8.5 「臆病者」
ミヤビが出かけて行ったあと、俺とディアは部屋の片付けをしていた。破れてしまったカーテンを縫うことはできないけど、割れた皿や散らかった本を片付けることくらいならできる。念力を使いながらやっているが、正直効率はあんまり変わらない気がする。強いて言うなら、割れた皿を片付けるのが安全になったくらい。
ルベルはまた、どこかへ足早に出かけてしまった。結局俺には何もできなかった……というより、これは完全な言い訳に過ぎない。正直なことを言ってしまうと、「面倒」なんだ。他人のいざこざには巻き込まれたくないという思いが強い。たとえそれが、恩人であったとしても。
だから言い訳を考えてしまうんだろうな。俺には何もできないって。もし何かを言ったところで、彼女がただ傷つくだけだったらどうしようって。
「……っておい、ディア? どうしたんだ?」
ディアが珍しく、本を読んでいる。覗き込んでみると、それはどうやら絵本のようだった。これがミヤビの言っていた「絵本」なのだろうか。
「読めん」
「そのペンダントには、文字を読む能力はないからな。ってかなんで、読めないのに眺めてるんだ?」
「……昔は好きだったからな」
「……え?」
「……何でもない」
そう言って彼女は本を閉じた。その表紙には、「ゆうしゃとドラゴン」と書いてある。日本でいうところの「桃太郎」のような位置づけなのだろう。勇者がドラゴンを倒す話。そうなれば、ディアにとってこの本は、同属が殺されることが美化されて描かれているものになってしまうのだろうか。
……昔は好きだった? 本を、読んでいたのか? 確か、ミヤビが測ったディアのステータスは、知力が150だったはずだ。一般人の平均が30だったから、「ディアは他より多くを知っている」ということになる。確かに俺よりはたくさん物事を知っている。ただ、「応急処置」という言葉は知らなかったし、ナイフとフォークの持ち方も知らない。いくら何でも知識が偏りすぎではないか? 封印される前に読んだものが、人間がたまたま落とした「魔導書」だったとか……。
ディアの過去を聞き出すのも、この先の目的だな。
しばらくして、アビーが訪ねてきた。ディアの「言葉が話せるようになるペンダント」を作ってくれた人だ。まどろっこしい話し方と、きわどい格好が特徴の。ミヤビが家を空けるから、その間のルベルの世話を頼まれていると聞いている。
そのころにはほとんど片付けが終わっていて、元通りの綺麗な部屋に、破れたカーテンだけが居心地悪そうに掛かっていた。
ドアを開ければ、相変わらずの姿のアビーがいた。男物の作業ズボンに、指ぬきグローブ、白と黒の工業用エプロンの下は黒いブラのみ。その露出の多い服装に、黒髪ロング巨乳という要素が合わさったなら、壇〇にも匹敵する色気がある。
「あ、どうも。こんにちは。えっとその……」
「ミヤビから、聞いて、いるわ。ルベルの他に、あなたと、もう一人、居るんでしょ? あのペンダント、気に入って、くれた?」
俺たちがここに居候していることをなんて説明しようか焦ったが、どうやらミヤビがうまくやってくれていたようだった。
リビングに案内して、茶を出そうかどうか迷ったが(俺は居候の身だから、人の家の食料を漁るのはなんだかしのびなかった)、本人の口から「いらない」と優しく言ってくれた。かくして、アビーと対面する形で座っている。いかんせん気まずい。
「その、ペンダントありがとうございました。綺麗なフェーリフラワーだったので、とても驚きです」
「あら、うれしい、わ」
「……これお前が作ったのか!?」
「言葉遣いを考えろ、ディア」
「うふふ、ディア、っていうの、ね。大人の人には、敬語、よ?」
「けーごってなんだ? モトユキ」
「『敬』う『言』葉だ。丁寧な感じで話せばそれっぽくなるから」
「えっと、これお前が作ったのか、です?」
「すみません、こいつ、ドが付くほどの箱入りなんです」
「うふふ、元気、ね。ま、別に、それでも構わない、わ。今日からしばらくは、私の事、ミヤビのように、思って、ちょうだい、ね」
ディアの中では、「です」をつければ丁寧な言葉になるようだ。
敬語を強要された俺にとって、アビーはなかなか話しづらい人物だ。敬語で話すことは別に苦ではないが、今は兼保護者という立場に彼女がいるから、距離感が難しい。彼女は、例の如く眠そうな顔をしている。何を考えているのかわからないから、正直近寄りたくないタイプの人間。根は良い人なんだろうけど。
「そういえば、ルベル、は?」
「どこかに出かけました……」
「そう……。なんか、最近、良くない噂を、聞いてる、わ」
「えぇまぁ。でも、あの子はちょうど思春期ですし、色々なことに悩むのは避けられないことだと思います。時に、友達を傷つけてしまうことも……(僕はありましたって言おうとした、あぶねぇ)あるのではないでしょうか」
「あの、カーテンは、ルベルが?」
「そうですね」
「ふぅん……」
そういうとアビーは、その破れたカーテンをじっと眺めた。すると、焦げ茶色だった瞳が輝き初め、空色の紋章が現れる。多分、「魔力」自体はそこまで大きくないけど、なんだか不思議な空気になった。
「なにを、したんですか?」
「風魔法をつかって、荒らされたよう、ね。でも、『何か』に当たって、しまわないように、意図的に避けて、いる……」
「……?」
「あれに、掛かっていた物……ミヤビの上着、かしら?」
アビーが指さしたのはポールハンガーだった。確かに、あれは傷一つついていなくて、しかもミヤビの青い上着が掛かっていた。
「ルベルは、ミヤビのことを、嫌いに、なった、わけではない、みたい、ね」
「……特殊魔力か」
ディアが言う。
「特殊魔力」……ってなんだ?
