5-3
アンドロイド。
その言葉が浮かんだ瞬間、各々が妙な反応を示していた訳が分かった。
ここまで精巧に作られたアンドロイドは初めて見た。表情の切り替えや、声の強弱、肌の質感、細かい仕草……そのすべてが人間にしか見えないほどにつくりこまれている。
だが、やはり少しだけ違和感を感じる。それは俺の勘違いなのかもしれないが、どうも無機質な感じがする。
「初めまして。私はビルギット。あなたの名前は?」
ビルギットは、俺を見るや否や、首を傾げながら聞いてきた。一同が沈黙しているのを感じる。どこからか来る緊張感が、その場に走っていることを知った。
なるほど。今までに会ったことのない人間を識別して挨拶することができるのか。すげぇな、これ。
「モトユキです。よろしく」
「はい。宜しくお願い致します」
機械に対する理解度は、俺の元居た世界でも低い。故に、この世界でも、こういうものが気味悪がられることは、珍しくないのだろう。
俺は少しだけワクワクするが。
「……帰れよ」
ルベルの低い声が、ビルギットへ飛んで行った。俺には何故、彼女がこうも刺々しく接しているのかは分からなかった。
「いい加減にしようよ、ルベル」
「……気持ちが悪いんだよ! いつも!」
「いつも」という言葉が、俺は少しだけ気になって、思わず聞き返した。
「……『いつも』?」
「いっつも思ってた! 気持ちが悪いって! 皆からの評判悪いから、好かれたいのか知らないけど、お菓子とか配るのやめてくんない!? 鉄塊が作ったクッキーなんて気味が悪くて食べれないんだよ!! それに、海だって、お前なんていなくても守れるんだよ!!」
彼女は早口でまくし立てた。口調も荒くなっている。こうなってくると、ただ単に「気味が悪い」という理由で嫌っているとは思えない。
……もしかすると、彼女の過去が関係しているのかもな。
「――――
その言葉は、辺りに響き渡った。あちらこちらで飲んでいた冒険者たちが、ルベルに注目する。氷に閉ざされたかのように、時間が止まる感覚がした。しばらくして、それが長い沈黙であったことに気が付いた。
ミヤビは、ほんの少しのため息をついて、ビールを一口だけ飲む。
「私は人間ではありません。ただの機械です」
「……っ」
相変わらず、ビルギットは微笑んだまま、淡々と返した。
「……アネゴ、私家に帰って寝る」
「ちゃんと学校に行きなさいよ」
「……うん」
そういうとルベルは、はじめは怒ったような強い足取りで、しばらく行った先では全力で走り、すぐに姿は見えなくなった。
「やっぱし今日も出たかー、ルベルちゃんのビルギット嫌い」
「気持ちもわからなくないけど、言い過ぎだと思うなぁ」
気を取り直して酒を飲み始める冒険者たちに、ミヤビは言う。
「ま、許してやって。強く言えない私も悪いから」
そのあと、彼女は立ち上がり、ビルギットに頭を下げた。いつもは
「ごめん! ビルギット!」
「……? 良く分かりません」
アンドロイドには、謝罪とやらが良く分からなかったようだ。そもそも、先ほどのルベルの罵倒が理解できているかどうかも分からない。そう考えると、少しだけ悲しい気がする。だが、どうしようもない。
今考えるべきは、「何故アンドロイドが存在するのか」ということだ。このダラムクスの文明の進み具合から見て、そもそも「機械」というものが存在しないはずだ。だからこれは、ディアが以前言っていた二千年前のことの、「金属が動き回っている」という言葉に関連がありそうだ。
古代文明を見つけることができれば、その中に俺が元の世界に帰るヒントがあるかもしれない。調べるほかないだろう。
「では、私にはまだ仕事があるので、これで」
「うん、頑張って」
ビルギットはそのままどこかへ歩いていく。
……何を考え、何を思うのだろう。俺には分からない。
「ミヤビ、あれの製作者の家は分かるか? というか、そもそも製作者っているのか?」
「南西に行くと森があって、それを抜けた先にある……んだったけ?」
「あぁ、ホルガーさんの家だろ?」
冒険者の一人が口を挟む。
「ホルガー?」
「なんでも昔、そこには若い男が住んでて、ビルギットを作ったらしいぜ。今はもう死んじゃったみたいなんだけど、未だビルギットはああやって動き続けてる。だけど……修理する人がいないからなぁ。どんどん壊れてきているんだって。首のやつ、見ただろ?」
「はい」
「ありゃ、人間の皮が剥けるのも時間の問題だな。もしそうなったとき、子供たちはどんな反応をするか……。ま、ともかく、ホルガーさんの家ならアネゴがさっき言った場所にあるぞ。……まさか、坊主、行くのか?」
「まさか。そんなわけないじゃないですか。森は危ないですし」
「……くれぐれも一人で行こうとするなよ。ただの大人を連れて行っても駄目だからな。銅でも二人くらいは連れてけ」
「わかりました」
よし、行くか。
……その前に朝飯を頂こう。そう焦らなくても時間はある。
「そういえば、なんでルベルはあんなに怒ってたんだ?」
「あぁ、それはね……あの子が母親に虐待されてたって話はしたでしょ?」
「うん」
「そんで、そこから、『血』と『感情のないもの』がものすごく怖くなったみたいで……血を見ると動けなくなって、ビルギットに会うと怒りだすんだ」
「……へぇ」
「感情のないもの」が怖い……ということは、ルベルの実の母親には、感情が無かったのだろうか。感情無しに虐待してくるところを想像すると、かなり気分が悪くなるな。
ま、多分、「無感情」に近い何かだったのだろう。同属のエルフに人間の子を産んだことを嫌悪されて、病んでいた。それか、強姦されたときのショックで頭がおかしくなってしまったのか、単純に人間が嫌いだったのか。
そうか、あの「冷たさ」だ。
孤独、恐怖、憂鬱、虚無、哀感……どの言葉が相応しいだろうか。
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