4-3
ドナートは何かを思いついたように呟き、「ちょっと待ってて」と言ってからどこかへ行ってしまった。どうやら彼なりに考えがあるらしい。
俺も頑張って「魔力」っぽいものを込めようと頑張るが、魔法陣は何も反応しない。アウジリオのアドバイスを聞きながら頑張ってみるが何もうまくいかない。
そうしていると、ドナートが戻ってきた。
「確か先生が、いくつか
彼の手には、さっきの四枚と同じような紙がある。
ほとんど同じ魔法陣が描かれているが、その色は薄桃色だった。
「
「あるかなってなんだっけ?」
「生命魔法。
ドナートは、泣き止んで無気力になったファンヌの所へそれを持っていった。
……普通に考えて、ファンヌがその適正を持っている可能性は低い。下手に希望を与えすぎるのはどうなんだろう。
だか、その心配はいらなかった。
ファンヌが、懇願するようにその陣に魔力を込めた瞬間、薄桃色の光が辺りに満ちた。火でも水でも風でもない、優しいその光。回復魔法に相応しい輝きだった。
「……きれい」
ルベルが思わず声を漏らした。ファンヌは自分でも驚いて茫然としている。
「やったな、ファンヌ!」
「う、うん!」
それから俺らは、ファンヌの魔法の習得を手伝い始めた。
もちろん俺は生命魔法の適性も無し。変に慰められるのは、なんだか癪だった。
生命魔法はその名の通り、「生命」に干渉する魔法のこと。その適正を持つ者は、魔力を込めるだけで花を開かせることが出来るらしい。
今、彼女がしようとしているのも、それだ。
明確な名称は無いらしいが、これも立派な魔法なのだとか。
「もっと集中! 全身から力を集めてきて、掌に!」
「がんばれ! がんばれ!」
「心なしか、蕾が元気になってる気がする!」
さっきからずっとこの調子だ。応援するのは良いことだとは思うが、流石にこれは鬱陶しいんじゃないだろうか。
ファンヌが一生懸命に掌をかざす、先端に赤色の花弁が見える蕾。名前は、四人の中の誰も知らないらしいが、誰もがその「存在」を知っている。良く咲いているアレという認識らしい。
「腹減ったな」
「今日の夕飯なんだろうな」
ディアは相変わらず飯のことしか考えていない。ぐう、と腹の音が彼女の意見を肯定した。まぁ、俺も腹が減っているわけだが。
「腹減ったな」
「二回目だな」
退屈すぎて空を眺めるディア。
蝶々が集まってきている……!?
「結界の中にいたときって、どんな風に過ごしてたんだよ?」
ふと、聞いてみる。
彼女はゆっくりと腕を組み、瞳を閉じた。
「うーん、特に何もしてなかったな。ずっと鉱石を眺めてた」
ゆっくりと開ければ、黄金の瞳がそこにある。この宝石は一体、何を知っているのだろう。普段は飯のことしか考えていないように見えるが、ふとした瞬間の真剣な表情。少女がするようなものではないが、二千年を味わった龍がするには相応しい。
「退屈じゃないのか?」
「長いこと退屈を味わっていると、退屈なのが苦痛じゃなくなる。こうして蝶の止まり木になるのも、結構楽しいぞ」
「ジジイみたいだな」
「ドラゴン目線で見ても、相当長い時間を生きたからな」
「ドラゴンの寿命ってどのくらいなの?」
「さぁな、詳しくは知らん。人間よりは長い」
「へぇ」
赤、青、黄、黒、白……いろいろな蝶がディアに止まっている。感情の起伏が少ないと、こんな風に蝶に好かれるのだろうか。
良いよな、映えるから。
そんなことを思っていたら、……
……またファンヌが泣きだした。
どうやら、できない悔しさが爆発したようだ。
「うぅ……どうせ私なんか……」
「まぁ、焦らなくてもいいんじゃない? ……それより、鬼ごっこしようよ」
「そうだぞ、ファンヌ。一日でできるようになる人なんていないし」
「鬼ごっこ! いいね! モトユキ君とディアちゃんもするでしょ?」
「いや、吾輩は……」
「んじゃ、ディアちゃんが始めの鬼ね! 始め!」
ルベルは、ファンヌの応援に飽きていたようで、鬼ごっこに全力で賛成。そして、そのままどこかへ走っていった。続いてアウジリオとドナートも、ファンヌに心配が残りつつも、逃げていった。もしかしたら、ディアが鬼をすることに心配していたのかもしれないが。
「鬼ごっこって何をするんだ?」
「手で触れるんだ、走って。それが『捕まえた』ってこと。皆捕まれば終わり」
「……モトユキ、捕まえた」
ディアはおもむろに俺にタッチした。
そして、めんどくさそうにしながら彼らの後を追いかける。だが、他の三人の誰よりも速い速度で。本気を出せば音速など軽く超えられるのだろう。
今、この場に残されたのは、未だ泣いているファンヌと俺。
彼女に鬼ごっこをするつもりはないらしい。
きっと、ファンヌは賢い子なんだろう。
良く泣く子供には二種類ある。甘やかされた子供と、賢い子供。
前者は他人に助けられたい、甘えたいがために泣く。
が、彼女はきっと後者。賢い子供は、賢い故に悪いことばかり想像して怖くなって泣いてしまう。自分が将来、何もできない役立たずになってしまうのではないか、もう既に役に立たないのではないか、という感じに。
「ファンヌちゃんは、将来何がしたいの?」
「……わかんない」
「分からないのに、どうして魔法が必要だと思うの?」
「……」
「でもやっぱり、魔法が使いたいから?」
涙を零しながらも、大きく頷いた。
それもそうだろう。俺も、どうせだったら魔法が使いたかった。
「……でも、私は……」
何か否定の言葉を言いかけたが、俺はわざと遮る。
「生命魔法はさ、誰かを癒す魔法なんでしょ?」
「う、うん……」
「だからさ、『優しい気持ち』でやらないと、花も開いてくれないかもよ?」
「……優しい、気持ち?」
「うん」
俺がそういうと、彼女はもう一度、ゆっくりと蕾に掌をかざした。
優しい気持ち、優しい気持ち……そう自分に言い聞かせているかのように、集中し始め、瞳を閉じる。先ほどのディアのような、だが覇気はある雰囲気。
ふと、暖かい感覚がした。
同時に、淡い薄桃色の光が彼女の身体から溢れ、蕾に注がれる。
――――そして、開いた。
綺麗な赤い花だった。花びら一枚一枚がぴんと張り、「私はここにいる」とでも言っているかのように、堂々としている。
「やった……!」
「よかったね」
……適当なことを言ったわけではない。
エミーの魔導書の二つ目に書いてあった、「感情を表現するマークを頭の上に表示させる」魔法。
つまり、「魔力と感情」の関係について書いてあるものだ。
確か冒頭部分は、「どうして白魔導士には優しい人が多いのだろう」というような感じだったか。実に馬鹿らしい始まりだとは思ったが、感心させてくるのだから流石としか言いようがない。そして結論は、「感情によって少なからず魔力の性質が変わる」とのこと。
例えば火なら、熱い人物が得意、ということ。
ギルバードはどちらかと言うと、青い炎って感じがするな。
ともかく、回復魔法は優しい心なら使えるらしい。
……俺は論外らしいが。
「……優しい心、かぁ」
ファンヌは自分の掌をまじまじと見つめている。
早く教えてあげればよかったかな。
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