「へぇ、知ってるの、ね」
「……?」
「モトユキ、あいつだ。赤いツンツン頭の、ギルバード。あいつも、『太陽』の魔力を持っていた」
「……??」
「あら、モトユキくん、は知らないの、ね。いいわ、教えて、あげる。魔法には、
カタカナがいっぱい出てきた……。
そういえば、ギルバードも「
「アタシは、一族の、おちこぼれ、でね。アンラサルって、ところから、こうしてダラムクスへ、逃げてきたの。本当は、この能力を使って、いろんな魔物を倒す、冒険者みたいな、仕事を、するはず、だったんだけど……戦うのは、苦手だったの、よ」
「それって、遺伝するんですか?」
「えぇ、そうね。アタシの、一族は、皆、持ってた」
魔力ってほんと不思議なもんなんだな。今更ながら、魔法が使えないのがちょっと悔しくなってきた。
「……そういえば、その『ギルバード』って、人は、確か、『太陽』だったわよ、ね?」
「ああ。確かにアレは太陽のやつだった、です」
ディアがそう答えると、アビーは深く考え込んだ。
「……『太陽』は、確か、先の『紅い満月』で、全滅したはず、なのに」
「なら、突然変異か」
「ありうる、わ」
……話についていけない。
また出てきたな、「紅い満月」。世界を滅ぼすレベルの厄災の名は、やはり伊達ではないのか。周辺の村々も、あとかともなく消し去るくらいのモノ……恐ろしい。
祝福と特殊魔力ってどう違うんだろ?
「……ま、この話は、どうでもいい、わ。それより、あなたたちに、確認しなきゃ、いけないことが、ある、の」
「え? なんですか?」
「ミヤビから、近いうちに旅に出る、ってきいてる、わ。……その、言葉悪いけど、正気?」
……なるほど。あいつはそんなことまで説明してくれていたのか。
そりゃ、正気じゃないよな。いつ「紅い月」が起こるかもわからない、町が近くにあるかもわからない、そんな状態で、たった子供二人だけで旅に出るなんて言うのだから。ゲームの世界とはわけが違う。わざわざレベルの低い敵から現れてくれるわけでもない。
「大丈夫です。その、僕、結構強いですから」
「……確かに、それは、そうかも、しれない、けど」
アビーには一度俺の能力を見せている。地上で出会う敵くらい捻りつぶせることができると、知っているはずだ。
「……あなたたちは、『幻魔』、じゃないわよ、ね?」
「……幻魔?」
「あ、いや、知らないなら、いいの。ごめん、ね」
アビーが漏らしたその言葉。妙な引っ掛かりを覚えた。
「幻魔」……確か、ディアも同じようなことを言っていたはずだ。「幻魔教」だったか。魔物を崇拝し、人間を食わせる、最低最悪の宗教。彼女がアルトナダンジョンで言ってたから、二千年前からその言葉が存在していたことになる。
――――何故、俺たちが疑われた?
ディアも同様に考え込んでいる。きっと同じことのはず。
アビーは一体、何を知っているんだろうか。
「その、ともかく、旅に出るのは、アタシは、反対。でも、あなたたちが、どうしてもって、いうなら、止めない、わ……」
「……どうも」
どうしても行かないといけないという理由はない。
ただ俺は「逃げたい」だけなんだろう。ミヤビとルベルの、親子喧嘩から。
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