20-3
三十分位経っただろうか。今日は清々しいほどの晴れであり、綿雲が暢気に泳いでいる。なのに今この場は、土砂降りの雨でも降ったかのような、重々しい空気が流れていた。
ルールの二つ目まで進み、今は代表者を選んでいる段階である。
できたグループを多い順に並べると、
・拘束、ヴェンデルガルド処刑(ミヤビ)
・全員処刑(アビー&ディア&ジョン)
・追放、ヴェンデルガルド処刑
・拘束、ヴェンデルガルド拷問処刑
・拷問、ヴェンデルガルド拷問処刑
・労働、ヴェンデルガルドは後に処刑
・全員追放(ドナート&ファンヌ&ルベル)
となった。
上位三つが大半を占めていて、それ以外は少数派。特に「全員追放」に関しては、子供たち三人だけが選んだものだった。しかし、大人たちがそれを嘲笑することは無い。子供も大人も、今この場では関係ないのだ。どれだけ俺を揺さぶれるかが、勝負だから。
三つ目のルールが施行されるにあたって、俺は前へと案内された。レンの仲間たちが並べられている台の上に立ち、そしてそこで、全員に分かるように「対話」をする。
ビルギットをルルに預け、引き剥がした。彼女は少し怪訝な顔をしたが、事に納得したらしい。俺が処刑台に上ってその方を向けば、集団の後ろで、ビルギットを膝に置いてこちらを見ていた。
一同が、俺に注目する。
一人目は、ミヤビだった。
「拘束、ヴェンデルガルド処刑」派。
「まぁ、モトユキさんなら分かってもらえると思いますが……」
彼女は、いつもとは違う真剣な雰囲気で話し始めた。
「『操られていた』のなら、命を奪ったり、傷つけたりする刑は重すぎます。かといって、すぐに野放しにするのは危険です。もう少し機会を伺い、彼女らをどう扱っていくかを慎重に吟味すべきであり、それを行うためには『拘束』をするのが一番だと思います」
「はい……あなたがそれを選ぶのは予想出来ていました」
「ヴェンデルガルドは、たくさんの人を殺しました。自らの意思で。我々の命を、意思を守る上でも、『殺す』ことを望みます」
「……了解しました。次」
ミヤビらしい回答だった。この話をしている間、レンの仲間たちはどこか落ち着いた様子を見せていた。少なくともこれが選ばれれば、死ぬことは無いから。
ほとんど死刑が確定したも同然であるヴェンデルガルド本人は、どこか上の空で、遠くの方を見つめている。
二人目は、レオという金級冒険者だった。ギルバードとはまた違った熱意を持つ赤髪の青年で、真っすぐに俺の方を見てくる。
彼は「全員処刑」派。アビーが代表になるかと思っていたが、恐らく彼女から辞退したのだろう。
「どうも、モトユキさん。聞いてはいたが、ちっこいね」
「はい」
「俺たちは、少々過激な考えを持っていることを、理解しているつもりです。しかし、住民たちが一刻もこのことを忘れるためには、不安の素を今ここで取り除かなければなりません。即ち、『全員処刑』です」
「操られていたという件に関しては?」
「確かに彼女らは操られていたようでしたが、しかし、住民がかなりの数殺されてしまった事実は揺るがず、当然『恨み』も募っています。加えて彼女らを生かしておけば、『本部』の方へ、紅緋派レンが倒された事実が伝わってしまう可能性が高まります。道徳的、合理的に考えても、『殺す』ことが最善だと、我々は考えています」
ヴェンデルガルド以外のレンの仲間たちが、次々に懺悔や弁明の言葉を口にし始めた。女の声だから、余計に惨く聞こえてしまう。まるでこちらが悪人みたいだ。レオはその拳を固く握り、沸々とする怒りを丸め込んでいる。
ふと、彼のグループに目を向けると、その全員が「怒り」を覚えていた。しかし、誰もかれも純粋なそれではなく、どこか抵抗があり、良心を押し殺していることも理解できる。
「……了解しました。次」
このような感じで、議論は進んでいった。議論? ちょっと言葉が違うか。話し合いに見せかけた、独裁。人を殺すかどうかのそれ。正解などない。あってたまるか。
深い悲しみと、怒りと、恨みをそれぞれの言葉に乗せて、俺へ訴えかけてくる。どれもこれも、理解できなくは無い論理だった。あらゆる立場を考えれば、どんな意見もすべて正しく思えてくる。
