4-3

「炎の精霊よ、我が魔力を差し出そう。故に契約。あの人間に、力を授けたまへ!」


太陽の魔力ソール・ウィース!」



 鎬を削る最中、ローレルの詠唱(着火)に間髪置かずギルバードは叫ぶ。同時、枯れ果てた大地に残った僅かな魔素でさえも、彼の体に吸い込まれていく。内なる莫大なエネルギーと合わせて、その体は黄白色に閃々と光り始め……まるで太陽のようだった。

 彼の攻撃は加速し、加熱する。吸血鬼も流石に素手では受け止められないと判断したようで、一度彼と距離を置いた。けれども、ギルバードが逃すはずはない。

 吸血鬼は、刹那の間に氷魔法で指を凍らせた。指と短剣がぶつかり合い、甲高い金属音と、「じゅ」という氷が溶ける音が響いた。



「雷神剣!」


光槍ライトニングジャベリン!」



 各々からの追撃。

 光と雷、そして「太陽」。このすべての攻撃を躱すのは、流石の吸血鬼でも至難の業だったようだ。やっとその端正な顔を僅かに歪ませ、紅い瞳で三人を睨みつけた。あの無表情を崩せたということは、少なくとも今の連撃に意味はあったということ。


 奴は、ギルバードの短剣を握りしめる手を凍らせ、突き飛ばした。光輝燦爛とする槍ローレルの魔法をつかみ取り、今攻撃を仕掛けんとする白騎士に思い切り投げつける。


 だが、咄嗟の判断で行っただろうその動きは、ギルバードが追撃をするのには十二分な時間を作り出してしまった。凍った腕を無理矢理魔力で溶かし、そのままの勢いで大きな炎を出す。移動をしたときの爆発音が周囲に響く頃には、既に攻撃範囲に吸血鬼が居た。



太陽の咆哮ソール・ローア!!」



 火力、火力、圧倒的火力ッ……!

 すべてを燃やし尽くす「太陽の魔力」は、たった一匹の吸血鬼へ向けて放たれる。銀髪の下に掻いているその汗には、冷や汗もあるだろう。ギルバードには、そのくらい彼の焦っている表情が見えた。





 ――――だが。





「……」



 焦っている表情は、一瞬だけ俯いて顔を上げたら無くなってしまった。その代わり、「死」というイメージを明確にこちらに持たせてくるような、そんな表情をしていた。百年近く人間を苦しめ続けた吸血鬼の本性。今にも「殺してやる」と言わんばかりの、冷酷な目つき。


 その紅い瞳の奥に、「慈悲」という言葉はなかった。


 同時、ギルバードの攻撃もろとも闇に包まれる。

 「雪と同じ魔力」とギルバードが気付いたときには、もう遅かった。ありとあらゆる魔力が吸い取られ、「太陽の魔力ソール・ウィース」も強制的に解除される……。



「………?」



 砂漠みたいに、体が干上がっているのを感じた。だが、死んではいない。ギリギリ動けるくらいの魔力が残っていることに、ギルバードは違和感を覚えた。

 ローレルが彼をかばったのだ。その華奢な体で、すべてを吸い尽くす悪魔のような攻撃から。彼が気付いた瞬間に彼女は地面に崩れ、弱々しい声が周囲に響いた。



「うぁああああ!! 雷神槌ッ!!!」



 鎧も青のマントも外し、最後の魔力を振り絞ってイングリッドが攻撃を仕掛ける。

 だが、その攻撃は簡単に躱され、何の魔力も籠っていない吸血鬼の拳に吹き飛ばされる。彼は子犬のような声を上げて、情けなく地面を転がった。吐血で僅かに大地が潤う。


 ギルバードは一瞬だけ思考が凍った。

 何が起こったのか、脳が処理できなかった……いや、脳が拒んだのだ。考えたくなかった。あの攻勢が一瞬にして破られ、こちらは壊滅状態。



「……はぁ……はぁ」



 気が付けば普通の汗と、冷や汗をびっしょり掻いていた。「殺されるかもしれない」という純粋な恐怖がギルバードの喉元を蠢き、胃液をぶちまけそうになる。


 枯れた大地を踏む音が、だんだん大きくなってくる。

 それが、死神の足音に聞こえて仕方がなかった。



「人間。貴様にチャンスを与えよう」



 気付いたときには、死神が目の前にいた。

 冷酷な声が、頭上から降ってくるのを感じる。



「逃げるか、死ぬか。どっちかだ」


「……」



 冷静な判断ができなかった。いくら大きく息を吸い込んでも、心臓の鼓動は遅くならない。目の前には「死神」が居る。選択を間違えれば死ぬということだけが頭の中で暴れまわって、思考が一つに統一できなかった。



 逃げるか? 死ぬか? 戦うか? 生きてるか? 死んでるか? 終わりか? 反撃は? ローレルは? イングリッドは? 逃げるか? 生きるか? 死ぬか? 死ぬか? 死ぬか? 死ぬか? 死ぬか? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ……?



 だが、そのぐちゃぐちゃになった糸は、すぐにほどけた。


 ――――奴が、倒れているローレルを抱え、その首に噛みついたのだ。


 吸血鬼特有の長い犬歯が、その細く美しいうなじに深く刺さる。そして、傷口からは真っ赤な血が。



「う……ぁ……逃げて、ください、ギル……!」



 彼女の血が滴ると同時に、涙も地面へ落ちた。

 「ごくん」と血を飲み込む度に、ローレルの華奢な体がビクンと痙攣する。ただでさえ白い肌が、だんだんと青く、冷たくなっていく。彼女の体中に力が入って、青筋が体中に浮き出る。

 悪魔吸血鬼の顔色がだんだん良くなって、紅い瞳にも光が宿る。


 ギルバードは凍り付いた世界の中に居た。

 ……ローレルが、死ぬ?

 そんなこと、あってはならない。あってはならない。あってはならない……!

 殺す! 殺す! 吸血鬼こいつを殺す……!!!





 

 そして、世界を溶かし始める。





太陽のソール……」





 





「……魔力ウィース!!」





 ――――





 彼は、内側から湧き上がってくる莫大で膨大で甚大なエネルギーを感じた。

 指が焼け、顔が焼け、喉が焼け、心臓が焼ける感覚がする。けれど、魔力を止めることはない。


 どうなったっていい。ただ、目の前の吸血鬼を殺さなければ、と。


 ローレルの「火種」無しで、ギルバードの魔力が発動した。

 一種の「暴走」である。









 無双。









 今の状況を示すには、この二文字が相応しい。音が遅れて聞こえるくらいにギルバードは加速し、吸血鬼を空へと吹き飛ばす。もちろん、飛ばしている間も攻撃をやめない。奴の吐血を浴びるが、顔につく前に自分の魔力で燃えて無くなる。


 追撃、追撃、追撃。

 一つ一つが爆弾級の重さを誇り、吸血鬼はなすすべもなく吹き飛ばされる。反撃の隙を与えず、一切の休憩も許さない。作り物のような整った顔を、ぐちゃぐちゃにしてやるつもりで、何度も、何度も。骨を砕き、内臓を潰し、魂を燃やす。


 命が枯れていくのを感じた。だけど、もうどうでも良かった。

 あの夕日に誓った、復讐を。


 地面に叩き落とし、ありったけの魔力を込める。

 次で殺す。絶対殺す。


 明確な殺意を持って、今、その剣が……

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