16-11
「で、でもまってよ。それなら、さっき言った『課題』を達成できないじゃん。生きる意味なんてないって言ったら、本末転倒だよ!」
ミヤビが振り向いてくれた。
その表情はまさしく彼女であり、映像で見てきた偽物ではなかった。
……活き活きしている。それが一番だ。
「そうだな。どうしような」
「えええ!? 考えてなかったの?」
「……『課題』は俺の予想に過ぎない。まだ、他にもあるかもしれない。それと、勘違いしちゃいけないのは、生きる意味が『無い』訳では無いってこと」
「……」
「生きる意味に関しての話題は、これで決着で良い?」
「……今のところは、『考えてもムダ』ってことにしとく」
「ふふ。ミヤビらしい」
「……で? 課題が他にもあるかもしれないってのは?」
「三つのテーマから、一つを選んで話してほしい」
「三つの、テーマ?」
「そう。一つめは『可哀そうな私』」
「……次は?」
「二つめは『酷いあの人』」
「……」
「三つめは『これからどうするか』」
「……なるほどね。ただの『愚痴』にしないための工夫なわけだ。三つのテーマと挙げさせておいて、実際に語らせるのは『これからどうするか』。残り二つのテーマをあえて挙げることにより、くだらない愚痴を取っ払う……性格悪いね。分かったよ。その話をしよう」
「理解が早いな」
「……で、今、ダラムクスはどんな状況なの?」
「半分が死んだ。詳しいことは知らないが、きっとこの話し合いを終えるころにはアビーたちが死者の把握や処理をしてくれるだろう」
「身内が殺されて働けなくなった子供や老人たちは?」
「子供に関しては、アビーが先導して動いてくれている。仮の住居もあるようだったし、孤児院も強化する。老人は完全にノーマークだったが、アビーなら先に何とかしているだろう」
「アビーをずいぶん信頼してるみたいだね」
「……ああ。冒険者を動かせる立場にいる以上、仕事をしてもらわないと困るが……その心配は無かった。逆に過労死しないか心配なくらい」
「あ、そういえば『紅い月』は?」
「俺が手伝った」
「……すごい」
「徹夜で頑張ってる冒険者たちの方がすごい」
「……はは」
「でだ。もう分かり切ったことだとは思うが、聞いておく。これからどうする?」
「……」
今、彼女がやるべきこと。
それはもう一度、冒険者として働くことだ。深く考える必要のない、その辺に転がっているありきたりな答え。しかし、彼女は俯きその言葉を発しようとしない。
当然だ。それができれば俺がここにいる意味は無い。これからやるべきことなど、彼女は分かっている。実行する勇気が無い。踏み出す勇気が無い。
「分かってる。分かってるよ……でも、ちょっと待って」
「……」
彼女が言いたくない理由。簡単だ。「冒険者として働きたくないから」だ。罪悪感、だけではないだろう。失敗だって怖いはずだ。周囲の目だって怖いはずだ。事実、全ての住民の怒りが、レンに向いているわけではない。守ってくれなかった冒険者にだって向いている。
……何よりルベルの気持ちが分からない。
傷つきたくない、そういうことだろう。
理詰めで進んできたものの、結局はこの壁が立ちはだかる。これを破壊できなければ、意味が無い。しかし、そう簡単に破壊できるものではない。当たり前だ。そうでなければ俺は必要ない。
あと必要なのは……慰めか。
「もっきゅんは、どうするの?」
「俺か……」
俺のやるべきこと……。
「――――幻魔を潰す」
「……!! ……そう」
彼女は何かを言いかけたが、飲み込むように塞ぎ込んだ。
正直、俺にとってはこれが正解かは分からない。合理的に考えるとするならば、俺は初めから「帰りたい」と言うことを目標に動いていたから、転生者に関する技術を持っている幻魔に突っ込めばほぼ確実に帰る方法が見つかるはずだ。だが、そこにはどうしても「復讐」という目的もある。
それに、確実に可能とは言い切れない。
レンは「目を合わせた対象を無力化する」とかいうぶっ壊れ能力を持っていた。でもあいつは、「紅緋派」だ。過去のミヤビとのやり取りを考えると、幻魔側が「急ごしらえ」で用意したようにも感じる。だから、人数は少なかった。他の派がどれだけいるのかは分からないが、その頂点に立つのはレンと同等の能力を持つ者たちで、尚且つ信者の数も多いだろう。