……しかし、全て正しくない。
そして、最後。
俺の所へ訪れたのは、予想通り「ルベル」だった。彼女たちは「全員追放」派で、もっとも軽い刑罰を望む者たちと言って良いだろう。全員合わせて三人と少ないグループで、しかも子供たちだけのものだったが、大人たちは何も言うことなく、その言葉に耳を傾けようとしている。
「アタシたちが望むのは、『全員追放』だ」
彼女らしい口調で、投げられた言葉。
誰よりも音が軽かったが、誰よりも重く感じた。
「――殺したところで何になるの?」
「というと?」
「この人たちを皆殺しにしたら、殺された人たちが生き返るの?」
「……生き返らない」
「恨みが晴れるの? 悲しくなくなるの? 何が変わるの?」
「君は、『悪魔』を放っておくのか?」
「……っ、そうだよ。もう、アタシには関係ない。恨みに任せて殺すのは、幻魔と同じレベルになることを指すんだ! アタシは、
ヴェンデルガルドを指さしながら、強くはっきりそう言った。
今までは、対話をしているときも、多少のざわつきがあった。だが、この瞬間に限って完全な沈黙が訪れる。ルベルの言葉が、ナイフのような鋭さを誇っていたのは言うまでもない。
図星。今ここにいる、俺を含めた全員が。
「だから、許せ、と?」
「違う。この人たちのしたことは許せない。でも、許せないからって、殺すのは間違ってる。ここに縛り付けるのも。『追放』って、追い出すってことなんでしょ?」
「うん。未来永劫、ここには立ち入らせない」
「それでいいと思うんだ。この人たちが、何か悪いことをするとは思えない。どこか新しいところで、悪いことを忘れて……平和に」
「勘じゃ、決められないこともある」
「なら、魔法か何かを使えばいい。嘘を見抜く魔法を使える人が居るなら、悪いことをしないかどうかなんて見抜けるはずだ」
「心変わりをしたら? 魔法が不完全だったら? 魔法を退けられる能力を持っていたとしたら?」
「……信じなきゃ、進めないことだってあるよ」
信頼。
俺が最初の方で、ルベルにしたことだ。「言ったこと」としたほうがいいかもしれない。とにかく「信頼している」と示すことによって、彼女に自信を持たせようとした。失敗したけどな。
今度は、ルベルがそれをしようと言う。それも、悪人を。
「今だって、そう。君が、敵じゃないからここにいる。ここにいて、全ての決定をできる権利を持っている。その権利は、皆が『信じて』いるから。もしも、疑ってばかりだったら、全てのリスクを回避するというのなら、この裁判だってぶっ壊れる。誰もかれも、『余所者』は皆殺し」
「……少し違う。俺の場合は『信用』だ」
「……?」
「信じるほかないんだ。だから、信じている。俺が敵か味方などどうでもいいんだ。敵であれば終わり。味方なら勝ち。極端な結果が見えているからこそ、皆は考えないで信じてくれている」
ルベルが、ナイフを俺に突き出し、触れた頬から少量の血が流れる。一同は息を飲み、すぐさま彼女を止めようとする。だが、ミヤビが「うるさい!」と一喝し、再び静かになった。
ちくりとする痛みが頬を走る。流れる血は、すぐに冷たくなった。
「アタシなら、殺せる。君が敵であるなら、倒せる」
「……」
「でも殺さない。信じているから。友達だから」
「……同じように、考えろ、と?」
「そう」
「ルベル。皆の命が掛かってるんだ」
「この、分からずや……!」
「終了だ。降りてくれ」
「なんで! アタシはまだ……」
「降りろ」
「……っ」
彼女たちの意見は、唯一、ヴェンデルガルドを殺さない。誰が見ても悪だとして、殺すことを薦めたあのエルフの女を、「見逃す」と言っている。
理由は「殺人は駄目だから」。
恨みを晴らすのは、「意味が無いから」駄目。
リスクを回避するのは、「俺を信じているから」駄目。
穴だらけで、大事なことを無視している。
この場合は、「ダラムクス」を一番に考えなければならない。義理や人情など、目に見えないモノを考えたって駄目なのだ。大人たちが、酷薄な人間に見えるかもしれないけどな。
幻魔と同じレベルになる……百歩譲って、ヴェンデルガルドの処刑を執行したら、そうなるとしよう。でも、それの何が悪い?
