7-2

 話を聞いている限り、元の世界でいうところの、ルベルは「親を呼ばれた」という状態のようだ。教師の方が自らやってくるのは今まで見たことがないが、ダラムクスでは普通なのかもしれない。

 ルベルが学校で傍若無人の限りを尽くし、クラスメイトから苦情が多数あり、現在ミヤビが怒られている状況にある。教師が怒鳴り声をあげるわけではないがその冷淡な声で、ミヤビに、母親としての自覚が足りてないのではという話をぶつけ続ける。



「……なんで、あいつが怒られてるんだ?」


「保護者にはそういう責任がある。子供に最低限の、友達を傷つけないっていう教育をしておかなければならない、それが常識だ。俺の元居た世界でもそうだった」



 俺は、両親とどんな話をしていたかよく覚えていない。ただ、俺の「力」で他人を傷つけることがあってはならないと何回も言われた。それだけは覚えている。


 ……あぁ、破ってしまったな。


 教師から怒られることはほとんどなかったな。宿題はちゃんと出したし、授業も真面目に聞いた。友達と喧嘩になったら、善悪はどうであれ、先に謝るようにしていたし。


 養子の子が問題行動を起こすことはそう珍しいことではなかった気がする。確か「試し行動」とか言ったか、ともかく親がどれくらい自分を受け入れてくれるのか、愛情を持っているのかを試すためにわざと怒られるような行動をするらしい。

 ルベルはミヤビを試すためにこんなことを起こした……の、だろうか? 偉そうに推測してみたが、自信がない。だが、彼女は少々我儘な面もあり、年齢にしては少し子供っぽい。恐らく今回の出来事も、深く考えずに行動してしまったことが招いてしまったのではないだろうか。



「ふぅん、なら、吾輩の母親は怒られるどころじゃ済まないのか。なんなら処刑だな」


「……母親?」


「なに、冗談だ。吾輩に親はいない」



 ぼそりと零れたディアの言葉が、妙に引っ掛かるのはなぜだろう。彼女の母親はやはりドラゴンで、それでいて人間に変身できる種なのだろうか。だが、彼女は今「いない」と断言した。

 ……そんなはずはない。ありとあらゆる生命には「親」がいるのだ。虫であれ、獣であれ、人であれ。ドラゴンもまた然り、絶対に。もし、ディアの親がすでに死んでいて「いない」状況であっても、彼女は「いない」とは言わずに、「いた」とか「もういない」とか、そういう過去形になるはずだ。



「いない? 死んだということか?」


「いない。いないのだから、死んでもないぞ」


「どういうことだ? いないはずはない」


「……? 吾輩にはいなかったぞ?」



 だがどうしてか、彼女は親が「いない」と断言した。

 ディアが言葉を話せる時点で、「誰かに育ててもらった」というのは確実なはずだ。彼女は世間知らずだが、しかしその根底にある物事は確実に認識していて、自分の中に確かな概念を持っている。その概念を持つことは「独り」では不可能なのだ。ハリー・ハーロウの実験や、ルネ・スピッツの実験で起きた事のように、人に限らずコミュニケーション能力の高い動物は「親」からのコミュニケーション(所謂「愛」なのかもしれない)を得られなければ壊れてしまうのだ。



「親代わりになる人間は?」


「あぁ、そんな奴ならいたな」



 何故だろう、言葉が詰まる。今から俺が言おうとしていることは、何も変なことではなく、むしろ言わなければいけないことなのだ。そこに善も悪もなく、ただの「情報」として俺は知りたいことがある。もしかしたら「好奇心」で、本来は不要なものなのかもしれないが。ともかく、なんでもないのに、何故か、変に気分が悪くなる。まるで、今から悪いことしてしまうかのような、そんな罪悪感が。



「……ディア、俺に過去を話してくれないか。封印される前の、この世界と、ディアのこと。覚えている限りでいいからさ」


「……」



 言うに言い出せなかったその質問。彼女は、ほんの数秒だけ床に目線を落とし、何かを考えた。

 思い出せないのも無理はない。なぜなら二千年前のことだから。俺はたった二十八年しか生きていないが、そのすべてを鮮明に覚えてはいない。


 だが、次に帰ってきたのは、



「――――すまん、言いたくない」



 否定の言葉だった。

 同時、俺は、なんとなく理解した。何故、俺が今までディアの過去を聞き出せず、表面をなぞり、曖昧な推測を残していくことだけをしてきたのかを。それは、ディアの「話したくない」という気持ちを無意識に読み取っていたからだろう。



「……何故……いや、なんでもない。また改めて聞くことにする。――――ディアが本当に俺を信頼してくれるようになってから」


「信頼してないとは言ってない……ただ、吾輩が言いたくないだけ。思い出したくないんだ」


「……」



 思い出したくない、という言葉は、どこか矛盾しているような気がする。そんな気持ちが湧き上がってくる時点で「思い出している」ではないか、という偏屈な考えが浮かぶ。だが、実際、言葉にしなければ記憶が鮮明に蘇ることはないのかもしれないし、ディアはそれを自分の胸だけにしまっておきたいのかもしれない。それを俺が無理やりこじ開けるのは、間違っていることなのだろう。

 急ぎの話ではない。ディアの過去を知らなくとも、「転生」について調査することもできるし、ある程度推測することもできる。今ここで知れなくても、俺は何も困らない。



 混沌邪神龍ディアケイレス。

 彼女は神なのか? もしそうならば、俺の論はすべて撤回しなければいけなくなる。なぜならすべての常識が通用しないからだ。だが、彼女を邪神龍と呼ぶのはまた人間であり、ディアが本当に「神」かどうかは彼女にしか分からない……いや、彼女にすら分からないかもしれない。

 彼女が世界を壊す前の情報は、あまりにも抽象的で曖昧なものだが、無いわけではない。ホルガーがダンジョンの奥底で見つけた機械を彼女が知っていたし、以前彼女が「機械が動き回っていた」と言っていたから、二千年前には機械文明があり、俺の元居た世界よりもはるかに高度であったと推測した。加えて、ダンジョンも存在していたし、魔法も魔物も転生者も吸血鬼も同様に存在していたと、彼女の発言や行動から読み取ることができる。


 そんな中で彼女はどういう立場だったのだろうか?


 以前ミヤビと一緒に話した神霊種オールドデウスのような存在なのだろうか。神霊種オールドデウス、確か彼らは「概念」が具現化したものだった。ならばディアは「混沌」が具現化した姿……?

 ……果たして神は、食いしん坊なのだろうか?


 駄目だ。オカルトじみたことしか頭に浮かんでこない。

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