7-3

 あいつら、と放たれた言葉。明らかに複数人を指している。そこには深い憎しみと怒りが感じられた。彼女は、どこを殴るわけでもない拳を握りこんで、その青い瞳でルルンタースを睨みつけた。既に戦慄していた場が、更に戦慄する。



「エミーさん。こいつは、意識神の能力を持っています。ただのハッタリではありません。できれば、私にも詳しくお聞かせ願えますか」


「……嫌だね」



 少し見ただけでは、お互いが冷静に話しているように見えるだろう。しかし、実際は全く違う。エミーは怒りに体を震わせ、ルルは恐怖に体を震わせていた。



『なら、ワタシから説明する』


「……っ」


「なぁ、ルル、なんで……」


『……』


「いや、なんでもない」



 なんでキスをしないのか、と聞きかけたところでやめた。普段掻かないはずの汗が白い首筋をつたい、下唇を血が出そうなくらい噛みしめていたから。相当な精神負荷を感じているようで、こちらからアクションを起こそうという気にはなれなかった。



『生命税を払えなかった人は、処刑、だった』


「ああ、そうだな」


『その処刑をしているのが、この人』


「……!」


「なんだよその目は。ボクが鬼にでも見えるのさ?」


『それもただの処刑じゃない。命壊魔法陣による拷問処刑』


「失礼だなぁ。再利用だよ」



 モトユキは今の言葉が良く分からなかった。だから、もう一度良く咀嚼して、嚥下する。だがやはり、良く分からない。

 理論上、魔力には不可逆性があり、魔力は水や火や風に姿を変えられても、それらは魔力に戻ることはない。しかし、生命体が死んでしまった場合は別で、「生成」される。生命体でないものに魔力が入り込まないので、死亡した場合は取り込んでおいた分の魔力が放出されるが、これとはまた別に「新たに生み出される」のである。「命壊魔法」には、簡単に人を死なせずに苦しみを与えることにより、生成する魔力の量を増やす仕組みがある。その量はかなり多い。山一つを吹き飛ばすくらいには。

 して、このアンラサルでは生命税というものがあった。払えなければ死刑。衛兵に連れていかれた人物も見たことがある。その処刑方法については情報が無い。皆口をそろえて「処刑される」とだけ言う。今の話が本当なら、「エミーは人間を魔力に変えている」ということになる。それを「再利用」だと彼女は言った。確かに言った。モトユキはその耳で聞いていた。間違いないはずだった。けれども理解ができない。何度も何度もその答えにたどり着くのに、何故だかこの答えを拒む。ルルンタースが嘘をついているのではないかと、またあの時のように疑ってしまう。


 理解したのは数十秒後だった。事の重大さを理解したモトユキは、最早言葉の丁寧さなど忘れていた。でも、怒りは無かった。疑問だらけだった。



「今……再利用って言ったの?」


「言ったよ。だったら何さ」


「人を助けることが、仕事じゃないのか?」


「人を助けているじゃないか。今この国は魔力不足だから、猿どもの魔力を振りまいてやってるのさ」


「……命を、使っている」


「命、ねぇ。キミが思っているより、命には価値が無いのさ」



 彼の声には怒りが含まれていなかった。一つ一つ事実を確かめていくように、エミーに質問する。ただそれだけ。しかし、それが彼女には苛々するモノだったらしく、冷静なモトユキとは反対に、トーンが刺々しくなっていった。



『話して。もっとちゃんと』


「うるさいな! だってしょうがないじゃないか! ただ殺す方が無駄なことは知っているだろう!?」



 遂にエミーの言葉が荒れた。当然、元の声は少女なのだから、迫力はなかった。子犬が必死に吠えているように聞こえるだけだった。けれど、それが鉛のようにも聞こえて仕方がない。モトユキは耳を焙られた気分になった。そしてその理論に、強く言い返せない自分が悔しかった。



「でも、だからって」


「何さ! そもそもそいつを捨てる家族が悪いんじゃないのさ!? 金になるモノはたくさんあるだろう!? 腎臓でも子宮でも睾丸でも腕でも足でも目でも心臓でも、売り払えば一年や二年はもつ!!! 奴らは家族の命よりも、自分を優先したんだ! ボクが責められる筋合いはないのさ!!!!」


「……おかしいぞ、お前」


「あぁ、おかしいのはキミたちのほうさ。現状を正しく理解することのできないキミたちさ」


「お前の母親は、人を助けようと努力して……」


「あああもう!! うるさいったらありゃしない!!! 少しは黙れよ!!!!」



 彼らは素直に黙りこくった。いや、黙る以外の選択肢が無かっただけだった。早口でまくし立てたエミーの唇は渇き切り、息も上がっていた。彼女は、更なる罵倒をもごもごと飲み込むと、ため息と同時に脱力した。そして、首を垂れたまま動かなくなる。

 そのまま少しだけ時間が進んだ。



「いや、すまない。取り乱した。確かにボクは、プレイアデスと協力して、捕まった人を殺している。命壊魔法だからね。想像を絶する痛みがあるだろうさ。まぁ、ボクは体験したことが無いからわかんないけど、良く訴えてくるのは頭痛だね。その次に内臓の痛み。その次に寒さ。寂しさ、恐怖、絶望……最後は懺悔しながら死んでいくよ」


「……」


「なぁ、キミたち、命の価値はどこにあると思う?」


「知らねぇよ、そんなの」


「『頭の良さ』だよ。人間の特技だからさ。蜘蛛は巣を貼ること、鷹は見ること、蛙は跳ぶこと、蟻は運ぶこと……人間は『考える』こと。巣を貼れない蜘蛛も、盲目の鷹も、愚鈍な蛙も、非力な蟻も、生きていくことができない。同じように、考えることのできない人間は、死ぬ」


「だから死んでもいいと?」


「順番さ。より価値のある者を生かしているだけ。別に、頭の良さは人並み以下で構わない。何か一つでも、種の利益になるようなことをすれば、それだけでいい。でも、今まで殺してきた人間は……今殺している人間は、『害虫』だ。物を盗むか、人を傷つけるか、糞を垂らすか、飯を食うかしかできない。助けても仕方がない。助けられないなら死ぬしかない。でも、死ぬしかないなら利用した方がいい」


「……」


「キミたちは、何も言い返さないんだね。必死に何かを言い返そうともがいているけど、もしかしてこの話に納得したのさ? 一度はこんな風に考えたことがあるのさ?」


「……っ」


「おめでとう。キミたちは頭がいい」



 モトユキは反論の言葉を必死で探したが、どこにも見つからなかった。ここで「ふざけるな」と叫んだとしても、それは自己満足に過ぎない行為であると、深く理解していた。何故ならこの状況において、彼女のしていることは「最善」であるからだ。彼女を否定するには、最善以外の手を打たねばならない。しかし、最善ではない手を打つということはつまり、「エミーよりも酷いことをする」ということだ。

 より優れた策を練らねばならない。しかし、念力では何ともならない。相手は「魔力」だ。どこへ消えているかもわからないからこそ、敵を倒して万々歳とはならない。


 何も、できない。

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