3-3
歴戦の経験、生まれつきのスキル、魔法の才能、積み重ねた努力……そんなもの、関係ない。
火力、火力、圧倒的火力。
ローレルの魔法を「火種」とし、ギルバードの魂は大きく燃え上がる。
すべてを燃やし尽くす力が、彼の短剣に集まる。莫大な炎の魔力が「大剣」としてその姿を現す。
「
彼はゆっくりと、その剣を振り下ろした。イングリッドは雷の魔力を吹かしたが、彼の攻撃が避けられないことを悟り、その魔力のすべてを防御に費やす。
瞬間、闘技場は光に包まれる。
少しの沈黙のあと、安全のための防御結界は弾け、熱爆風に観客は襲われた。
……光が収まり、爆風も止まる。頬を撫でる冷たい空気を感じて、誰もが「生きている」ことを噛みしめた。溶けてしまった闘技場に目を向けるが、唖然とし、その状況が理解できずにいる。
確か、イングリッドが初めて見る魔法を使う準備をして、いよいよ本気を見せてくれる場面だったはずだ。ところが、先に攻撃(しかも圧倒的な)を仕掛けたのはギルバードだった。
白騎士は
「……強くなったな、ギル。降参だ」
あの中にいたにも関わらず、ローレルとイングリッドはたった一つの火傷もない。寧ろ、最前列に座っていた観客のほうが被害が大きい。火傷こそはしていないものの、魔法の威力によるショックで気絶している者が結構いる。それを見て、「やべ」と小さな声を漏らすギルバード。
だがこれでも、彼にとっては
まだ黄色い残光を纏う、「太陽の勇者」がそこにいた。
☆
「ディオックス国王の名において、ギルバード・エーメリーを『勇者』に認定する」
堀が深くしわだらけの顔だが、その威厳だけは圧倒的。その男は、僅かに枯れた低い声を響かせた。彼はディオロス五世。現在のディオックスを統治する人物だ。もともと勇者選出制度は、雪が降り始めた当時の国王、ディオロス三世が始めたとされていて、これは十八回目の選出になる。
彼がギルバードにマントを手渡したとき、一同の息を呑む音が聞こえた。だが、当人に緊張感はない。その目に宿るのは「復讐」の二文字だけ。
そして改めて、国王はギルバードに問う。
「エーメリー、この厄災を、絶望を、『死の雪』を、止めてくれるな?」
「……あぁ」
かなり無礼な返事だった。快く思わない者はいたが、それを直接咎める者はいなかった。
続いて、ローレルもマントを受け取った。
ディオックスの王城内、白を基調とした上品な空間。赤いカーペットの上。
国民の誰もが、この悪夢を終わらせてくれると信じて。
「王よ」
言葉を発したのはディオックス最高騎士、イングリッド。
膝をついたまま、玉座の王へと顔を上げる。
「私も、同行してよろしいでしょうか」
そして、彼はその白い甲冑を外した。男性にしてはやや長髪で、艶やかな金髪が外に現れる。主に女性が、それに思わず小さな声を上げた。真っ直ぐに前を見つめるのは、白騎士に相応しい、風格のある美男子。だが、彼の左目の周りは、酷い火傷跡があった。
いや、火傷跡というには少し違う。限りなく火であぶられたような傷に近いが、あれは「死の雪」の傷だ。細胞を殺し、限界まで魔力を引き抜くそれは、組織を黒く変色させるのだ。
右目は宝石のような碧眼。それに対して左目は、死んだ魚のように光がない。それは、彼に壮絶な過去があったことを、周囲に痛感させた。
「……お前には国を守る使命があるだろう?」
「それ以前に私は、エーメリーの、
周囲が驚きと緊張感に包まれる中、王だけがニヤリと口角を上げる。
「ほう。血はつながっているのか?」
「いいえ。ですが、父親です」
半ば睨むように、イングリッドは前を見る。一呼吸おいて、王は言葉を紡ぎだす。
「エーメリーは、国よりも、民よりも大切だと申すか?」
「……はい!」
周囲はどよめいた。国を守るために忠誠を誓った騎士が、今、命令に背こうとしている。中には、先ほどのギルバードの無礼も相まって、耐えられずに野次を飛ばす者もいた。
だが、王は笑った。
「行け、イングリッド。彼らとともに、必ず、この『死の雪』を止めろ。これは命令だ!」
「御意!」
☆
街では、勇者選出を祝して宴が開かれていた。だが、主役であるギルバードとローレルの姿はその会場には無かった。そんな無愛想な彼らでも、「地獄が終わるかもしれない」と国民は期待していたのだ。
騒がしい音が遠くから聞こえてくるところ。魔法学校の寮に、ギルバードとローレル、そしてイングリッドが居た。ここは、皆宴に行っているのか、いつになく静まり返っている。
「ギル、お前こんな古いやつ使ってたのか」
イングリッドはギルバードの短剣をまじまじと見つめる。所々が刃こぼれした剣がそこにあり、あまりにもお粗末すぎる。何とか包丁として使えるレベルだ。なので、新しいのを買ってやろうかと考えていた。
「どうだっていいだろ。どうせすぐボロくなるし。それより、もう寝ないと」
「もう寝るのですか?」
「あぁ。明日には出発だ」
「……相変わらずせっかちですね。そんなところも大好きなんですけど」
「フン」
イングリッドははにかんだ。彼にとって、ギルバードの成長は喜ばしいものだった。だが同時に、復讐に囚われる彼が不憫に思える。立場上こんなことは思ってはいけないのだが、どうせならあの場面で勝って、ギルバードを勇者にしなければよかったとも思うのだ。確かに、ここは狭くて窮屈な王国ではあるが、何も楽しいことがないわけではない。こうして恋人と一緒に居ることもできるのだから、死の雪なんて忘れて幸せに生きることもできる。それが、彼の願いでもあった。
今の彼の心は、もうほとんどが復讐でできてしまっている。傍からならそれは正義なのだろうが、ずっと見守ってきた人間からすれば狂気なのである。
「さて、折角だから俺は飲んでくるかな」
「明日出発だぞ?」
「恋人の間に割り込むお邪魔虫は退散しないとね」
「んなっ……」
そう言って、ひらひら手を振りながら部屋を出た。彼には、ギルバードがどんな顔をしていたかは分からない。
しんとした廊下。誰もいない廊下。歩いている中で、そっと顔の傷を触った。ぼこぼことして、非常に気持ちが悪い。だけど、自然に笑みがこぼれる。
あのとき、生きるのをやめなくて良かったとつくづく思う。自分の魔力が無くなっても、自分の体が溶けてでも、ギルバードを守れたことが嬉しかった。
そう思うと、気持ちの悪いこの傷も、勲章のように感じた。
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