15-1 「意識神の友達」
白髪の子の名は、「ルルンタース」というらしい。長いので今後はルルと呼ぶことにする。
ルベルが話してくれた。ミヤビがダンジョンで見つけてきた女の子で、それ以外は何も分からない。
声が発せないわけではないらしい。飯を食べている間、「音」としての声は聞いた。話すことができないのではなく、話そうとしていないようにも感じる。俺の言葉を理解している節もあるから、そもそも言葉と言う概念が存在しないという訳ではないようだ。となると言葉を話したくない理由があるわけだが……俺を「意識の世界」へと飛ばしたのと同じように、これもまた推理が無限回路へ入っていく。
食事に関するマナーは知らないらしい。くちゃくちゃ音を立てながら、食べ物に対して熱烈にかぶりつく。ディアの方がまだ、フォークやスプーンを使っているだけマシだ。
ルベルは、やはり一人で朝食を食べた。仮面を外す気はさらさらないらしい。
ルルは朝食を食べ終えると、何かを思い出したように立ち上がった。「どうした」と俺が問いかけるのを無視して、そのまま外へ出る。靴も履かずに。
ぺたぺたと裸足で彼女が向かったのは、ギルドだった。そこでは冒険者たちが未だ作業を続けていて、血の臭いと何かが焦げた臭いが漂っていた。死体を見てショックを受けるかと思いきや、彼女は至って無表情だった。
「お、お嬢ちゃん。これはあんまり見ない方が……」
「……いえ、大丈夫です。好きにさせてあげてください」
「も、モトユキさん! ……昨日はどうも、ありがとうございました」
「……」
冒険者の一人がルルに気づいてくれたが、俺は彼女の行動を観察してみることにした。もしかしたら何らかのヒントを得られるかもしれないから。冒険者たちの注目が俺たちに集まる。俺の存在を知っているのはほぼ全員だが、ルルを知らないという人たちは多い。雪の妖精のような彼女に向けられるのは、好奇の視線。
俺は念力で日傘を差す。彼女は死体に少しだけ目を向けながら、どんどん進んでいく。血や骨に怖がることは無かった。
「……!」
ルルが辿り着き、一瞬だけ目を見開いたのは「レン」の死体の前だった。顔色がすっかり悪くなって、最早人間とも言えないような姿になった彼が、そそりたつ槍に括り付けられている。その粗末な晒台は、町の端っこの、目立たないところにぽつんと置いてあった。レンの仲間たちも、近くに拘束されている。
……するとルルは、レンの仲間たちの頭に手をかざした。赤色の光が彼女らに流れ込んだかと思えば、途端に目を覚ました。ゆっくりと辺りを見回し、そして見つめ合い、何があったのかを悟って、その表情は一気に絶望に曇った。
「……何をしたんだ? ルル」
やはり彼女が何かを答えることは無かった。
冒険者たちの拘束は堅く、尚且つ体力を消耗しているレンの仲間たちは、ここから逃げることはできないだろう。それを分かっているのか、物理的な抵抗することは無かった。
「――――あ、あの……! わ、私たちはどうなって、しまうんですか?」
赤髪の女が話しかけてきた。
「……さあ? 僕にはわかりません」
「私たちは……そのっ、
「……」
口々に弁明するが、俺が今、何かを言ってやることはできなかった。ルルは、そんな彼女らを放って、俺の服を引っ張って注目させたかと思えば、ちょんちょんとレンを指さした。何かを言いたげに。
「どうした?」
『――――こんどはちゃんとやる』
不意に、頭の中に声が響いた。あのときの、『神』と同じ感覚で、音としての特徴が分かりづらい声。ルルが話しかけてきたのは分かったが、「ちゃんとやる」って何をだ?
……そう思ったとき、もう一度、キスをされた。
☆
目を覚ましたのは、暗い空間。
しくじったかと思ったが、今度は謎の安心感があった。決して、ルルが言った言葉のお陰ではないが、もしかしたらこれも彼女の能力の一つなのかもしれない。昨日より、冷静な思考ができるようになっている。
そして、ここは例によって「意識の世界」ではあったが、「俺の」ではないようだ。
俺のイメージにない光景が、勝手に映し出されていくから……。
割れたガラス片が、周囲に浮き始めた。重力がその部屋には無かったが、上下の感覚がはっきりとわかる。足元に広がるのは無限の闇だが、足はしっかり「床」をとらえていた。
空気は無く、鼓動は無く、温度と言う概念は無い。……何もかも、少しずつ違う空間。
「レンの、意識の世界……?」
半ば勘で、そう考えた。だが、それにしては違和感がある。「綺麗すぎる」。ダラムクスの住民を惨殺するような、壊れた人間なのだから、もっと支離滅裂かと思っていたのだが……やけに幻想的な空間だった。まぁ、俺の勝手な感想に過ぎないのだけれど。
ガラス片は大小さまざまで、ランダムな色と強さで光を放っている。そしてその中には、「誰か」がいるようだった。
……俺はふと、近くにあったガラス片を手に取ってみた。黄色の光を放っている。
――――中にいたのは、子供の頃のレンと思われる人物と、その他の少年たち。
公園と思われる人工芝の上でサッカーボールを蹴っていて、その少年の中でもレンはかなり活発な方だった。将来のあいつを見なければ、いたって普通の子だ。
『……私の名はウォルンタース。意識の概念を司る存在だ』
俺の目の前に現れ、そして空中で座禅を組むのは、「レン」だった。その声は、その姿通り、レンの声をしている。青年の声。俺自身は彼の声を聞いたことが無かったから、俺の想像上のものかもしれないが。
だが、全然違う何かを感じる。
「
レンに力を与えた存在……それが何故ここにいる?
意識の世界の中で、俺自身は「ウォルンタース」という言葉は知らないから、こいつは本物だと考えて良いだろう。だとするなら、こいつの目的は一体……?
『ようこそ、人の子よ。そしてレンの被害者よ。……レンの行動、深く詫びようぞ』
……謝った?
なんだ、これ? やっぱり俺自身がそう望んだから、勝手に具現化されてるだけなのか?
違う。
俺がレンに本当に望むのは、「拷問刑」。謝罪なんかじゃない。俺はそんなに優しい人間じゃない。
『それは不可能な願いだ。レンはもう、死んでいるのだから』
……考えを見透かしやがった。
『それに、私が彼の姿をしているのは、私自身が元の姿を忘れてしまったからだ……いや、人間たちが忘れたと言った方がいい』
「ここはどこだ? お前は誰だ? 俺に何をさせたい?」
『ここは、私の記憶の中。私の世界。レンの記憶も、一緒にある場所』
「……」
『私は意識神ウォルンタースと呼ばれている存在。意識を司る程度の神。それ以上でもそれ以下でもない。私がどう生まれ、どこに存在しているのかを知りたいようだが、それは私にも答えられない。たとえ英知の神であったとしても、無理な質問だろう』
「……物理的に存在している、といって良いのか?」
『分からない。ただ、元の体はあった。殺されたが』
「……」
『お前をここに呼んだのは、ルルンタースと呼ばれている少女。彼女は……私だ』
「……は?」
『正確にいえば、違う意識を持った、同一の存在……ルルンタースは私であるが、私ではない。同様に、私はルルンタースであるが、ルルンタースではない』
「どっちだよ?」
『どっちでもない』
「……」
『そう怒らないでくれ。……して、ここに呼んだのは、君に知ってもらうためだ。レンと言う人物を』
「なぜ俺にその必要がある?」
『……』
神のくせに、分からないことがあるのか。
神のくせに、人格があるのか。
『――――私の、友だからだ』
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