16-10

「……なら、私を捨てたらいいじゃん」


「できなかった。意地でも連れ出さないといけないみたいだ」


「じゃあ、私は、もっきゅんにとって、ここから出るための鍵でしかないわけ?」


「……そうなるね」


「馬鹿正直だね。こういう時は、嘘でもいいから綺麗なことを言うべきだよ」


「嘘だってバレるからね。頭良い姉さんには」


「正直に話したって、無駄だから。自分が薄っぺらいって言ってるのと同じだから」



 ……すげぇ嫌われてんな、俺。

 まぁしょうがない。腫物みたいに扱っても駄目だ。彼女の前では嘘をついたとしても完全にバレる。その場しのぎの優しい言葉も響かない。



「意識の世界でぶつかり合ってるんだ。嘘なんてくだらないモノつかない。それだけは約束する」


「……もう一回聞くよ。もっきゅんにとっての私は?」


「『鍵』、ここから出るための」


「……君も人のことを物としか見てないんだ」


「寧ろ君じゃないか? 物として見てるのは?」


「……はぁ!? どうして!? 私は……!!!」


「だって、君は今『自分が役立たず』だから出たくないんだろ?」


「何の関係があるの?」


「役立たずは価値がないんだろ? 死んだ人たちに顔向けできないんだろ?」


「……ッ、そうだよ。私は何も守れなかった、価値なしだ」


「ほら。価値なんて言ってる時点で『物』として扱ってる」


「……??」


「自分も『人』なんだ。大切にしなよ」


「……知ったような口を!! 大体、君が私のことを『鍵』として扱ってることについて、弁明できてないじゃん!」


「そう、『鍵』だ。此処から出るための。じゃ、『此処から出る』ってことは何を意味してると思う?」


「……私が立ち直ること?」


「そう。言い換えれば『生きる覚悟をすること』だ。俺も、君も」


「……? おかしいよ。もっきゅんもその覚悟がないってことじゃん。というか、どうしてそんなことが言い切れるの?」


「俺はルルンタースの能力を使ってここに来た。あの子には不思議な能力がたくさんあるが、『心を読める』能力があることは間違いない。ここで浮かび上がってくる疑問は……」


「なぜ、諦めたもっきゅんを、引き揚げなかったか?」


「そう。俺が諦めた時、彼女がそこから助けなかった理由がない。もう一度現世に戻って、心を落ち着かせたり、対策を練ったりすることができたはずだ」


「……? 確かに、どうして……」


「『何か理由があった』、そう考えるべきだ。もしかしたら、世界の仕組みの上で不可能だったのかもしれないが……こう考えたらどうだ? 『引き揚げたら駄目』だったと」


「……もっきゅんを助けたら、駄目?」


「俺に問題があった。もし、諦めたまま俺が外に出てしまったら……君を助けられなかった罪悪感で、苦しむ。つまり、君と同じ状態になっていたんだ」


「……罪悪感」


「どこにも行く当てが無くなったんだ。『こんな俺が現世あっちにいちゃいけない』って」


「生きる覚悟が無い、そういう意味では、同じ……」


「うん。だから、意地でも、君を救い出さなきゃいけない」



 彼女は背中を向けたまま話す。依然としてその声は乾ききっているが、俺のすべてを拒絶したいわけではないらしい。俺はその場に胡坐をかいた。ミヤビの隣や前に座ることはしなかった。

 ……俺もいつの間にか、ミヤビとともに壊れていたのかもしれない。



「此処から出ること。生きる意味をみつけること。そのために君という『鍵』が、『人間』が必要なんだ」


「言葉遊びっていうんだよ、それ。結局私のことを物として使っていることには変わりないじゃん」


「……」


「……どうでもいいことだね。いいよ。信じてあげる。私たちは『友達』。そして私は『鍵』。でも、無条件でもっきゅんの言葉に従うなんてことは無いよ。気に食わなければずっとここにいる」


「構わない。寧ろそうしてくれないと困る」



 ……さて、今、彼女が対面している問題を整理しよう。

 彼女は、ダラムクスの半分が死んでしまったことを「自分のせい」だと認識している。そして自己嫌悪に陥り、放っておいて欲しいと心から思っている状態だ。それが概形。

 中身は、今までの負の積み重ねがごっちゃになって、膿のように腐っている。


 「ルベルが殺された」、あくまでそれはミヤビが壊れるトリガーに過ぎなかったのかもしれない。もう既に彼女は限界だった。限界を超えていた。いつこうなってもおかしくない状況だった。

