4-2

 昼の間、俺とディアは町の散歩をしていた。

 ダラムクスは森から海まで一直線に大通りがあり、それを直径にして円のように町が広がっている。どうやらここは小さな半島なようで、半分は海に面している。

 ルベルの学校があるのはちょうど西の端。近くにいた冒険者に聞けば、こっちは十歳~十三歳、所謂「高学年」と呼ばれる子たちがいるらしい。遠目から見た感じでは、校庭で魔法の練習をしていた。対して東の端にある学校には、五歳~九歳、「低学年」の子たちがいる。どちらかと言うと、自由奔放に遊ぶのが目的であり、まだ魔力量が少ないから魔法の練習はさせてもらっていないらしい。


 そして、午後。

 ルベルたちが学校から帰り、現在一緒に遊んでいる状況にある。昨日と一緒のメンバーで、ルベルとアウジリオ。それから、アウジリオの妹であるファンヌと、鍛冶師バートの息子であるドナートがいる。

 正直、ドナートが、ディアの着けていた魔法具がアビーの物であると見分け、バートの息子であると聞いたときは驚いた。言われてみれば、似ている気がする。顔つきと、物腰柔らかな感覚が。



「もう一回森に行かない!?」



 ルベルの元気な声が、俺たちの間に響いた。

 昨日はあれだけ元気が無かったのに、一眠りすれば人間は元気になるから凄いと思う。しかし、聞き入れてもらえないだろう。さっきまで何をするか話し合っていた彼らが、黙り込んだから。



「……まだ懲りてないのかよ。血、怖いくせに」


「あれはたまたまなんだって!」



 アウジリオが言葉を強めて言った。なるほど、彼女の覇気がなかったのは、そのせいだったのか。というか、何かを怖いと思う感情に、たまたまなんてあるわけないと思うが。



「やっぱ駄目……かな?」


「駄目だ。昨日ミヤビから叱られただろう」


「……うぅ、モトユキ君って意外と厳しい」



 俺には子供たちを止めるという役割もあると思っている。

 大人が子供と遊ぶと疲れるというが、それは「危険を考えて」行動するからこそ来るものなんだろう。遊びという純粋な好奇心よりも、命という大事なものがある。


 すると、アウジリオが何かを思いついたように話し始めた。



「そうだ! 魔法の練習をしない?」


「えぇーつまんない」


「そうじゃなくて、俺らも魔法を覚えられれば、魔物に対抗できるようになるかもしれないじゃないか」


「なるほど! いいね」



 ………彼、ルベルの扱いに慣れてるな。

 彼女が納得する理由を即座に持ってきた。だがまぁ、俺の目が黒いうちは、森に遊びへは行かせないがな。



「じゃ俺、教科書持ってくる!」



 聞いた話によると、ファンヌは「低学年」だから、魔法の練習はさせてもらえないらしい。魔法の練習ができると聞いて、なんとなく彼女はそわそわしている。

 これに参加しておいて損はないだろう。サングイスの屋敷に置いてあったのは難しい魔法書だけだったから、さっぱり分からなかった。基礎を学んでいる子供たちから教わるのが、一番良い。


 程なくして、アウジリオが教科書を持ってきた。長い間使っているのか、それとも彼の性格が出ているのか、少々ボロボロだ。表紙は茶色の皮で、割と丈夫そうな作りだ。



「えっとね、まずは魔法の適性が分かってないといけないんだけど……ファンヌはもちろん知らないよな。モトユキ君とディアちゃんは?」


「知らない」


「……なら、これを使って適性を見ないとね!」



 教科書の初めの頁に挟まっていたのは、四枚の紙。それぞれ、赤、青、緑、黒で魔法陣が描かれていた。なんだか端がボロボロだけど。



「適正シートっていうの。適当に魔力込めるだけで、適性があるなら陣が光りだすんだ。赤が火、青が水、緑が風、黒がその他の魔法だよ」


「アウジリオたちは自分の適性を知っているの?」


「うん。俺は火」


「私は風」


「僕は風と水」


「二つ持つこともあるのか」


「たまにね。ドナートは天才に近いよ」


「へぇ、すごいな」


「いやあ、それほどでも」



 照れ臭く笑うドナート。ファンヌはそれよりも属性シートの方に気を取られている。……まぁ俺は、そのどれもないんだろうけど。


 それから俺ら三人は、自分の属性を調べた。

 

 ……俺は惨敗。だが、ファンヌもどれも反応しなかった。

 ディアは無属性魔法の陣が反応した。黒くなって灰のように紙が無くなったのに驚いたが、魔力量が多いとこうなるらしい。どうせもう使わないから、無くなっても構わないらしい。分かってはいたが、こいつは化け物だな。


 そして……ファンヌが泣き始めた。



「気にすんなよ、ファンヌ。適性が無い奴はまぁ……二、三人くらいはいるから、な?」



 兄貴らしく、アウジリオがなだめる。



「……うぅ、ぐすん」


「モトユキ君もね? 大丈夫だからね?」


「まぁ、平気だよ」



 ついでに俺も慰められる。



「その分、剣とか頑張るんだ、ファンヌちゃん」


「……」



 ドナートが明るく話しかけるが、ファンヌの機嫌はなおらない。



「あはは、珍しいなぁ。属性無しが二人もいるの」


「おいルベル。感じが悪いぞ」


「ごめんごめん」



 そういうとルベルは、見せつけるように掌の上で竜巻を起こした。小さな竜巻だったが、確かにそれは空気を巻き、力強いものだった。不思議なもんだな。



「ところでディアの魔法の詳細は見れないのか?」


「うーん、もっと詳しい属性シートは別のところから貰わないといけないんだけど……多分ディアちゃんのは闇だと思う。あのシートの壊れ方からして、ね」


「吾輩も何となくそんな気はしてたぞ。というか、魔法の属性の中に闇は含まれていないのか?」


「えっと、ドナート、どうだったっけ?」


イグニスアクアウェントス……その他はすべて無属性ニヒルだね。無属性はまだまだ分けられるよ。先生は、子供に分かりやすく教えるためにこうしただとかなんとか言ってた。それに、イグニスアクアウェントス以外の適正シートの作成コストが結構高いんだ」


「そうそう、確かそんな感じ。『いぐにす』なんて呼ばずに、普通に『ひ』でいいのになぁ」


「ちゃんと授業聞いてる?」


「あ、あたりまえだ。俺は絶対冒険者になるんだから。それに先生たちもあんまりこだわってないだろ、そこんところ」


「はいはい」



 ドナートは真面目そうなやつだな。

 属性に別名が付けられているのは、どういった意味があるのだろう。「アクア」は何となく聞いたことがあるが……。



「適性が無いと、絶対に魔法が使えないのか?」


「うーん、そういう『適性が無くても使える特殊な魔法陣』があるってのは聞いてるけど、子供が使うと魔力を使いすぎるし、冒険者も滅多に使わないから、あんまり見かけないよ。あと、稀にシートでも判別できないこともあるから、諦めるのはまだ早いと思う」



 ドナートはそのまま目を横に滑らせた。その先には、ルベルに慰められるファンヌがいる。お気に入りのクマのぬいぐるみを、涙で濡らしている。


 勘違いしてはいけないのが、「この魔法の知識が絶対ではない」ということだ。

 これはここならではの知識であり、シューテルではまた別の魔法が発達している。確かあの時、ギルバードが使っていた火属性魔法は「ファルレア」と言ったはずだ。

 ファンヌも、もしかしたら別の適性の確認法をとれば適性が見つかるかもしれないが……残念ながら持ってきたのはエミーの魔導書のみ。あれじゃ、どうしようもない。

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