4-1 「青空魔法教室」

 朝の早い時間にアビーが訪ねてきて、これを渡してきた。

 ディアの魔法具。俺の言った通り、フェーリフラワーの形を模している。塗装は何もされておらず、素材本来の色を良い感じに活かせているのではないだろうか。丁寧に研磨されているようで、なんだか輝いて見える。

 アビーは恐らく徹夜をしたのだろう。目の下にクマがあった。そう急いで作らなくても良かったのにと言ったが、仕事は溜めたくないと返された。



「あれ、もっきゅん、それ……」


「さっき、アビーが」


「流石だなぁ、いつも仕事早いんだよね」


「よくできてるな」


「きれいだねー」


「ミヤビも起きるの早いな。仕事か?」


「まぁね。巡回という名のお散歩だよ。それに、今日はルベルも学校があるし」


「……ダラムクスって学校あったのか!?」


「そりゃあるよ。昨日は休日だっただけ。前の世界と同じように、月火水木金土日で一週間だね。ま、呼び方は違うんだけど」


「どんなふうに?」


「火、水、風、土、雷、氷、光。昨日は光の日。今日は火の日だよ」


「へぇ。それは魔法の属性か?」


「うーん、何とも言えないなぁ。一応、土、雷、氷、光はあるっちゃあるんだけど、ダラムクスでは大きく分類はされてないね。全体総じて『無属性』。たまに、土は『生命』、氷は『火』に入る」


「ふーん。ま、魔力ゼロの俺には関係ないか」


「それもそうだね」



 程なくしてルベルが起きてきて、ディアが眠ったまま朝食。

 そろそろ出ていこうかとも話したが、ルベルが拒絶。ミヤビもここに留まることに了承してくれた。とはいえ、ずっと過ごすのは迷惑だろうし、行先くらいは決めておきたいところ。


 当たり前のように食べている飯も、誰かが恵んでくれなければ俺はどうしていただろう。

 念力を使って、大道芸人か? いや、この世界には魔法があるし、特に役には立たなかっただろう。また同じように土木やろうかな。



 ☆



「ディア、そろそろ起きろ」


「……ん」



 朝日、とは言えなくなってきた太陽の光が、部屋の中に差し込んでくる。ベッドの埃がその光の中で静かに踊っている。何となく眺めていたくなる光景。

 寝ぐせだらけの紫色の髪の毛。男の俺でさえも羨ましくなるくらいに、サラサラだ。



「……そうだ、モトユキ、膝枕しろよ!」


「なんか久々に聞いたな、そのセリフ」


「膝枕されたらすっきり起きれる気がする」


「……はいはい」



 ベッドには本物の枕があるのに、こいつは……。

 ふと、懐かしく感じる。アルトナダンジョンで、ディアに膝枕した記憶。まだそんなに日は経っていないのに、すごく昔のことのように思える。色々あったからか。

 こいつ本当に混沌邪神龍なのかって思ってたなぁ。今もだけど。


 なんでこいつは、こうも膝枕に執着するのだろう。「応急処置」という言葉を知らなかったくせに、その言葉は知っていて、どんなことなのかも知っていた。多分、昔によくしてもらっていたんだと思うけど……ディアの親ってどんなだろ。やっぱり同じように変身するのだろうか。


 マナカちゃんにもよくやってたな。

 元気にしてるかな。あれが、トラウマになってないかが心配だ。



「なぁ、ディア。ディアは一体、何者なんだ? 何ドラゴンなんだ?」


「……混沌邪神龍」


「誰にそう呼ばれていたの?」


「人間たちが、勝手に。昔のことだから、詳しいことは忘れた」



 転生者の存在を知っていて、昔のことを知っていて、ものすごく強くて、ドラゴンにも人間にもなれるということは、ディアは絶対に何か知っている。

 ……だけど、今はいいや。きっとまたあとで、話してくれる。



「ディア。プレゼントがある」



 俺は彼女に、ペンダントを渡した。

 美しい白色が、光を反射してさらに輝く。



「これは……?」


「魔道具。これがあれば、ルベルたちと話せるようになる。文字を読むことまではできないんだってさ」


「……ありがと」


「礼を言うならアビーだ」



 文字を読む力はこれにはない。この魔道具は「意識をつなげる」ことにより、会話を可能としているから、意識を持っていない文字は認識できないらしい。となれば、俺やミヤビの「言葉が分かる」という能力は、少し違うようだ。やっぱり、脳味噌が弄られているんだろう。



「アビー?」


魔法道具技師エンチャンター。ものすごくきわどい格好をしている」


「きわどい……?」


「知らないほうが良い世界もある」



 ディアは仰向けになりながら、ペンダントを眺めている。気に入ってくれたのなら、それでいい。



「これは、あれだな。すごく良い匂いがするあの……」


「あぁ、フェーリフラワーだ。それにした理由は、特にない」


「……今頃あいつら、腐ってるかな」


「そんなこと言うなよ……ま、その通りだろうけど」



 想像したくはない。

 だけど、どんな生き物も死んでしまえば腐って朽ちる。

 あんなに強くて賢くて、イケメンだったサングイスも。

 兄貴にそっくりで、美しかったフェーリも。

 あの日綺麗に咲いていた、フェーリフラワーも。



「そろそろ起きろよ」


「……もう少しで目が覚める」


「……はぁ」



 なんだか今日のディアは甘えん坊だ。

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