14-3

 眠い目をこすりながら、ビルギットの頭を小脇に抱え、ミヤビの家へと戻ってきた。紅い月は沈み、暗い空が段々と明るみ始めた頃だ。


 冒険者たちはすごい。夜通しで死体を片付け、未だそれが続いている。血の匂いがこびりついた体を休ませることなく、「死んだ」と記録をつけ、燃やしていく。アビーに聞いたら、まだまだ続くようだ。葬儀はもっと後になるらしい。


 ……それから、ファンヌの母親と兄が死んだそうだ。彼女の兄は「アウジリオ」。俺との面識もあった、あの元気のいい男の子だ。父親が死んでいなかったのが、不幸中の幸いか。だが、当然子供たちの中には、自分以外全員が死んだという子もいる。その子の扱いを今後どうしていくかも、考えどころだ。



「ビルギット、時計機能は生きているか?」


「ハイ」


「俺は少し休む。一時間後に『必ず』起こしてくれ」


「ワカリマシタ。デモ、イチジカンダケナノデスカ?」


「三セットで、三時間寝る。そのあとはアビーの手伝いに行く……あ、そういえば時間の概念って、こっちは違うのか?」


「イイエ、オナジデス。ココ、ダラムクスモ、イチニチニジュウヨジカンデス」


「まるで俺が、別の世界から来たってことを知っている口ぶりだな」


「ケイサンニモトヅクケッカデス。アナタノフルマイカラ、サンシュツシマシタ。マチガッテイタラモウシワケアリマセン」


「……合ってるよ」



 俺はすでに乾いた服を着替えることなく、横になった。ベッドとその他の布は、ほかの四人で埋まっているから、俺はリビングの床にそのまま寝そべる。堅いが、眠けりゃどうってことない。

 ちょっと気持ち悪い目覚まし時計を横に置き、目を閉じた。



「……ぐえ」



 ふと、苦しい感覚がして目を開けると、そこにはあの「白髪の子」が居た。俺の腹に馬乗りになり、こちらをあの無表情で見下ろしてくる。



「なんだ?」


「……」



 一応バリアを張ったが、こいつには通用しない。それに気が付いたのは、後になってだった。俺は魔力がどんなものかが分からないから、遮断することができない。つまり、今この状況で「安全策」を取るならば、こいつを今すぐに殺さなければならない。


 ……だが俺の警戒は、彼女が「抱き着いてきたこと」により、完全に無くなる。眠くて思考力も鈍っている今、「安全策」がすぐに思いつかなかったせいもある。



 かくして、彼女の能力か自分自身の睡魔か、どちらか分からないまま、俺は意識を手放してしまった。



 ☆



 無事に、三セット終えることができた。一セット目にビルギットに起こされた時は生きた心地がしなかったが、どうやら本当に「白髪の子」は危険ではないらしい。俺の隣でぐっすり眠っている彼女を見ていると、昨日の惨劇が嘘だったかのようにも感じられてしまう。



「マダ、ネツガアリマス。カツドウヲトメルコトハイタシマセンガ、アマリムリヲナサラヌヨウ……」


「分かっている」



 セットの間、つまり二回、三人の様子を見たが、特に異変は無かった。死んだように眠っているが、死んではいない。

 白髪の子が俺の近くにずっといたため、風邪をうつしていないか心配になってくる。



「こいつに風邪をうつしていないといいが……」


「バカハカゼヲヒカナイノデ、ダイジョウブカト」


「馬鹿かどうか分かったのか?」


「カンデス」


「また勘かよ」



 そして、俺は最後にもう一度三人の様子を見ることにした。



 ――――寝室のドアを開けてると、そこにはルベルの姿があった。

 ミヤビを、膝立ちのままぼーっと眺めている。



「起きたのか……!?」


「え、あぁ、えと、その……うん」



 ルベルはこちらに気が付くと、すぐに顔をその手で覆った。



「大丈夫か!? 体に何か異変は!?」



 ルベルが避けるのをお構いなしに、俺は彼女の肩を掴み、問いかけた。あまりにデリカシーのない行動だったが、今はそんなことどうでもよかった。



「……な、なんともないよ? 何があったの?」


「……敵は倒した。ミヤビも生きている。そして君は――――死にかけた」


「え……っと、良く分からないけど、アタシは元気だよ」


「どこまで覚えている?」


「え? モトユキ君たちを、呼びに行って……そこまで、かな」


「……記憶障害とか、そういうのは無さそう、か?」


「……? ねぇ、死にかけたって、どんな風に?」


「首の骨を折られたらしい」


「……は?」



 ルベルは自分の首をさすり、確かめる。その間も、顔を隠すことをやめなかったが。



「……君の友達を、全ては守り切ることができなかった。ごめん」


「……しょうがないよ。むしろ、アタシたちが生きてる方が奇跡じゃん」


「……」


「……ねぇ、仮面はどこ?」


「……僕は君の素顔を見た。ここまで運んだのも、着替えさせたのも、僕だ。僕に隠しても、意味はないと思うよ」


「……で、でも」


「そろそろ、外すべきだ」


「……」



 彼女は俺の言葉に応えることは無かった。

 ディアとミヤビに変わりないことを確認し、そのまま部屋を出る。「食事を用意するから、気が済んだら出てきてくれ」と言って。



「モトユキサン。リョウリデスカ?」


「あぁ。簡単な物しか作れないがな」



 人の家のモノを漁るのは気が引けたが、かといって何もしないと、ルベルも俺も、もしかしたら白髪の子も体力の限界が来るだろう。



「チョウショクノメニューガ、イクツカインプットサレテアリマス。オテツダイシマショウカ?」


「……便利だな、お前」


「オホメイタダキコウエイデス」


「手伝ってくれ」


「ワカリマシタ」



 ビルギットの指示通りに、「農夫の朝食」というものを作った。小さく角切りにしたソーセージと予め茹でたジャガイモをスライスしたもの、タマネギ、ニラ、ネギをこんがりと炒めて、最後に溶き卵で閉じたもの。サラダも一緒に盛り付けた。

 ドイツ料理の一種で、ホルガーが好んでいたらしい。



「モトユキサン、リョウリオジョウズデスネ」


「レシピさえあれば、誰でも作れるだろ」


「……ホルガーサンハ、ツクレマセンデシタ。ナイフノアツカイガ、トニカクヘタデ」


「……そういえば、ホルガーが『死んだ』ことは理解したのか?」


「ワタシガ、ソレヲリカイシテイナカッタコトヲ、ワカッテイタンデスカ?」


「まぁな。前に会ったときとは、全然雰囲気が違う」


「イマハ、クビダケデスモンネ」


「話し方だ」


「ジョウダンノ、ツモリダッタンデスガ」


「……人の死を交えながら、冗談はあまり言わない方がいい」


「ウッ……スミマセン。デモ、ホルガーサンハ、ワラッテクレルトオモイマス」


「……勘か?」


「カンデス」


「……ふっ」



 用意したのは三人分。ルベルと白髪の子と俺だ。

 そういや、ずっと白髪の子の名前、聞いてなかったな……。



「ビルギット。あの白髪の子の名前って、何か分かるか?」


「データガアリマセン」

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