8-3

 十階層で調査隊は体を休め、そろそろ出発だという頃。ニックとジョンが見張りから戻ってくると、焚火の橙色の光でも分かるくらい、顔を紅潮させたアーリーンが居た。ミヤビは、寝袋に入らずに地面で爆睡中で、酒が良い感じに入っているのか心地よさそうに眠っている。



「おいおい、寝てなかったのかよ?」



 ニックがそう言うと、アーリーンは驚いたように顔を上げた。



「!?……あ、えっと、その……」



 彼女が明らかに動揺して、言葉がどもった。



「ま、まさか、酒飲んだのか!?」



 ジョンの問いかけに対して、顔を激しく左右に振る。彼女は、自分の指を絡ませながらぼそぼそとつぶやき始めた。



「えっと、その、一応、寝ました。アネゴより早く起きただけです……あ、あと、お酒も飲んでません」


「……あいつに何か吹き込まれたのか?」


「……!!!???!!」



 ニックの核心を突いた言葉に、アーリーンはさらに紅潮した。林檎の如く。



「ビンゴかよ……」


「純粋な乙女にナニ吹き込んでんだよビッチ」


「その、誤解しないでください! その、えっと、なんというか、その、に、肉体的な絡みは、ありませんでしたから……」



 そのあと「危なかったですけど」と小声でつづけた。その言葉に二人は呆れかえり、頭を抱える。一体何を吹き込まれたのか問い詰めたいところではあったが、二人ともやめておくことにした。彼女は十七歳で、すでに成人はしていたが(ダラムクスでは十四歳からが成人、酒も飲める)、彼らからしたらまだまだ子供であり、ミヤビほど性にオープンな訳ではない。


 「酒に酔ったこいつミヤビにはかかわらない方がいい」とアーリーンに忠告し、ミヤビを叩き起こして出発の準備を整えるのであった。



 ☆



 二十階層。

 以前のダンジョンでは、この階が形式上の「最下層」であった。此処がそうであるかどうかは、彼らにはまだ判断できていない。

 ここは「広場型」であり、限りなく外に近い環境がある。足元は背の低い草が生い茂り、天井には明るいクリスタルがあって、まるで太陽のように照らしてくれている。だが、魔物は当たり前のように湧くし、見晴らしが良い分、魔物に見つかる可能性も高くなっている。何より、魔物の強さが十階層とは比べ物にならない。


 調査隊は「戦闘回避」の体制を取っていた。だが、一度戦闘に入ってしまい、囲まれ、物音で別の魔物に気づかれて敵が増える……なんてことを繰り返していくうちに、所謂「ジリ貧」の状態へとなっているのであった。



治癒ヒール! 治癒ヒール! 治癒ヒール!!」


「おい! 敵の数が増えてきてるぞ! このままじゃ……!」


「マスター! どうしたらいい!?」


「食らえ! 火の拳イグニス・ヴァーク!!!」


「バカ! 魔力は温存しろッ!!」



 魔法を使わなければ蹴散らすことのできない魔物たち。しかし、それは連発も無駄遣いも許されない。凍てつくような緊張感がその場に走り、段々と彼らの口調も荒くなっていく。



「あー、頭痛いなぁ。ってか、強いなぁ」



 ミヤビはここまでナイフ一本で戦ってきたが、皮膚が硬くて刃が通らなかったり、そもそも新種だから弱点が分からなかったりすることが多くなってきた。その結果、明らかに魔物を殺すスピードが落ちている。稀に足をつかまれ、危うく食われそうになることもあるくらいだった。


 ジョン、ニック、アーリーンも戦っていたが、死ぬのは時間の問題だと確信し始めていた。





 ――――グオオオオオオ!!





