21-1 「ディアケイレスの正体」
静かな夜だった。
梅雨明けの乾いた風が吹き込む部屋で、俺は一人、ミヤビの帰りを待っていた。彼女は宣言通り、冒険者として活動を開始した。今は警備にあたっている。
残されたレンの仲間は、今後二度とダラムクスに立ち寄らないことを条件に、何もされずに解放した。その後、彼女らがどこに向かったのかは知らない。各々の故郷に向かうのが大半だろうが、既に潰されているのがほとんどなはずだ。
……知らない間に家族を殺され、それだけならまだしも、人殺しに利用され、罪を背負いながら当てもなく旅に出る。そう考えると、何もかもが間違っていたような気もする。彼女たちを町に受け入れる選択もできなくは無かったが、ここはそこまで優しい世界ではない。
ヴェンデルガルド。鬼畜なエルフ。
俺の選択は間違っていなかった。そう信じたい。
ただ、こう考えることはできないか?
確か俺は、ルベルの教師が訪問しに来たとき、ディアについて、ルネ・スピッツの実験「スキンシップを完全に排した場合、どのような人間が育つのか」を根拠に、「育ての親が居た」と考えた。詳細は忘れてしまったが、彼の実験では「半分が二年以内に死亡、残りは成人前に死亡か、生きていたとしても知的障害や情調障害が残った」という結果があったはずだ。
ルベルが本当に愛を受けていない人間ならば、既にもう「死んでいる」のだ。
つまり、薄いが、「ヴェンデルガルドがルベルを愛していた」という可能性がある。
処刑台の上で、あれだけ騒ぎ、捨て台詞を散らかしたのも、「ルベルから嫌われるため」だったのではないかとも考えられる。事実、ルベルは彼女を殺すことに反対していた。述べられた理由は違うものだったが、その奥底には「母親だったから」という理由もあったはずだ。
彼女は、あの時、ルベルに媚びるべきだった。媚びて媚びまくれば、殺されることは回避できたはずだった。けれどそれをせず、あえて「嫌われた」。ルベルの記憶から、完全にいなくなるためだ。単に、思考力が鈍っていただけなのかもしれないけど……。
……だが、ルベルは
やめよう。
やっぱり、悪は悪だ。どんな過去があれ、人を殺して楽しんでいたのは確かなのだから。「壊れた」は理由にならない。
「ただいまーって、何してるの?」
「何もしてない。おかえり」
ミヤビが帰ってきた。俺はただ机に座ってぼうっとしていただけだから、変に思ったのだろう。
……目と鼻が赤い。きっと、泣いてきた。
「あまり無理はするなよ。ああは言ったが、別に無理をする必要はないからな。苦しいなら、ゆっくりでいい」
彼女は少しの間だけ俯いた。
「ダイジョーブ、私強いから!」
次の瞬間には、その赤い泣きっ面で、明るく笑って見せた。
かっこいいな、こいつ。俺の言葉が、変に彼女を追い詰めていないと良いが。
「……そういえば、ダンジョンについてはどうだった?」
「あ、すっかり忘れてたねぇ……ユーグにも報告しなきゃ」
「ユーグって人は『副』ギルドマスターなんだろ? 『本』ギルドマスターは……」
「死んだよ」
ミヤビは簡単に答えて見せた。だが、どうにも「死」という言葉は、どれだけ軽い声で口に出そうと、重く心にのしかかるものだ。
「……ごめん」
「良いんだ。
もはや過去のものとなってしまった、彼においていた強い信頼を、そっと吹き消すようにミヤビは言った。
彼女は脱力した様子で、俺の隣に座ってきた。仕事の疲労というよりも、精神的な疲れの方が大きいのだろう。俺には聞かせないように、小さくため息をついた。
「……それで? ダンジョンは?」
「もう知ってると思うけど、あのルルンタースっていう子は、ダンジョンで見つけたんだ」
「例の古代遺跡か?」
「そう。前のやつよりも、広かったらしいよ。中は、まるで病院みたいな白いコンクリの空間で、いくつも『カプセル』があったんだ」
