5-1 「優しい吸血鬼」

「答えろ。今日までお前はどうやって生きてきた?」



 息が白くなるくらいに寒い空間。俺の目の前にいるのは、銀髪の吸血鬼。体中に酷い火傷を負っていたが、「血を吸った」ことにより吸血鬼本来の再生力が戻ったようで、すぐに彼は意識を取り戻した。全回復ではないが。


 何かを悟ったように俺を見上げる。

 その紅い瞳が震えることはなく、真っ直ぐにこっちを見ていた。


 この質問は、無駄かもしれない。

 ただ、俺は彼の意志を聞いてみたかった。


 勇者一行だって、初めから俺が力でねじ伏せてしまえば、無駄な怪我をさせずに済んだだろう。だが……いや、理由というには少し足りないが、俺が感じたのはサングイスの戦い方の「違和感」だ。彼は、殺してしまわない戦闘を心掛けていた。女魔法使いの血を吸った時だってそうだ。あの時、彼は遠回しに「逃げろ」と言っていたように感じるのだ。結局、赤髪の奴が暴走してしまったわけだが。

 勇者たちに圧倒的な力の差を見せつけ、「冷酷な吸血鬼」を演じているに過ぎなかったのだと、俺は思う。


 だから俺は、サングイスの戦いを見守っていた。



「……勇者を殺して、血を吸って」



 ぼそぼそと、どこか遠くを眺めながら呟いた。もう、彼は自分がどのような立場にあるのか分かっているのだろう。いや、もっと前から気付いていたに違いない。


 吸血鬼は「人間の血」がないと生きていけない。そして血を飲んだときは、本能が覚醒して歯止めが利かなくなる。どこまでもどこまでも人間の血を求め続ける、文字通り吸血「鬼」になる。

 逃げろと伝えたときに、彼は女魔法使いの血を飲み始めた。もしかすると、赤髪の奴に仲間を全員連れて逃げるように伝えたかったのではないだろうか。そうすることにより、彼自身は人を殺さず血を拝借することが出来る。

 そうなれば、赤髪の奴が暴走したことは想定外だったはずだ。



 彼の行動は「矛盾」している。

 人間を殺しながら魔素を集めている彼が、人間を助けた。本当に合理的に動くとするならば、さっさと殺して血を吸い尽くせばよかっただけの話。



「そうか……またあとで来るよ」


「……」



 何故また来るのか、ということを伝えなくても彼には理解できているはずだ。もう彼には、拘束を解けと暴れる気力さえも残っていないようだ。

 俺が時間を空ける理由は二つ。未だ勇者たちの応急処置ができていないから、今からそれをする。そして、サングイスに覚悟を決める時間を与える。……いや、本当にその時間が必要なのは俺の方なのかもしれない。


 不愛想な造りの地下室を抜けると、ふわりと暖かい空気が頬を撫でた。いつもの書斎。締め切ったカーテンの隙間から、灰色の光が漏れ出している。


 あのまま、赤髪の奴にサングイスを殺させても良かったかもしれない。だけど、なぜか止めてしまった。なんでなんだろう。何も知らないまま死んで逝くサングイスが、哀れに思えたからだろうか。だけど、今考えればそっちの方がより幸せだったかもしれない。結局俺は、運命とやらを捻じ曲げて自分勝手な都合を押し付けているだけ、なんだろうな。



「……お、モトユキ。三人を寝かせておいたぞ」


「装備は脱がせたか?」


「うん。なぁ、白い鎧のオッサン、左目の辺りの色が悪かったけど大丈夫なのか?」


「……?」



 俺は急いで、彼らを寝かした部屋へと向かった。無造作にベッドに寝転がった三人が居た。無駄な装備を取っ払って、身軽な状態。全部脱がせてしまうんじゃないかという心配はいらなかったな。

 確かに、白い鎧を着ていた彼の左目は、焼け爛れたような腐ったような、そんな傷があった。だけどこれはずっと前にできたものだと分かる。放ってある兜にそれらしい傷は見当たらないし、呼吸も安定している。ぼろ雑巾みたいになっていたが、命に関わる深刻な怪我は無かった。唯一心配なのは頭部強打による脳出血だが……たんこぶがいくつかあるくらいだ。これ以上は調べる術がない。


 俺は全員の呼吸と脈を確かめていく。クソ、こんなことならもっとちゃんと保健体育を真面目に受けりゃよかった。「このくらいかな」という感覚でしか、俺にはわからない。


 白鎧のおじさんと血を吸われていた女の人は、至って大丈夫だった。彼女の首元の傷は浅く、もう既に血栓もできかけている。顔色もそれなりに良いから、血は足りているようだ。


 だが、赤髪の奴の脈が弱い。加えて、呼吸も浅い。そう言えば、彼は何本も骨が折れているんだ。火傷も加わっているから、相当な体力が失われているのだろう。急いで環境を整えなければ。

 火傷の程度が弱いのだけが救いだ。これなら跡は残らない。



「ディア、水魔法って使えるか?」


「使えん」


「んじゃ、適当な布と包帯を持ってきてくれ」


「分かった」



 さて、俺はこの間に書斎に魔導書を取りに行くとするか。確か、ただ魔力を込めるだけで魔法が使えるっていう魔法陣が載ってるやつがあったはずだ。ディアならできるだろう。



 ……それから、俺らは彼らに処置を施した。

 と言っても打撲や火傷部分を冷やし、擦り傷があるところを洗ってガーゼを当てて包帯で覆っただけだが。平和な国でのんびりと生きてきた俺にとっては、こんな重症の奴は滅多に現れない。だから、一応知っている限りのことはやってみたが、これが最善かどうかは知らない。

 こういうことについては、彼らの方が詳しい。起きたら自分で調整してくれるはず。


 赤髪の奴については、右大腿、左上腕が折れていることが分かった。そのほかの細かいものは分からないが、この二か所は酷く変色していて痛々しい。腕はまだ小さな添え木で固定できる。が、大腿骨骨折は足先から胸までの大きな添え木と、内側からの添え木が必要だと聞いたことがある。冷やしたのちに、ぐっと引っ張ってから添え木をして包帯でぐるぐる巻き。さらに上から布で縛る。適当な固定だ。だから、このままずっと放っておくのは危険だろう。……勇者にしては不格好だが、致し方無い。

 「回復魔法陣」も試してみようとは思ったが、変にくっついてしまう可能性があったからやめておいた。とりあえず、魔力さえ込めれば水と氷を生み出してくれる魔法陣だけをディアに使わせて、冷やすのに用いた。

 冷やしたことにより痛みもそれなりになくなったようで、赤髪の苦悶の表情は消えた。未だ弱々しい鼓動だが、さっきよりかは大きくなって安定している。

 とりあえず、ひと段落ってところだ。





 ……さぁ、か。

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