 乱戦の最中、轟音にも似た咆哮が響いた。怒号で包まれたその場が一瞬だけ沈黙し、魔物までもが視線を向けた。――――そして、不思議なことに、彼らは震え、怖気づき、一目散に逃げた。


 「あれは人間か?」と、冒険者は思った。なぜなら「それ」は、限りなく人間に近い形をしていたからだ。ゴブリンのようなバランスの悪い骨格ではなく、二本の足でしっかりと地面をとらえ、背筋をまっすぐに伸ばし、こちらへ歩いてくる。足先から頭まで白銀に輝く鎧に身をまとっているが、その鎧はどこか特殊で、彼らの知らない形をしている。


 よく見てみれば、人が入っていないことなど簡単にわかった。歩き方は人間のそれに似ていたが、しかし、「ビルキット」と同じように機械的で不自然な歩き方をしている。そして、武器を持っていると思っていた右手がその武器と癒着していたり、鎧の隙間から異形の肉が見えていたりしていた。



「……やばいね、あれ」



 ぼそりとそう呟いたミヤビの目には、「ステータス」が見えていた。


 筋力 6000

 魔力 4000

 知力 10

 賢力 20



「みんなの力合わせても、その倍以上強い……」



 その数値を伝えなくとも、彼らはもう「奴が危険だ」ということを理解していた。おぞましいまでの魔力量と、他の雑魚魔物が逃げて行ったその風格。恐怖を抱くには十分すぎる情報だった。



「ミヤビ、使えるか?」


「……分かった。やってみる。ただ、少しだけ時間を頂戴」



 まるで熊のように大柄で、白髪の混じった灰色の髪をした男がミヤビに訊いた。彼はブライトン、もとい「ギルドマスター」である。この調査隊のリーダーであり、この場の命の責任を持っている男だ。



「あいつ、頭は悪いみたいだ。囮をたてて、死なないように気を付ければ何とかなると思う」



 彼女の言葉に静かに頷き、そして、その場にいる全員に凄んで言った。





「――――奴を討伐するぞ!!!! ミヤビにトドメを任せる!! ミヤビが準備する間、奴を引きつけろ!!」





 ……さて、どう引きつけるか。

 彼らは一様に奴を観察し始めた。奴の持つ魔力は光(ダラムクスの学校では、光魔力は無属性ニヒルとされているが、光と闇を魔物が持っていることは比較的多いので、魔法を比較的多く使う職の者たちの間では区別されている。ちなみに別名はルーメンクーリ)で、ミヤビがこの中で唯一持つ「闇」が効果的であることは理解できた。(光と闇は相互有利)

 しかし、奴に対して彼らは知見がない。どんな攻撃をしてくるのか、どんな弱点があるのか、そのすべてを今この瞬間から見極めなければならないのだ。圧倒的な力を持っている故、深く考えなくても致命的な攻撃をしてくることの想像は容易。失敗は許されず、もしそうなれば……死ぬだろう。


 かつてない緊張感がそこにある。


 爛々と、奴の持つ剣が光り始めた。光属性特有の、暖かで鋭い空気と、それに隠れた強力な殺気を、彼らは肌で感じる。



「ビリビリするぜ……!」



 ニックは強気にそう言ったが、冷汗が全身から湧き出るのを感じた。



 ――――死。



 次の瞬間、彼の視界いっぱいに白銀の騎士の兜があった。全身を槍に貫かれたような、痛みにも似た恐怖が彼を襲い……いや、そんなことを感じる暇もなく、半ば「死」を理解したのだ。



「銀野郎は下がってろ!」



 金属が金属を打つ音と、炎ともに、奴は吹き飛んだ。火花が消えゆくその間に、ニックは何が起こったのかを理解する。

 火拳の金級冒険者、レオ。彼が、自分を救ってくれたのだと。

 今この場に残る「熱」が、彼の魔力か、それとも彼の拳鍔と鎧がぶつかったときのものか、自分の恐怖によるものか、分からなかったが。



「……ッ、すまない」



 歳もさほど変わらない気がしたが、彼のほうが圧倒的に強かった。そう認識させられた。いつもならその才能に嫉妬して、文句の一つや二つを考えるのだが、今回ばかりはそんなことしてられない。ニックは情けないと思いながらも、他の奴らに戦闘を任せることにした。


 ……気が付けば、足が震えていた。

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