7-3

 果たしてどれくらい時間が経っただろうか。だが、長く感じているだけで、実際は短いような気もする。教師の話は簡潔であり、ただ罵倒をするだけのものではないからだ。

 ルベルが学校でどんなことをしたのかを事細かに並べ立てられ、ミヤビが分かりやすいくらい肩をすぼめている。実際、きつい言葉を投げられたわけではない。淡々と話す彼女から、威圧プレッシャーを感じているのだ。俺は隠れてものを見ているが、空気が確実に重たい。



「ルベルちゃんは思春期であり、とても不安定な時期でもあります。ですが、どんな時であっても、どんな理由があっても、他人を傷つけることは許されていません。こと、『養子』というケースについては、私も数回しか巡り合ったことがなく、手探りで対応することしかできません。力不足で申し訳ありません」


「いえいえそんな……私がルベルに時間を割いてあげられないのも原因でしょうし……」



 ルベルが養子であることを、ミヤビは教えていたようだ(髪色を見れば、二人が血縁者でないことくらい簡単にわかるのだが)。ミヤビはルベルに時間を割いてあげられない。以前彼女が言っていたように、家を空けることが多いのだ。金級冒険者ともなれば、クエストも数日がかりのものが多くなる。今日こそは休みだが。しかし、仮にミヤビが家にいたとしても、ルベルは入浴も食事も一人で行う。ミヤビにさえもあまり心を開いていない状態で、時間を割こうにも割けないのが現実だ。



「あなたが金級冒険者なのは、わたくし自身重々承知であり、ルベルちゃんとの時間が取れないことも分かっているつもりです。しかし、彼女の心の問題は、私自身では解決することができず、お母様のご協力が必須となります。……今まで以上に、ルベルちゃんとの時間を増やしていただけませんか? 彼女の年齢ともなると、その……ことを気にする時期になります。今一度、家族であることを、ルベルちゃんに、そしてミヤビさん自身も、自覚してほしいのです」


「は、はい。精一杯頑張ります」



 ミヤビは戸惑いながらも、はっきりと答えた。

 ……彼女にとってのルベルは、どういう存在なのだろう。確かに形式的には親子なのだが、歳は十歳しか離れておらず(ミヤビは二十三歳、ルベルは十三歳)、一緒に暮らすようになってからの時間は短い。ミヤビもルベルも、二人とも未熟で、親と子という役割を担うには難しいものがある。



「……ルベルちゃん、その仮面を外してくれませんか?」


「……」



 教師がそう言うが、ルベルはじっと俯いたままで、やはり何も言わない。仮面のせいで表情は見えなかった。



「顔の傷が酷くて仮面が外せないことを、私は知っています。以前ミヤビさんから聞きました。ですが、そのまま外せずにいることは、自分を隠し続けるということです。あなたの周りの友達は、『ミヤビさんに憧れている』だけだと呆れていますが、しかしそうやって騙し続けることはもうすぐ難しくなります」


「……」


「私の生徒たちは、あなたを含め、馬鹿ではありません。やがては気付いてしまう時が来ます。ここはダラムクス、小さな港町です。歴史の授業でやったように、もうマイアミル王国はなくなり、周辺の町も消えてなくなってしまいました。ダラムクスを離れることは大人になるまで……いえ、大人になっても、一人では不可能です。もし友達が件の事に気付いてしまったとき、あなたに『それでも生きる』という覚悟がなかったのならば、あなたはもう何もできなくなってしまいます。逃げるという選択肢は無いのです」


「……」



 この言葉は、ルベルにとって特に重いものなのだろう。だが、どうしても勇気がでないようだ。母親であるはずのミヤビにさえも、素顔を見せたくないと思うほど、彼女にとってはそれがコンプレックスで、仮面が「盾」となってくれている。その盾を、離したくない。



「……では、今日はこれで」


「ルベルは――――」



 失礼します、という教師の言葉を遮りミヤビは話す。その言葉はどこか怒っているかのような、棘のある響きをしていたが、もしかしたら俺の思い込みかもしれない。



「――――ルベルはやさしい子です」



 この言葉に、ミヤビはどんな感情を込めたのだろう。



「ええ、私もそう思います。では、今日はこれで失礼します。突然の訪問、改めて、お詫び申し上げます」


「また何かあれば、今度は私から伺います」


「……お願いします」



 教師が帰った後、客間は静寂で包まれていた。今ここで出ていこうか迷ったが、理由もなく俺はまだ隠れることを選んだ。ディアも俺と同じように見守っている。

 奇妙な昼下がりだ。いや、平日ならばいつも、このくらい静かなのだろう。



「ルベル」


「……」


「ルーベル。なんか反応してくれないと、悲しくなるじゃん」


「……」


「確かに友達に悪口を言ったり、暴力をふるおうとしたのは悪いことだよ。でもね、怒られて終わりじゃダメなんだよ。ちゃんと頭下げて謝らないと。大事な友達を、失うことになるんだよ」


「……」


「もう絵本読んであげないよー」


「……」


「……もっきゅん、もう出てきてもいいよ」



 恐る恐る、彼女らの前に出た。重々しい空気が開けられた窓へと抜けていくが、それでもまだ息苦しいくらいだった。



「……」


「……あー、そんなに深刻な顔しないでよ。もしルベルの顔のことがばれても、なるようになるんだから、ね。それに私、ルベルの顔、そんなに悪くないし、むしろ良い方だと思うよ。確かに傷だらけだけど、美人さんなことには変わりないから、全然やっていけると思うの」



 何を話したらいいか分からない。慰めの言葉か、それとも同じような叱責か。



「なぁ、モトユキ。無理やり仮面剥がした方がいいんじゃないか?」


「馬鹿、それじゃ意味がない。ルベルからとらなければ意味がないんだ」


「……吾輩には、ただ、こいつが辛い状況にあるということだけ、分かる。それが何故なのかは知らんし、人間の『トモダチ』というやつも良く分からん。お前の『トモダチ』は、顔が良いか悪いかで人間を判断するような、薄情な奴なのか? 吾輩とモトユキは確か『トモダチ』だったはずだ。吾輩は、モトユキの顔が潰れていたり、削がれてあったりしても、モトユキを嫌って殺しはしない。吾輩にとっての『トモダチ』は、そういう存在だ」



 一瞬だけ、ルベルが反応した。だが、それだけであり、何かを言うことは無かった。

 夕食の時も、やはりいつも通り、彼女は一人だけで食べた。俺らはそれを責めることはしなかった。


 できなかった。

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