「カプセル?」
「うん。バイオ〇ザードとかでタイ〇ントが培養されてそうな、カプセル」
「……その中に、ルルンタースが」
「そう。居たんだ。ルルンタースって名前は、近くに書いてあった」
「それ以外は?」
「死んでた。骨だけになって。中には、人間とはとても言えないやつもあったね」
「どのくらい前に死んだとか、予想できたか?」
「うーん、分かんない。超、前」
「超、前か」
「あ、そうそう、パソコンはまだ動くやつがあったよ」
「何か分かったことは?」
「開けなかった。『キーを入力』って文字が出てきて……」
「ホルガーの家にあったやつと同じか」
「へー、ホルガーさん家にもあったんだね」
「あの人は、前のダンジョンで見つかった機械を利用して、ビルギットを作り上げたらしい」
「すっげぇよなぁ……天才は」
「……そういえば、レンの
「うん? 意識神だっけ?」
「そう。彼の名前は『ウォルンタース』」
「うぉるん……ん、なんか……」
「ルルンタース、ウォルンタース……響きが似ていれば、能力も似ていた。俺はルルの能力を使って、レンの中に入り込んだんだ。君の中に入る前にね。そのときに、ウォルンタースとは接触した」
「か、神様と!?」
「神様……じゃない。あれはただの、力を持った生き物だった」
「……」
「それで、そいつは『ルルンタースは私。私はルルンタース。だが同一ではない』的なことを言ってた」
「……?」
ミヤビは少しの間だけ考え込んだ。
「……なるほど。あのパソコンを解析できれば、ルルちゃんの正体を知れるかもしれない、もっと言えば、ダンジョンが何のための施設なのかを知れるかもしれない、そういうことだね?」
「ああ」
「でも、どうやって……?」
「ワタシニ、タメサセテクダサイ」
ビルギットが話し始めた。急だったから、またビビった。
棚の上で、相変わらず無機質に。
「ビルギット……!?」
「できるのか?」
「ワカリマセン。シカシ、キホンプログラムガ、ホルガーサンノコンピュータトオナジナラ、セキュリティヲカイジョデキルカモシレマセン」
「……やってみる価値はあるな」
「でもさ、もっきゅん。そもそもの話をするようで悪いんだけど、それを知ったところでどうするの?」
「……さぁ?」
「さぁ? って、えええ!?」
「ディアの過去が知りたい。その目標もある。ルルの過去が知れたなら、あいつのことも何となく分かるはずだ」
「過去? 過去なら、ルルちゃんを通して知れば良いんじゃないの?」
「試したが、駄目だった」
「な、なんで?」
「ルル本人が、記憶を移すことを嫌がった。恐らく、ディア本人が自分で塞ぎ込んでいることだから、ルルはその意思を尊重してるんだと思う」
「……それだと、ルベルは『素直になりたかった』ってこと?」
「そうなるな。……何度もルルに頼み込んでみたが、また鼻血を出して倒れてしまったからやめておいた」
「なんで!?」
「分からない。強いストレスがあったのかも。俺に懐いてくれているが、ディアだって仲間だ。二人の異なる意思の間に挟まれたのが、辛かったんだと思う」
「……それでももっきゅんは知りたいの?」
「……本人には迷惑だろうけど、知識は、あって損は無い」
「そもそも隠す理由って何なんだろうね? あのディアちゃんが……」
「さぁ? 実は昔、めっちゃ乙女だったとか。それが恥ずかしいんじゃないか?」
「今だってそうじゃん、ひどーい」
「あれが乙女か?」
「オトメ? モトユキサンノコノミデスカ? オトメモードガアリマスガ、ドウシマス?」
「乙女モードってなに!?」
「キャ、モトユキサンッタラ、ドンカンナンダカラ!」
「……なんだそれ」
真顔でボケるビルギットは、どこか不気味で面白かった。
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