5-2

 俺たちは、その「誰か」を確認することなく、いったん家に戻り仮眠をとった。今すぐに確認するほどのものではなかったし、あとでミヤビにでも聞けばいいと思った。

 約四時間半後、空がうっすら明るくなり始めたこの時間に、俺はもう一度外に出てみることにした。ディアは幸せそうな顔をしていたから、放ってきた。


 未だ、冒険者たちは防衛に徹している。しかし、残っている仕事は残党処理ぐらいで、湧いて出てくるのは雑魚。真夜中ほどの活気はない。

 ないほうが良いのだけれども。



「あれ? モトユキ君もアネゴに会いに行くの?」



 明るい声がしたと思ったら、やはりそれはルベルのものだった。俺より頭一つ分大きな身長をしていて、俺が普通の十歳の男子だったなら、お姉さん的存在になっていたのだろう。

 頭をポンポンとたたかれた。


 いつも通り、赤いフード付きのパーカーを着ていた。ミヤビのものと色違い。フードを深くかぶり、顔面を隠すために、あの気味の悪い仮面をつけている。男物の黒色のズボンをはいているが、その足が華奢であるのははっきりわかる。

 子は親に似るものだな。たとえ血がつながっていなくとも。


 ……いや、子に親が似せてあげているのか。

 ルベルが真似をしているだけだと見せかけるために。



「うん……ルベルは早起きだね」


「ま、お疲れ様くらいは言ってあげないとね」


「本当は心配なんでしょ?」


「べ、別に。だって、アネゴは強いから」



 ダラムクスの東。大通りをまっすぐに進めば、冒険者たちがいる。地平線からは、太陽が頭を見せている。空全体が暗い紫から深い青へ変わってゆく。



「アネゴー!」



 ルベルは飛び出していった。視界をその先に移せば、他の冒険者と一緒に地面に座り込んで酒を飲む、ミヤビの姿があった。

 朝っぱらから何してんだ。



「あーやっぱり来たか、ルベル」



 ほんのり赤面したミヤビが、ルベルに顔を向ける。ついでに俺のことも見て、微笑んだ。

 隣にいた冒険者たちは、俺のことが誰なのか分かっていない様子だった。「隠し子?」とミヤビにさりげなく聞いたが、「まさか」といった感じで彼女は返す。



「昨日はどうだった?」



 ルベルがミヤビの隣に座りつつ聞いた。俺も隣の冒険者に軽く挨拶をしつつ、座り込む。「見ない顔だな」と聞かれて少し焦ったが、親と一緒に旅をしてきたと答えておいた。



「そんなに珍しい魔物は出てくれなかったから、まずまずってところ。ま、誰も死んでないし、結果オーライってことで」


「……」


「怪我してないよ」


「し、心配してるわけないじゃん!」


「そう?」

 

「だってアネゴは強いから」


「……ありがと」



 ルベルが照れて言いだせない言葉を、簡単にミヤビは見破る。隣にいる冒険者は、その光景を微笑みながら見ていた。俺もその一人だったかもしれない。



「ところで、もっきゅんはどうしたの?」


「ん? お疲れ様って言いに来ただけだ」


「んふ、ありがと」


「あぁ、それと……昨夜、空で戦っていた奴は誰なんだ?」


「空で戦っていた……? あぁ、?」


「練達な冒険者なんだな。たった一人で海を任されるなんて」


「……あぁ、うん。まぁ、ね?」



 ミヤビの返事がごもっていたから不思議に思った。何か見当はずれのことでも言ってしまったのだろうか。それとも、そのビルギットという人物に問題があるのだろうか。もしかしたらすごく暴君で……。

 そんなことを考えていたら、急にルベルが叫び始めた。



「あんな奴に頼らなくたって町は守れるよ!!」


「……?」


「こら、ルベル。ビルギットはみんなを守ってくれてるんだから」


「だって……っ!」


「なにかあったのか?」



 すると、冒険者たちはこう話し始めた。



「まぁ、確かにちょっと気味が悪いよな」


「もし暴走とかして町を襲ってくるって考えたら……怖ェな」


「いったい何を考えてるんだろ」



 なんだ? ビルギットに対する不信感があるのか?

 そこまで粗暴な人物なのだろうか。暴走してきてしまうことを想像できるくらいってことは……。


 コツ、コツ、と足音が聞こえてきた。

 確かにそれは、普通の足音だった。革のブーツが石でできた地面を叩く、乾いた音。ミヤビが歩いても同じような音が出るだろう。


 しかし、どこかを感じだ。それが何なのか、良く分からなかった。ただ、あのときサングイスの地下室のような冷たさと似ているとも思った。



「――――お疲れ様です、皆様。そして、おはようございます」



 女性の声だった。いや、女性の声と断定してしまうのは違う。正確には、女性によく似た声。俺はそう思った。


 視線を向けると、そこには凛とした一人の女性がいた。エメラルドのような美しい髪の毛が、セミロング整えられている。目もまた髪の毛と同じ色をしていたが、不自然に輝いている気もした。

 そして、メイド服を着ていた。前にディアが着せてもらっていたものとは少しばかりデザインが違うが、確かに召使いの制服であることが理解できる。紺色で丈の長く、生地の厚いワンピースに、純白のエプロン。着こなしに寸分の狂いもない。



「やぁ、おはようビルギット。お疲れさん」


「ありがとうございます」



 だが、俺が最も気になるのは、

 首元の痛々しい傷から見える、黒い金属だ――――。

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