4-2

 轟音。


 直後に地震が来たように屋敷全体が揺れた。

 外では爆風が吹いたようで、木々が激しく揺れている。



「……でかいな、この魔力」


「な、なんだ?」


「多分、あいつの言ってた勇者なんじゃないか? でも、吾輩の知っている勇者よりもはるかに強いな、これは」



 ……勇者。こんなにも早く来るものなのか。いや、それは俺たち基準での話か。

 サングイスが勇者に遭遇するのに、ある程度規則的な周期があるなら、俺たちが丁度その時期に被ってやってきただけなんだろう。



「……ディアとどっちが強い?」


「無論吾輩だ。だけど、あいつはギリギリなんじゃないか?」



 俺の問いに即答して見せたディア。その金色の瞳は、俺の心を見透かしているかのようにどこまでも透き通っている。深く考えなくても分かった。この次に、ディアは「どうする?」と俺に判断を煽ることを。

 ……彼女にとって、俺たちは一体どのような存在なのだろうか。あのとき、「もう悪さをするつもりはない」という意思を持っていた。しかし、あれは本当に彼女の心からの言葉なのだろうか。人間の命なんてどうでもいいと考えているのはまず間違いない。ただ悪さをする気力だけがなくなっただけであって、人間のような道徳意識が芽生えたとは断言できないな。


 ディアが次の言葉を紡ぐ前に、俺は言った。



「行くぞ」



 ☆



 雪が降り続けて、荒れてしまった大地。百年前にあったとされている緑は、すっかりなくなっている。だが、完全になくなってしまったわけではなく、大陸上には「不自然な森」があった。

 普通、植物にも魔力は存在し、それを抜き取られればあっという間に枯れる。ところがこの森の植物はその形を保ったままであった。その理由は、不自然にあふれる魔素のせいである。その量はわずかで、何とか植物たちが形を保てる程度のものだったが、ディオックスはそれを突き止め、それこそが死の雪の「原因」であると確信した。それは事実である。



 そして、今――――「太陽の勇者」がここにいる。



 彼の見つめる先には、身長百九十はあるだろう長身の男がいた。銀髪に赤い瞳、尖った耳に蝙蝠の翼、異様に発達した犬歯。彼に、降ってくる「死の雪」は効かない。それも当然だ。この魔法の仕組みを知っているのだから。

 吸血鬼。かの昔に、とされている、最低最悪の「魔物」。



「随分と綺麗な顔してるんだな」


「……」



 赤毛の青年、ギルバード。そして、彼の仲間であるローレル、イングリッド。彼らは空を思わせる色のマントを身に着けていた。彼らも「死の雪」が効いていない。王から与えられた勇者の「証」であり、雪に対する防御ができる。

 吸血鬼は、ギルバードの言葉に無反応だった。凛とした態度で空から勇者達を見下ろしている。ルビーのような眼球の奥は乾ききっているようで、ギルバードにはそれが歯がゆかった。まるで「この程度か」と言っているようだったから。


 彼は爪を噛んだ。奴の実力がどれほどのものなのか計り切れなかったからだ。挨拶代わりに炎魔法ファルレアをぶち込んでみたが、いともたやすく防がれてしまい、結局魔力を消耗してしまっただけだった。殺す気で放ったものの、死ななくとも怪我をさせられればそれでいいと思ったが、一切無傷。完膚しかない。一筋縄ではいかないことを思い知らされた。



「あなたが、この雪を……?」


「……」


「おい、何とか言ったらどうなんだ!」


「……」



 二人が野次を飛ばしてみるが、依然としてその吸血鬼は無反応のままだった。

 一時の沈黙の後、先に攻撃を仕掛けたのは吸血鬼の方だった。大気だけでなく、空間さえも凍ってしまいそうな緊張感の中、彼は天に掌を上げ、そのまま振り下ろした。



「……ローレル!」



 ギルバードが叫ぶのとほぼ同時、ローレルは防御結界を展開した。直後に「闇」と「爆音」が結界を襲う。

 純粋な闇の魔力だった。何も式が組まれていない単なるエネルギー砲で、心得のない子供でもできる、魔術界では最弱クラスの技。だが、ディオックスの中で最強クラスの結界を創り出せるローレルでも、この莫大な魔力に耐え得るのは難しかった。


 結界が弾けるのと同時に、攻撃は止む。結界に包まれていたところだけが円形に残り、後はスプーンでえぐられてしまったかのように地形が変わっていた。荒野が、さらに荒れた。