だが、ルベルが強い意志を持って、俺に訴えたことは確かだ。普通の子供なら、恨みにまみれて殺すことを望むだろう。俺がルベルの立場なら、ヴェンデルガルドなんぞ、周りの意見を無視して殺している。
彼女なりの「一歩」であり、「強さ」だ。彼女に着いた、ドナートとファンヌも。大人たちではたどり着けなかった答えを、俺にぶつけてきた。
もし、神がこれを見ているのなら、彼女たちを「正解」とするだろう。
神が、万物に平等な存在であると仮定したなら。
――――決めた。
ふと見れば、全員が俺の言葉を待っていた。神のような、尊敬の眼差しではなかったが。しかし、どんな言葉を俺が発しようと、飲み込むという意思は強く感じられた。
大きく息を吐き、そして吸い込む。
「――――判決。追放、ヴェンデルガルドは処刑……!」
レンの仲間たちが、安堵の声を漏らした。中には、声を上げて泣き出す者もいた。
「ルベルの言う通り、彼女らの言葉を信じることにする。でも、ヴェンデルガルドだけは許さない」
「……」
ルベルからの返答は無かった。
彼女等は強い。誰よりも強い。でも俺を含めた大人たちは、仲間を殺した奴を見逃せるほど、強くは無いんだ。
「これより、ヴェンデルガルドの処刑を執行する。最後の言葉はあるか!?」
俺が声を張り上げると、彼女はゆっくり俯いた顔を上げ、その美しい声で言い始める。
「ご機嫌麗しゅう人間ども。ワタクシの名はヴェンデルガルド。汚いあなた方の仲間を浄化致した、幻魔の徒でございます」
彼女の傲慢な態度に、野次が飛び始める。
「本日はお日柄もよく、こんなに絶望にまみれた中、圧倒的な強さの御仁に殺されることを、光栄に思いますわ」
「――――なんて言うワケねーだろバーカ!!!」
「クソが!! 離せ愚民ども!! どうせクソ垂れのガキ一匹二匹殺したところで、ゴキブリ以下のお前らなんぞ、バカスカ交尾してすぐ増える癖に!!」
綺麗な顔、綺麗な声で綴られる、汚い罵声。
あまりの豹変ぶりに、一同は非難することを忘れて凍り付いた。悪魔は悪魔らしく、どこまでも悪党である。俺も苛々してきた。
……ぶっ殺せ。
誰もが、俺に目で訴えかけてくる。
「どうして!? 高貴なワタクシたちの高邁な行いを邪魔すンだよ!!!???」
体をくねらせ、その拘束から、絶望から逃れようと必死になる。
けれども、空は泣かない。清々しいくらいの晴天なのだ。彼女の死を祝福しているかのようにも思えるくらい。
「離せ!!! はなぜ!!! ばな゛ぜぇ゛ぇぇ!!! グゾがぁ゛ぁ゛!!!!!」
喉を潰す勢いで叫ぶ。どの魔物の断末魔よりも、汚かった。
そうして暴れて、数分後。急に、まるで死んだように静かになった。その狂気ぶりに、住民たちは恐怖さえも覚えている。俺だってそう。
「あぁ、ダーリン。今、お迎えしますわ」
――――ゴキン。
彼女の首の骨が折れる音が、響き渡った。
途端にぐったりと
周囲の人の中には、その光景を見て泣き出す者もいた。逆に、歓声をあげるものもいた。いくら悪人とはいえ、「死」のショックは大きいのだ。人々の脳を揺らすほど大きな影響を与え、各々が暗闇の中で答えを模索する。ごった煮になって溢れ出る感情は、狂気に満ちていたのかもしれない。
ルベルは、ただ真っすぐこちらを見ていた。
何も言わず、ただただ。
雑音の最中、俺は自分の手を見る。
思考に集中すれば、音は遠のき、俺だけの沈黙の世界が現れる。
そのなかで何度も、「不快」を搔き集めた。
骨を砕き、血管や神経をちぎり、あの女を絶命させたその感覚。悪を行った感覚。そのすべてを、忘れないように。
瞬間、強烈な寒気に襲われた。冷汗が噴き出てくる。
……良かった。
まだ、「人間」だ。
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