9-1 「ハジマリ」

 二日後。「風」の日。

 特に何でもないこの日は、いつも通りの風景が流れる。子供たちは学校へ。大人たちは狭いダラムクスで食料や武器を丹精込めてつくる。

 こんな、に、俺とディアは旅立つことにした。特に目立った印象は残さなかった。紅い月やらダンジョン調査やらでダラムクス自体は忙しく、たとえ珍しいよそ者であっても、そこまで気にされることは無かった。ミヤビの行動も大きかったかもしれない。


 目指すのは「マイアミル」。この大陸南部にある王国跡地。ディアがいたころの文献を探すつもりだ。ディアが「ゆっくり行きたい」と言ったから……まだ、魔導士エミーの所へは向かわず、しかも歩きで進むつもり。結構な長旅になるだろう。


 ある程度の服と、食料は、ミヤビが前に買ってくれていた。……有難い。



「ほんとに、ほんとに行く、のね?」



 アビーが聞いてきた。

 彼女は、俺とディアの正体をすべてではないが知っている人物。それでもなお心配事があるようだった。前の、ローレルやイングリッドに似ているかもしれない。「力を持った子供」と思われているのだろう。



「はい。今までありがとうございました。ミヤビさんに、そしてルベルちゃんに、よろしくお願いします」


「……分かった、わ」



 アビーはどことなく不安げな顔をする。

 すると、ディアが自身のペンダントを見せながら言った。



「これ、ありがとうな」


「……どういたし、まして」



 こいつ、ちゃんとお礼が言えるんだな。


 さぁ、行こう。

 まだまだ旅路は長い。



 ――――そう思った時だった。



「……まって!!」



 アビーが珍しく声を上げる。その理由を、俺らは一瞬にして理解する。

 赤いドラゴンだった。でも、そこまで大きくはない。ただ、戦えない人間だったら、成すすべもなく食われてしまいそうな感じだ。それが、六匹ほどいる。



「ん、またあいつらか」


「知ってるのか、ディア?」


「うん。子供と遊んでた時に、現れたドラゴンだ。森に火をつけたのもあいつだ」


「……そのときって、ディアが殺した?」


「そうだが……やっちゃダメだったか?」


「いや、別に」



 確かあの時、俺は念力探知を使ってディアたちの他に「鳥の死骸」を見つけた。適当に感知したから勘違いしてしまったが、あれはディアが殺したドラゴンだったな。なんて名前だったっけ?



「……あなたたちなら、待つ必要もない、わね」


「あのドラゴンって、どんな名前でしたっけ?」


「レッドモルスドラゴン。別名、厄災龍とも、よばれている、わ。紅い月が近づくと、大気中の魔力濃度が、乱れていくのだけれど、あのドラゴンは、それが苦手、なの。だからこうして、人間たちが、たくさん魔力を使っている、薄いところに、避難してくる」


「……紅い月って、ついこの間あったばかりですよね? そんなにスパンが短いんですか?」


「いえ……年に四、五回ってところ、かしら。ともかく、今回はイレギュラー、ね……マズいことに、なった、わ。今回のダンジョン調査は、紅い月が来ないとしたうえで、戦力を配分した、から……もし『本番』が来れば、守り切れないかもしれない、わ」


「……」



 ……だとするなら、俺らはまだ残っておいた方が良いだろうか。ミヤビの恩返しにもなるだろうし。

 そうしていると、彼らが森に炎を吹いた。だが、それは森に触れる前にどこからか現れた「水」によって押し返される。さらに、それが刃の形に変形し、ドラゴンに切れ込みを入れた。



「あの下に誰かいるのか? 人間にしては結構強い方の部類だぞ」



 ディアが言う。



「あの方向は……新しいダンジョンがある……なら、恐らく、帰ってきた、のかしら? それにしては、早すぎる、と思うのだけど」



 それから、俺たちが手出しをしなくてもドラゴンは討伐されていった。ダラムクスに残っていた冒険者が駆けつけるころにはすでに終わっていた。

 今回はドラゴンの数が多かったらしい。いつもなら一、二匹のはずが、結果的に十匹討伐された。アビーの見解では、「魔力濃度の乱れ」が大きく、また、ダラムクス以外の「避難所」が少なかったから、レッドモルスドラゴンがたくさん集まってしまったようだ。「紅い月」本番への影響は分からないらしい。もしかしたら強くなるかもしれないし、弱くなるかもしれない。


 やはり、あの場で討伐していたのは、新ダンジョンを調査しに行ったメンバーだった。そこにミヤビはいなかったが。どうやら、隊を途中で小さくしたらしい。今回の目的はあくまでも「調査」であり、より深く進むことだったから、「少数精鋭」の方が動きやすいと判断したのだろう。ここに戻ってきているメンバーはほとんどが銀級だし。


 これは、「吉」なのだろうか。


 俺らが残って「紅い月」の手伝いをしなくても、ダラムクスは大丈夫そうだ。このまま出発しても事は丸く収まるだろう。

 ルベルにお別れの言葉は言ってある。何も返してはくれなかったが。


 すでに、冒険者たちは諸々の準備を始めている。



 ☆



「……」


「……」



 歩く俺たちの間には、沈黙があった。特に話すことがないから。

 西海岸沿いといいつつ、俺らが歩いてるのは砂浜ではなく「崖の上」。ビルキットの家が近くにあるところになる。寄るつもりはない。


 ディアが、「ゆっくり行きたい」と言った理由ってなんだろう。

 確かこいつは、「世界を見てみたい」と言ったな。じゃ、なんで「世界を見てみたい」と思ったんだろう。……ただ、なんとなく? ディアならありえないことはなさそうだ。こいつは「なんとなく」で、ぼうっとしている奴で、何を考えているかが良く分からない。

 でも、人間に対してはかなり驕っている。事実そうだから、別に文句は無いのだけれど。


 ……人間を蟻として見ているディアにも、人並みの感情はある。表現するのは少し苦手のようだが。



「なぁ、モトユキ」



 ディアが沈黙を破った。沈黙に耐えられなかった、というより、ふと思いついたから言ったのだろう。



「どうした?」


「なんで、吾輩の我儘を聞いてくれるんだ?」


「……」


「モトユキには、こうして吾輩と歩いている意味なんてないだろ? その、えと、帰りたいだけだったら、モトユキ一人で、飛び回って調べればいい気もするんだ」


「そうしてほしいのか?」


「……違う、けど。えと、なんていうか……」


「……強いて言うなら、ディアに興味を持ったから」


「……?」


「ディアがどこで生まれたのか、どうやって育ったのか、聞いても教えてくれなかっただろ? それがどうしても気になるんだ」


「……い、いつか話すから、今は……」


「分かってる。だから、今はディアの我儘を聞くことにしている。それに、『トモダチ』なんだろ? 一緒に行動することの何がおかしいんだ?」


「……あぁ、そうだな」



 ディアらしくない話し方だった。いつもならこいつは必要なことだけを言うから、どもることは無く、どこか業務的な話し方になる。今の言葉はどもっている上に目的がはっきりしない。なぜわざわざこいつは俺に聞いてきたんだ? 「我儘につきあっていること」を。

 離れたいことを遠回しに伝えている? 嫌われてるのか、俺?


 ……だとしたら、ちょっと泣きそうだ。

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