 ……ルベルが死んでいないことを伝えても、立ち直ってくれない。困った。俺はてっきりこのことを伝えれば帰れると思っていたのだが、そう上手くはいかないようだ。



「一応、もう一度言う。ルベルは生きてる」


「……うん。死ぬほどうれしい。死ぬほどうれしいけど、それだけじゃ、私は満たされないみたい。寧ろもっと、苦しくなる。情けない母親の姿を晒したみたいで」


「さっきの『価値』の話をしよう。君は、自分に価値がないから、外に出たくない。そうでしょ?」


「……何度も認めさせないでよ」


「俺は、それ、『駄目』だと思う」


「自分を『物』として見てるから、でしょ? でも、『自分』だよ? どんな風に扱ったって良いじゃん。私の自由だ」


「……『価値のない人間は生きてちゃいけない』、じゃ、『寝たきり』の人は生きてちゃダメなの?」


「……?」


「重病で、家族に迷惑しかかけない人は、生きてちゃダメなの? 彼らは何も仕事をしていない。どんな災いがあったとしても、誰かを助けることなんてできない」


「……そんなわけないでしょ」


「うん。そんなわけないよね」


「でもそれは『寝たきり』の人に限った話じゃん」


「そう? 『寝たきり』、つまり『何らかの原因で動けない人』ってことだよ。君もそうだったんじゃないか? レンが強かった、怖かった。そんな感じで、精神的にも物理的にも拘束されていた」


「でも、私が過去に頑張れば……!」


「レンを生んだお母さんが、そいつをもっと人徳者に育てていれば? そいつを囲んだ人間が優しければ? 意識神が能力を与えなければ? 君の理論だと、そのすべてに『生きてちゃいけない』ってことになる」


「関係ないじゃん! レンの周りの人間なんて、そんなちまちましたことを考えていたら……」


「そう、『関係ない』。俺も、君も、ちまちましてる。でも、『関係してる』。どんな小さな事柄でも、未来では大きくなってるかもしれないんだ。レンが生まれて、いや、レンの生まれる前からの、風の吹き方、石ころの在りか、蝶の飛び方……そのすべてが連続して、今回の事件が起こった。すべてを集めて行けば、すべてが悪者になるだろう」


「き、規模が違うよ! 私は『予測』できていた! 今回のことを、少しでも!!」


「アビーも同じようなことを言ってたよ。君と同じように幻魔のことを知っていて、今回のことに酷い罪悪感を感じていた」


「……『アビーが生きてちゃいけないの?』でしょ? ……『生きて良い』。当たり前じゃん」


「うん。なんでだと思う?」


「なんでって……? 人には人権があるから?」


「そういう解釈もあるだろうね。でも俺は、『君がアビーの存在の価値を認めているから』だと思う」


「存在の価値?」


「最初の方に話したやつだ。『君が居てくれる、それだけでいいって思ってくれる人』。存在の価値を認めてるってことだ。君はアビーの存在を認めている。たとえ、アビーが事故に遭って、両腕を失って、お得意の武器鍛冶ができなくなったとしても、『死ね』と正面切って言う訳が無い」


「――――私が、私自身に、存在の価値を認めろと?」


「うん」


「それでも、『私自身』を雑に扱ってはいけない理由になってない」


「分からない? 君は間接的に『他人』に言ってるんだ。価値のない人間は死ねばいいって」


「……言ってないよ」


「間接的にね。『存在の価値』を君が知っていたとしても、他人には聞こえない。だから自分のことを『価値無し』と責める度に、周りを責めていることになる。『行動の価値』に縛り付ける事になってしまう」


「……」


「俺が辛いんだ。君が自分のことを責めると、俺も責められてる気分になる。だって俺も何もできなかったんだから」


「……」


「――――認めてよ。『私は生きてもいい』って」


「……」


「そもそもの話をしてしまえば、神なんているかどうかも分からないし会ったこともないわけだし、常識や良識なんて誰かの偏見の集まりなんだ。それを、君がどう解釈するかによってすべてか変わる。生きる意味なんてのは、そいつ自身の気分によって左右される、脆いものだ」


「……分からないよ」


「ゆっくりでいい。俺はいつまでも待つから。どんなにうざったくても、何を言われても、俺は絶対にここから動かない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る