14-2

 白髪の子とディアにある程度の処置を施した後、俺は再びギルドに戻ってきていた。そこでは、人々の嘆く声が響いていた。すすり泣く者、声を上げて泣く者、怒りで叫ぶ者……。

 何よりも辛いのが、変わり果てた仲間と対面する事なのだろう。他人の死体を見るだけで辛いのに。



「アビーさん、進捗は?」


「数が、多いから、二日は、かかるわ。でも、病気のことは、心配しないで。何とか、できる、から……でも」


「でも?」


「……『紅い月』、多分今夜、よ」


「……」



 俺は気が付いた。

 周囲の注目が俺に集まっていることを。「紅い月」、まだ起こっていなかったものが、ここで猛威を振るう。冒険者の数が少なくなったせいで、彼らの力だけではここを守ることができない。

 「お願いします」「モトユキ様」「どうかお助けください」……人々が口々にそう言い始める。



「――――分かりました」



 気持ち悪かった。正義のヒーローのように振る舞っている自分が。



「アビーさん。結界を張れるだけの人員はそろっていますか?」


「……魔素だけ、なら、ガード、できる、けど……物理的な攻撃を、受けてしまえば、砕けて、しまう程度の、もの、しか」


「構いません。魔物は私がすべて潰します。魔素だけは私にもどうにもならないので、よろしくお願いします」



 人々の顔に僅かな希望が宿った。「ありがとうございます」と言ってくれているが、その言葉に喜びはほんの少ししか含まれていない。



 ☆



 時は過ぎ、人々の活力がどこかなくなってきた頃、アビーの予想通り「紅い月」が昇った。

 まだ誰が死んだのか詳しくは判明していないが、過半数が死んだそうだ。そのほとんどが、学校に通っていた子供たちだった。初めのうちから攻撃されていたことが、大きな原因らしい。悪趣味な糞野郎だ。


 それから、敵の仲間たちは未だ拘束されている。目を覚まさないからだ。彼らが起きたら、「裁判」を始める。アビーの予想では、十中八九「魔女裁判」なるらしい。操られていたとはいえ、それで納得できるようなものではない。

 ……俺は、どう判断すればいいんだろう。



 俺は今、魔物を潰している。前回の紅い月の時に、ディアと一緒に観察した場所から。意外と簡単だ。結界をさらに覆うように力の膜を張って、そこに触れたやつを潰せばいいから。

 体調が優れない。睡眠不足とずっと冷えたままの体だったから、恐らく風邪を引いた。力のコントロールに支障が無いように集中しなければならないのに。これを一晩中だと思うと、気が滅入る。


 町のいたるところから、黒煙が昇っている。一人一人燃やしていって骨を回収するつもりだから、いくつも炎が灯っている。あの時見た、生きていた物が焼かれる煙。


 俺はあの時自分に接触してきた「神」について、考えようとした。だが、その前に「ビルギット」をほったらかしにしていることを思い出した。戦ってくれたのに、忘れるなんてひどい奴だ。

 ビルギットの残骸を自分の手元へ持ってくる。首と胴が切り離されている。両足と左腕は粉々にされたようで、良く分からなかった。細かいパーツ集めは、今はできない。

 むごい。ただの機械だと分かっているのに。



「――――モトユキサン」


「うわあああああっ!!!???」



 喋ったあ!?



「ミンナヲ、タスケテクレテ、アリガトウゴザイマシタ」


「……!?」



 あの時の声とは違って、どこか雑な合成音声だった。しかも口が動いていないから、頭の中から声が響いている。まだギリギリ動いているようだ。



「ど、どういう仕組みなんだ?」


「ワタシノドウリョクゲンデアル、ムゲンマセキハ、アタマ、シンゾウ、コシ、ニトウサイサレテイマス。ショウエネノタメノ、クフウデスガ、コレガ、コウヲソウシマシタ」


「……ともかく、壊れてはいないんだな?」


「ハイ。ノドト、ソノタモロモロガ、コワレテシマッタノデ、イマハコンナハナシカタシカ、デキマセンガ」


「……うへぇ」



 生首が喋っているのとほとんど同じだ……。



「デ、モトユキサン……」


「……な、何?」


「――――ワタシトイッショニ、『ツミ』ヲセオッテクレマセンカ?」



 罪?

 ……なんだか、前の合成音声よりも汚いのに、深い人間味を感じる。まるで本当の人間と話しているかのような感覚だ。



「何が言いたい?」


「『ヴァン』トヨバレルジンブツヲ、コロシテホシイノデス」


「……?」


「カノジョラハ、ホトンドガ、レンニヨッテアヤツラレテイマシタ。シカシ、『ヴァン』ダケハ、カノジョジシンノイシデ、コウドウシテイマシタ。レンガシンダトハイエ、カノジョハマタ、コロシヲクリカエスカモシレマセン」


「それは、君の計算に基づく結果なのか」


「リョウホウ。ケイサント、カンノ、リョウホウデス」


「……勘」



 ロボットらしくない話し方だと思った。理由と根拠を、文字通り機械的に述べる話し方ではない。人間の特徴である「感情論」を、彼女が言っている。



「分かった……殺ろう」


「アリガトウゴザイマス。デスガ、イマハ、シナクテモ、イイデス。ミンナノイケンヲキイタウエデ、フタタビケントウシマス。ミンナガ、コロスナトイウナラ、ヤメテアゲテクダサイ」


「……おそらくそれは無いと思うがな」


「……イチオウ」



 表情が無く、瞼を開いたまま俺をじっと見つめてくる。あの白髪の子とはまた違った感覚だ。正直ちょっと怖いくらい。……でも、ホルガーの夢はもしかしたら、叶ったのかもしれない。



「ア、ソレト」


「何?」


「ネツガ、アリマスネ。ハヤクオヤスミニナッテクダサイ」


「今はそういうわけにはいかないんだよ」


「……イマノハ、ワタシノプログラムノコエデス。チャントワカッテイマスガ、コレガギムナノデ」


「心配してくれてありがと」


「ヒマデスネ。ナニカ、ウタイマショウカ?」


「……遠慮する」


「デハ、シリトリ、トカ」


「……いいって」


「ハヤクチコトバ、トカ」


「なんなんだよ!?」


「ヒマツブシプログラムデス。コレガギムナノデ」


「要らんプログラムを組み込んでんだなぁ、ホルガー」


「……イマ、チョットダケ、ワライマシタネ?」


「……ま、少しは気が楽になったかもしれない。だけど、俺が楽しそうにするわけにはいかないんだよ」


「ナゼデス?」


「皆、悲しんでるじゃないか」


「スクナカラズ、イキテイルコトヲ、ヨロコンデイルヒトモイマス」


「……さぁ、どうだかな。家族が殺されて『生きていてよかった』なんて言える奴がいるか?」


「――――ワタシガ、ソノヒトリデス」


「……」



 その後も、ビルギットはくだらない会話を続けた。しりとりを試しにやってみたが、工学用語を使ってきて、少しずるいとも感じた。

 ……気が付けば、赤い月が終わっていた。

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