稲妻フルメン!!」



 間髪置かずにイングリッドが攻撃を仕掛ける。白く光るその鎧に、さらに白い電気が纏わる。まるで雷のような速度で空中に跳ね、彼の剣が吸血鬼の体を真っ二つに一閃した……かに思えた。


 切ったのは虚無。

 既にそこに吸血鬼は存在せず、イングリッドは右左に視線を送る。



「後ろだ!」



 ギルバードの叫びのが聞こえた。だが同時に、イングリッドは鋭い痛みを脳天に受けた。そのまま地面へと叩きつけられる。間一髪、ローレルの魔法で体が浮き上がり、何とか致命傷は免れた。だが、ぐわんぐわんと脳が揺れる感覚は、簡単にいなくなってはくれなさそうだった。



「ローレル、使うぞ!」


「もう、ですか?」


「……ああ」



 ディオックス最高騎士の攻撃をいともたやすく捌かれてしまった。吸血鬼は一切表情を変えず、声も出さず、息も乱れない。奴はこちらを舐めているわけではないようだったが、それでもでの実力差は大きくかけ離れている。故に、早く勝負をつけなければ負ける。


 その焦りが、ギルバードの脳裏にちらついていた。



「炎の精霊よ、我が魔力を差し出そう。故に……っ」



 吸血鬼も、相手にのうのうと詠唱をさせるほど馬鹿ではない。

 今度は、黒く細い光線のようなもの。手を銃の形にして、まるで射的をするようにローレルを狙った。彼女はギリギリで避けたものの、当たった地面は溶けて無くなってしまうほどの威力だった。もしこれが当たっていたならば、激痛とともに骨まで溶かしてくるのだろう。



「……ふざけやがって」



 まるで作業だった。最初こそはいきなり「必殺」を使ってきたが、こちらにそれほどの力量がないと分かったが故に、手加減をされているような気がしてならない。もう一度あの攻撃を使えば殲滅できるというのにそれをしない。しかし、奴は依然真剣な表情を崩さなかった。一瞬で勝負をつけないのには、何か意図があるのは確実なのだろう。

 だが、手加減をしないのと隙が無いのは全く別である。こちらが何かアクションをしようとしても、奴が光線でじっくり狙ってくる。



「ギル。私が隙を作る。その間に『着火』を……」


「駄目だ」



 ギルバードは食い気味に答えた。

 イングリッドの脳震盪は回復していない。そんな状況で隙を作ろうと奮闘すれば、すぐに死んでしまうだろう。奴の「殺さない」この状況は、まだまだ不確定要素が高い。見誤って突撃すれば、簡単に命を失うリスクが高すぎる。今この状況で確実なのは、この場に三人がいることで場が硬直しているということ。ならば少しでも回復を待っていた方が良い。



「しなければ負ける。しなければ死ぬんだ。奴が私たちを見誤っているときこそ、絶好のチャンスだ」



 だが、イングリッドにも一理ある。このまま停滞したところで、打開する案などこちらに無い。仮に奴の「殺さない」が油断によるものならば、彼に特攻させるのもありだった。



「……なら、俺だけがやる」



 ギルバードが特攻は、ハイリスクではあるが成功率の高い選択だった。しかし、理由は成功率のそれではない。彼が恐れているものはたくさんあるがその中の一つが仲間の死であった。それが、自分の死よりも重い失敗だったのだ。


 イングリッドはごもった。確かに、ギルバードと比べれば自分は足手まといで、一人では隙を作れるかどうか怪しく、犬死の可能性だって無視できないくらいの大きさだ。

 未だゲーム感覚で魔法を放ち続ける吸血鬼を見て、彼はぐっと歯を食いしばる。わざわざローレルが避けられるような弾道と弾速。それを楽しんでいるのならまだ彼の心が分かるが、依然として無表情。何を考えているのか、さっぱり分からないからこそ恐ろしい。



火魔法ファルレア!」



 何の詠唱もなく、突発的に魔法を放つギルバード。燃え盛る火の球が、一直線に吸血鬼へ向かっていく。当たるわけが無かった。奴は氷魔法でそれを相殺し、さも何事も無かったかのように振る舞う。ギルバードにはそうなることなど分かりきっていた。

 その一瞬の隙に、彼は再び「ファルレア」と呟いた。同時にかかとの辺りが爆発し、文字通り爆発的な推進力を得て、吸血鬼の下へ飛んでいく。ぶっ飛ばされた、と表現すべきかもしれない。


 短剣は踊る。空中に銀の残光を残しながら、いくつもの弧を描いていく。

 その猛攻はいともたやすく、素手で防がれていく……。

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