4-1 「冷酷な吸血鬼」
結局あれからどうするかも思いつかずに、俺たちは再び書斎に戻ってきていた。
何のために、今彼は戦っているのだろう。
何のために、苦しんで今日まで生きてきたのだろう。
彼はこの事実を知って、どう思うだろうか。尚も諦めずに、また同じことを繰り返すのではないか。延々と、此処に囚われ続けるのではないのだろうか。
ぐるぐると頭の中をめぐる思考は、どれもこれも暗いことばかり。何とか現状を変えなければとは思うが、その現状を飲み込むので精一杯。正直気だるいくらいに。
「……なんてこった」
悪役なら、もっと堂々と悪役であってほしかった。殺されても仕方のないと思えるくらいに、極悪で、非道で、残虐で、酷薄で……最悪の。
大量殺人鬼なのに、哀れだから。
「なぁ、モトユキ。これからどうする?」
「……分からない」
何が正解かなんて明確なんだ。サングイスを殺してしまえばそれでいい。それが一番の正義であり、人類に大きな貢献をしたことになる。誇り高き英雄ならば、迷わずそれができるだろう。
なのにどうしてか、胸が痛い。何をすべきか分かっているのに、俺は答えを出せない。いや、出したくないのだ。
「……ディア、あの魔法を止めることはできないのか?」
「さあな。ただ、あの雪を降らすやつは『生贄の魔法陣』ってやつだと思う。真ん中に凍った心臓があっただろ? あれはきっとあの銀髪のモノだ」
そういうと彼女は窓の外を眺めた。空は灰色の雲に覆われていて、そこからは黒い雪が降ってきている。
「この雪は、あいつの
重々しく響いたその声。ディアはそのあとに「どうせ殺したくないんだろ?」とぼそりと続けた。
……俺は何も言えなかった。
生贄の魔法陣。本棚に並べてある本に、そのタイトルがあったから、初めの部分だけを適当に読んでみる。序章なら、なんとなく理解できた。
「魔力」の代わりに「命」を消費する魔法陣。莫大な魔力を出力できるが、それには
それなら、彼の「心臓」を死者蘇生に使えばよいのではないかとも思うが、恐らく「できない」のだろう。
ディアは云う。彼の「心臓」は、雪を降らせるための「引き金」であり、「電池」でもあると。陣を分析すると、周囲から吸い取った魔力は、蓄える分とまた雪を降らせる分に分かれて流れているらしく、つまり、そのサイクルを創り出すために必要だった魔力分を
命と魔力の相場は分からないが、きっと、命は思っているほど価値が無いのだろう。確かに通常使うような魔法にしては、莫大なのかもしれない。しかし、死者蘇生のような、桁の違う魔力量が必要な魔法に対しては、やはり微々たるものに過ぎないのだ。
ふと目についたのは、机に積みあがった本。それを手に取って、めくってみた。
何度も何度も読み返された跡もあり、直接殴り書きされているところもあった。ただ、俺にはその内容を理解することはできなかった。魔法の基礎がしっかりしていない俺が、専門書を理解できるはずがない。魔法陣のことについて書かれていることは分かっていても、何もヒントは得られなかった。
「エミーの魔導書」と書かれた本もあった。書斎に並んでいる本には珍しく、著者が一人しかいないようで、何の種類の魔法なのかということも明確に記入されていない。内容はほぼメモ書きに近く、ろくに編集もされていなかった。様々な種類の魔法についてバラバラに執筆されていたが、その中で栞が挟まれたページがあった。
「蘇生魔法」について、記されていたのだ。いくつかのメモ用紙も挟まっていて、そこには地下室にあった魔法陣と同じものが記されていた。フリーハンドで、適当なものだったが。
大見出しのところまで戻って、読んでみた。
『個体内の魔力が欠乏すると空気中の魔素が身体の中に入り込む。その量は、それぞれの魔力量に依存すると言われている。所謂これが、魔力の回復である。しかし、生命活動を停止した肉体には魔力が極めて少ない状態にあることが分かっている。非生命体に魔素が溜まりにくいという性質もあるのかもしれないが、それにしたって少なすぎる。何故、死体には魔素が戻らないのかということを確かめるために、私は無理矢理魔力を注入することにしてみた』
その文の下には、死んだマウスに対して魔法陣で魔力を注入するという実験について描かれていた。
『結果、魔素は入り込まず、周囲の魔石に吸い込まれただけだった。魔素の動きから見て、死体を拒絶しているかのように思える。回復魔法陣を応用してみたが、やはりだめだった。そもそも回復魔法とは魔力が細胞を活性化させる性質を応用したものであり、死んだ細胞には効果がないのかもしれない』
その後も様々な実験がされているようだったが、そのどれもがうまくいかなかった。そこで、もう一度無理矢理魔素を注入する実験が行われ、莫大な魔力量ならば、僅かに死体に入り込むことが分かったらしい。
つまり、「超強力な回復魔法をかければ、死体の中にも魔力が戻って細胞が復活する」ということが分かったようだ。そこからは、いかに効率よく魔力を注入できるのか、という論点になっていて良く分からなかった。
そして、あの栞のページには、死んだマウスの細胞が活動をし始めたことが記されていた。
――――ただ、次のページにはこんなことが書かれていた。
『しかし、蘇ったマウスは非合理な行動をとるようになった。食べ物は口にせず、ゲージに体当たりを常に繰り返している。また、唾液や糞尿などの体液を垂れ流しながら生活している。よって、日に日に体はボロボロになり、やがて勝手に魔素が抜けて、より酷い状態の死体が出来上がっただけだった。顔面や四肢などは体当たりや無意味な筋肉の緊張などにより骨が折れ、脳は腐り、体は痩せ、目は水分がなくなり、体毛は全て抜け、干からびたようにして動かなくなった。最早死体とも言えなくなったそれに再び例の魔法陣で魔力を注入してみたが、今度は全く入らなかった』
……さっき、ディアがあの人を放っておいたままだったなら、と考えると恐ろしい。文だけで、読み進めるのをやめたくなるような感じがする。
淡々と、続きは綴られている。
『これは、脳の大部分が魔力で復活できなかったことに関係があるとみていいだろう。だが、私はとある仮説を立てた。《魂》が存在している、ということだ。生命体と非生命体の臓器以外の何らかの違いを《魂》だと考える。そうすると、私が今回行った実験はただの人形遊びだったということになる。身体を生き物に近づけたとしても、それは生き物とは言えなかったのだ。故に、体が魔力に対して機械的に反応しただけである。では《魂》とはなんだろうか。我々生き物の軸となるモノ、生命体と非生命体とを分ける違い、果たしてそれは何なのだろうか。目に見えないものを証明するのは骨が折れるし、正直全くと言っていいほど方法が浮かばない。ま、飽きたからこの実験はここで終わりにしよう。これを発表したら、多分、神とやらを信じる馬鹿に怒られるかも知れないな』
最後は投げやりだったが、着目すべき点はそこではない。
それとも……
もし、このページを彼が見ていたのなら、この大陸の姿は違ったのだろうか。
もう一つ、気になる本があった。
それは他のような魔導書ではなく、ただの「植物図鑑」だった。これにも栞が挟まっていて、そのページには、一緒に氷漬けにされていた「月下美人」の記されたページだった。
どうやらそれは、この世界では「フェーリフラワー」という名前らしい。
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