20-2

 寝ていた三人を起こし、事情を説明した。それぞれが俺の体が成長していたことに驚いていたが、「裁判」の話をすると途端に真剣な表情を見せる。



「目の前で人が死ぬのを、見せることになるかもしれない。ディアやルルは大丈夫だろうが、ルベル、君は無理だと思ったら目を背けても構わない」


「……」



 俺の低い声が、威圧を与えているだろうか? ルベルが、ほんの少しだけ動揺をしているのが読み取れる。いや、動揺しない方がおかしいか。

 正直、俺は「見てほしい」と思う。目を背けずに、まっすぐと。だが、それは俺が強要していいものではないし、心に傷を負わせることになるかもしれない。



「……分かった」



 ぼそりと呟いた彼女の瞳は、碧空の如く美しかった。「視る」、その意思が深く伝わってくる。腐っても自分の母親、その死を見ることがどれだけ恐ろしいか、俺には計り知れない。しかし、俺が計り知れないのは、「彼女の勇気」もまた同じだった。



「――――分からんな」


「何がだ? ディア」



 この中で一番背丈が低く幼いディアだったが、言葉の鋭さは誰よりもあった。沈黙を切り裂くように言い放ったその一言には、若干怒りの感情も混ざっているようにも感じる。

 彼女は小さなため息をついてから、ゆっくりと言った。



「どうして、モトユキがそんな役目を負う?」


「英雄だから、だってさ」


「ふざけてる。そのルールを決めた奴らも奴らだが、モトユキもモトユキだ。どうして断らなかった。どんな判断をしても、辛いのはモトユキだ」


「……参加しなければ、もっと辛いんだよ。俺が」


「一住民として、参加するっていう方法もあっただろ。すべての責任を、何故、ここの住人でない余所者に取らせる? そしてモトユキは何故それを飲む?」


「人を殺すのに慣れてきた。人を殺して得るデメリットが少ないのなら、俺は、俺にとって満足できる結果を残せるこのルールでいいんだ。ダラムクスの皆も納得してくれてる。最善の策なんだ」


「ホラ吹きめ。結局モトユキは『巻き込まれた』だけなんだ。あの吸血鬼の時だってそうだっただろう。また、同じように後悔するんだ。どれだけ人を殺すのに慣れたと、今、心に嘘をついたとしても、後になって絶対に苦しむぞ!」


「……心配してくれてありがと、ディア。でも俺はやるよ」


「……」



 その言葉一つ一つには、殴られたような重みがあった。全てが図星だった。確かに俺は、人を裁く権利や覚悟など、何一つ持ててはいない。けれど、ここで止まるわけにはいかない。

 黄金の大きな瞳はこちらをじっと見つめ、心までをも見透かされる感覚になる。


 ……ディアケイレス、不思議な龍だ。



 ☆



 正午。驚くほど晴れている。

 裁判は、例によってギルド前の広場で行われることに。


 拘束されたレンの仲間たち計十三名が、粗末な木の台の上に並べられる。全員が、首、腹、足、腕を魔法で拘束され、跪くような体制をとった。顔が整っているだけに、なんだかこっちが悪者のような感覚がしてくる。


 その場にいた住民は、百人ほど。子供は極端に少なく、ほとんどが大人たちだった。それも当然。公開処刑があるかもしれないこの中で、子供たちを連れてくるのはご法度なのだ。しかし、子供を連れてくることが悪いかというと、俺には判断しかねるが。

 皆、げっそりとした顔をしていた。しかしその目の中に、各々が考え、決めた結論を宿している。

 この場にいるのは、全員ではない。寧ろ、「ごく一部」だ。ほとんどが、裁判の結果に興味は無いらしい。罪人が煮ようが焼かれようが、関係のないことだから。俺もこんな力なんて持ってなかったら、一切興味はなかったはずだ。死んだ身内のことでいっぱいいっぱいで、とてもじゃないが動こうという気分に離れない。平気で立って歩けるのは、薄情だが、ここに思い入れがあんまりないからだ。

 尚も復讐をその胸に抱いた者だけが、此処に居る。



「あ、れ? モトユキさん? あ、アネゴもいる」


「どうなってんだ? 大きくなってるぞ?」


「……あれ? もともとあんくらいだっけか?」


「どうだっていい。さっさと始めようぜ」



 彼らは、俺を見るや否やざわめき始めた。だが、それはすぐにおさまった。こんな小さなことに構っていられるほど、心に余裕が無いからだろう。



「アビーさん。ルールを」


「……え、えぇ」



 アビーも動揺を見せたが、俺の体のことに触れてはこなかった。念力を扱える男だから何でもありなのだ、と都合よく理解してくれていればそれでいい。

 彼女は、隣に居た茶髪の冒険者に話しかける。大柄な中年男だったが、表情は誰よりも冷静であり、アビーの話に真剣に耳を傾ける。彼はこちらをちらりと見た後、レンの仲間たちが拘束されている台に上った。


 ミヤビに聞けば、彼の名は「ユーグ」。副ギルドマスターで、彼自身の実力はかなりのモノらしい。



「――――これより、ダラムクスに侵略攻撃を行った罪人の、裁判を開始する」



 低く澄み渡る声で、裁判のルールが説明される。



 一つ。処刑、拘束、拷問、追放のうちどれかを選び、それぞれに分かれる事。これ以外にある場合は、新しく作っても構わない。


 二つ。それぞれの内で話し合い、詳しい刑の内容を決める事。その際に意見が割れた場合は、派閥も二つに分ける事。


 三つ。最終的な派閥で、それぞれの代表者が一人ずつモトユキに「提案・相談」をすること。


 四つ。モトユキの決めた判決を、その場から開始する事。


 特例。今回の事件、ヴェンデルガルドを除いた者たちは、レンに操られていた。これは、魔法によって真実であると明らかにされたものである。これを踏まえて考える事。



 以上。ウエハラ独裁者の、裁判のルールだ。





 ――――開始の合図とともに、辺りは様々な人の声で溢れかえる。幾重にもなった不協和音が、ノイズのように響き渡る。よく耳をすませば、罵声や泣き声も聞こえる。


 ルルは俺にべったりと張り付いたままだったが、それ以外は話し合いに参加するらしい。ディアは真っすぐ処刑の方へ歩いて行く。ミヤビは、ずっとルベルに肩を借りっぱなしだったから、先に回復魔法の使える者のところへ。そのあと、ミヤビは拘束、ルベルは追放へと向かった。

 ビルギットは俺の小脇から、様子をうかがっている。



「――――!」



 俺はとある人物を見つけた。

 「ドナート」と「ファンヌ」だ。先日一緒に遊んだ子ら。子供らしからぬ真剣さだったが、「空虚」とも言える顔をしていた。他の大人と同様、クマがあり目が赤かった。

 ドナートは父を、ファンヌは兄と母を失っている。どれほど心に穴をあけられたか、俺には想像がつかない。俺は両親の二人だけだったが、彼らはそれだけではないのだ。友もまた、幾人も失っているのだから。


 唐突に、胸が苦しくなる。

 一度は治まったはず悲しみの渦が、再び俺の心臓に。





 ……彼らは歩み始めた。

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