している」


「間違い?」



 今、ジルベルトが会話に割り込もうと言葉を発したが、二人の耳には届かなかった。お互いがお互いに神経を研ぎ澄ましているので、蚊帳の外にされている。彼女にとっては、それが屈辱的だった。



「一つ目は、キミ自身の燃料についてだ。キミがいくら便利な念動力を使えるとはいえ、『特殊魔力』である以上、魔素を周囲から取り込む。そしてそれは、労働力に比例するため、大きな仕事をすればするほど、取り込む魔素の量は増える。魔力はボクらでは生み出すことができない……わかるかい? 魔石採掘や新地開拓、魔物討伐などの仕事をしたところで、同じ水槽の水を掬って入れているのと同じなのさ」


「いえ、私の場合は……」


「二つ目。ボクは医者だ。病気や怪我で苦しむ人間を救うのが仕事。餅は餅屋って言うだろ? そういうことはプレイアデスを始めとした王族に頼ってくれなのさ」



 モトユキは、遮られた言葉をゆっくりと言い直した。



「私の念力は、魔法ではありません。故に、魔力も消費しません。何も消費しない……とは断言できない状況ですが、少なくとも今までに何かが代償になったことなどありません」


「フフフ、随分都合のいい能力だね。でも、それはキミの感覚だろ? おか……二代目はキミのことを詳しく調べたのさ?」


「……いえ」


「そうだろう。あいつは、病気を治すばかりで、魔法はからきしだからな。何が起こるか分からない能力を、いきなり多用するなんて馬鹿な真似はしない……ただ、何かしら有用になるのは間違いなさそうなのさ。キミの能力が本当にノーリスクだと証明されたなら、『魔物討伐』をさせることになりそうなのさ」


「魔物討伐?」


「生命体は死すときに魔素を放出する。つまり、魔物を狩りまくれば、多少はこの国に魔力を保たせることができるのさ。ただ、やりすぎは良くない。生態系のバランスを考えて行動しないと大変なことになる。だから、少し待っていてくれなのさ。餅は餅屋とは言ったけど、手配くらいはちょっと頑張ってみるのさ」


「……分かりました」


「協力感謝、なのさ」



 ジルベルトの怒りが限界に達しそうであった。しかし、姫であることをもう一度強く自覚し、それを抑え込めた。そして、抑えきれなかった僅かな怒りを声に乗せて、話し始めた。



「終わりましたか?」


「ああ。まだいたのさ? 終わってはいないのさ。これからこちらのチームの代表者に連絡をするのと、モトユキ君の扱いを決定するのと、まだまだ調べたいこともたくさんあるのさ」


「――――人が、死んでいるんですよ!?」


「……」


「死に慣れているのかどうかは存じ上げませんが、もう少し故人に対して深刻に……」


「キミに何ができるのさ?」


「……わ、ワタクシは王女であって、革命が成功した暁には王の座に就き、民を」


「キミの魔力は一般人と同等。王城でどんなエリート教育を受けているのかは知らないけど、少なくとも統率力と戦闘力には欠ける」


「何の根拠があって……!?」


「キミは従者を一人も連れていない。加えて、信者でさえもいない。魔法もほどほどにしか使えない。そんなボロボロの状態でボクのところへ来たと思ったら、一丁前に命を説いて戦争を推す。命を軽視しているのは誰だい? どうやって考えたら、自分が王になれると思ったのさ? 鏡を見てみなよ。とても姫とは思えない風貌をしているよ。





 ――――そんなキミに、誰が付いていくのさ?」





 ジルベルトは憤慨した。体中から怒りというマグマが吹き出るのを感じた。しかし、何かを言い返すことはなく、代わりに俯き、脱力した足取りで、医院長室を後にした……。

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