3-2

「妹さんは、随分大切に育てられてきたようですね」



 ルルをなだめていると、御者台の男が話しかけてきた。少し小太りで、犬の耳が生えている。低く、優しい声色だった。



「ええ、そうですね」


「もう少し早く言えばよかったですね。今の時期は、ここら辺であまり外を見ることをお勧めしませんよ。ああやって、子供を捨てる、またはその逆で親が捨てられるという光景は、最早日常ですから。こうして馬を動かしていると、遭遇することはかなり多いです」


「あの母親は、何故笑っていたんでしょう?」


「さあね。私には分かりません。ただ、頭がおかしくなっていたと、断言することはできないかもしれません。私にも子供がおりますが、もしもあの母親の立場なら、この命を捨ててでも見逃してもらいます。それが親の役目ですから。にもかかわらず、ああやって見捨てたということは、そもそも子供が嫌いだったのかもしれません」


「……」


「けれど、私に責める資格はありません。私の子供たちは、幸いにも健康体で育ってくれています。アーフィ王子やあの青年のように、何らかの障害を持っていたなら……私は、私自身がどう感じるか分かりませんから。それでも愛していると言い切るのが、真っ当なのかもしれませんがね。すみません、別に、妹さんのことを侮辱しているわけじゃないんですよ」



 彼は、淡々と、背中を向けたまま語った。その背中には悲哀が漂っていたが、どこか強い覚悟も垣間見える。子供を養っていくこと、そんな当たり前のことができない現状もある。だからこそ、必死に働くしかない。命が惜しければ、大人しく流れに身を任せることしかできないのだ。

 ルルンタースも、一応障がい者の部類に入る。お日様に当たれないという以外特に不自由はないし、金銭的に困窮しているわけでもないから、俺たちは凄く運の良い立場なんだろう。



「イサーク王については、どんな風に考えていらっしゃいますか? 別に、私はどちらにも属さない人間なので、心配せずに、正直な意見をもらえると嬉しいです」



 俺はその男に聞いてみた。

 イサーク王、今のアンラサルの王だ。生命税を制定した張本人でもある。



「――――仕方のないことです」



 相変わらず、男は背中を向けたままそう言った。



「お客さんは、シャルクドに向かわれるんでしたよね?」


「はい」


「となるとやはり、エミーの病院が目的ですか。妹さんを診せに」


「ええ。この病気を、何とか治してやりたいんですけど」


「深いことは聞きません。頑張ってください」


「……ありがとうございます」



 目的は、本当は違うのだが、そういうことにしておこう。もしもこの先、ルルンタースに皮膚や眼球の病気が出たときには、お世話になるかもしれないが、今のところは放っておく。なるべく日陰にいるように注意しておかないといけないが、本人が割としっかりしているので手はかからない。


 ……目的、か。

 単に転生魔法のことだけを聞こうと思っていたのだが、少しだけ変えるか。俺のこの「念力」を使って、何とか役に立てないかを、聞いてみよう。少しお門違いかもしれないけど。



 ここに来るまでに、いくつか魔導書を読んで分かったことがある。というのも、ここの魔導書は、ダラムクスのものよりもずっと整理が進んでいて、理解しやすかった。だから、やっと本質が分かってきたのだ。

 アンラサルの魔法学には第一類から第三類まで存在する。


 第一類は、四大元素を軸として魔法が構成されるというもの。昔からある考えで、直観的だ。

 火、水、風、土の四つがあって、それらを組み合わせて魔法を編み出す。小学生くらいの年齢の子供たちは、これを習わされる。ダラムクスとほとんど同じやつだ。


 第二類は、四大元素がさらに広くなる。

 火、水、風、土、光、闇、雷、氷、真、時、命……他にも解釈次第で色々あるらしい。これは主に、魔法を用いて戦闘をする職業の者が用いる魔法学だ。第一類を拡大したものだから、理解がしやすい。


 そして、第三類は全く別のものだ。百年ほど前から生まれた解釈で、古代文明の記載を元に形成されているらしい。原子論が普通に出てくる。

 魔素は、運動と錬成のエネルギーに分かれると解釈する。例えば「火の魔法」は、物体を「熱運動」させて起こり、「氷の魔法」はその逆。「生命の魔法」は、細胞に必要な栄養素を生み出すのだが、これを「魔素が化合物を錬成した」とする。その他複数の魔法も、たった二つのエネルギーによって説明できるのだ。もっと詳しくいくと、魔素によって特定の原子を生み出すことも可能らしい。もっとも、これはまだ「理論上」の話で、未だ錬金には成功していないらしいが。

 俺の元居た世界の科学と、この世界の魔素が絡み合ったものとなっていた。


 第三類が現れたことで、分かったことも当然ある。

 最も大きなものは「魔力の不可逆性」である。つまり、「魔素は逆戻りしない」ということだ。何らかのエネルギーを使って、魔素を生み出すのは不可能。

 その次は、「魔力と精神の関係性」である。生命体の精神器官と魔素には深い関係があり、俺の持っているエミーの魔導書の「感情と魔力」もこれと合わせることができそうだった。どの生命体が死んでも、精神器官の複雑度合いによって魔素が放出される。これは取り込んだものとは違って、新たに「生まれたもの」らしい。一方で、生まれるときにはその逆の結果が観察できる。量は少ないらしいが。現状はそのくらいしか分かっておらず、未だ研究が進められている。これを使えば、サングイスが使っていたような「生贄の魔法陣」のように、「魔素は生み出せる」と解釈することは可能であるが、それは分けているらしい。倫理や宗教上の理由だろうか?

 また、「魔素」は未だ観察がされていないものでもある。要は、「感じることはできるけど、見えない」のだ。どうやってここまで研究してきたかというと、目に見えるような反応を示す石や植物を使ってされているらしい。



 ともかく、「魔素」は曲者で、このアンラサルの状況は、俺の念力を使ってどうにかできるとは限らないようだ。

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