……そして、そのすべてを統合するリーダー。
ぶっ壊れたレンに「幻魔」を名乗らせるほどの力を持っている……。
俺の念力でも難しいかもしれない。
「……もっきゅんなら。でも、それでも……危ない」
「百も承知。千度捨てた命だ。今更一つ失ってもどうってことない」
「……今度は復活しないよ。死んだら終わり」
「……」
「……強がり。本当は怖いくせに」
「ミヤビもだ。『これからどうするか』の問いに、まだ答えられてないじゃないか。怖いんだろ?」
「……そうだよ。すごく怖い。でも、やんなきゃいけない時もあるよね」
大人二人が現実を怖がっている。
滑稽だな。
「もう一度頑張るよ」
「……」
だが、世界はまだ崩壊するつもりはないようだ。
「戻れないね……もっきゅん、何か他に考えは?」
「……二人とも、未だ本質的な『覚悟』はしていないんじゃないか?」
「……本質的な、覚悟?」
「まだどこか怖いんだ。いや、怖いことは悪い事じゃない。恐怖は力になる。だが俺たちはまだ、恐怖を扱える段階じゃない」
「どういうこと? 何を言ってるか分からないよ」
「人間は何故、恐怖を感じると思う?」
「……猿の時代からずっと積み重ねてきた経験に基づいて、危ないものに『近づかない』ようにするため。それが私の知ってる話だよ」
「それと、『戦う』ためだ」
「戦う……」
「人間はストレスを受けると、集中力が上がり、筋力が上がり、気力で満ちる仕組みがある。もちろん、本人にとってはあまり嬉しくないことだが……ともかく猿のご先祖様は、それを駆使して戦ってきた。何ができるかを考え、そして行動した」
「……」
「ところがストレスは『不快』だ。だからこそ、逃げたくなる。しかし逃げた先では、ストレスが莫大に膨れ上がってしまう。それが『鬱』だ。上手く使えなければ、ただのゴミなんだ」
「……私たちはそれをうまく使う必要がある」
「そうだ」
俺はそっと手を伸ばし、ミヤビの頭を撫でた。
「……何をしてるの?」
「……」
「……ねぇ、やめてよ」
「……」
「……やめてよ!」
「……」
「――――泣いちゃう、からっ……!!!」
「……泣けばいい」
初めて見た、彼女の涙。
ストレスを上手に使うコツは、軽減してやることだ。涙には、ストレスホルモンを流し出す効果がある。物理法則が適用されない此処で、ほんとに効果があるかどうかは分からないけどな。
……理屈っぽい話はここまでにしよう。
「君に足りないモノを、ずっと考えてたんだ」
「う……ぁ……」
だんだん、彼女の体が小さくなる。そして代わりに、俺の体が大きくなっていく。
ミヤビが子供に。俺が大人に。
「多分、『弱さ』だと思う」
人間の集団において、「弱さ」は武器となる。弱いものは守らなければならないという潜在意識があるから。赤ん坊はその弱さで周囲を支配し、自分の生命を維持する。怒っている相手が涙を流せば、怒る気力が無くなっていくのもこのため。
大人でもこれを利用し、周囲を蹂躙する不届き者がいるが……ミヤビはその真逆に位置する。
「君は強すぎた。今までずっと君の過去を見てきたけど、壮絶だった。信じられないくらい。多分俺なら、途中で命を投げ出しただろう。でも君は諦めなかった。誰にも涙を見せずに頑張った。親には『素直な子』を。友には『優等生』を。冒険者には『気丈な姉御』を。男には『余裕のある女』を。
「……」
「でも、『弱い自分』を誰かに見せなかった。絶対に。実親や親友、子供にでさえ。だから、限界が来てしまった。何もかもが怖くなってしまった。もし、誰か一人でもいいから『すべてを頼れる人』が居たなら……今、ここにはいないだろう」
「ねぇ、もっきゅん。良い、かなぁっ……?」
「うん。こんな奴でいいのなら」
彼女が俺の胸に飛び込んできた。
すすり泣く顔を押し当てられて、少しくすぐったい。
頭をなでると、より一層、すすり泣く声が強くなったのが分かった。
「俺は必要なことを話したつもりだ」
「……うん」
「今から、一番大事なことを言う。恥ずかしいから一回しか言わない」
「……?」
「ありがとう。ここに居てくれて」
「――――私も。ありがとうっ」
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