2-5

 三セットやった。恐らく六時間は経過した。

 窓の外に朝日はないが、明るくなっている。しんしんと降り続ける、命を奪う魔法「死の雪」。それを降らせているのは、自分たちに料理を振る舞ってくれた人。

 これをどうやってディアに説明しようか。


 いつまで此処に居座るのかも、考えなければならない。今後の計画を大雑把にでも決めておくべきだろう。正直、自分には答えが見つからない。彼が経験した物事は、俺がどうこう意見を言えるものではないのだ。

 答えを放棄している。逃げている。この、チクリと突き刺さる棘は、これからも消えてくれないだろう。


 サングイスは、「見回りをしてくる」とだけ言って出掛けた。酷く無表情で、いかにも残酷な吸血鬼……を演じているに過ぎないその形で。血のような目の奥に何を想っているのだろうか。

 目の下のクマが、昨日よりも目立っていたように感じた。さほど気になるレベルではなかったが、疲労しているのは確かなんだろう。あの乾いた瞳の意味が、昨日と今日では全然違うように思える。



「……あ」



 俺は、机の上に用意されている朝食を見つけた。まだ作り立てだったようで、湯気が出ている。

 ディアを起こして食べ始める。寝起きでぼんやりとしていたが、食べ物の匂いを感じて、急に腹を鳴らした。ぐぐう、と間抜けな音。なのに恥じらう様子はない。恥という言葉は彼女の辞書に無いようだ。



「なぁ、ディア」


「んえ?」



 昨日と同じように、フォークを握りしめ、頬いっぱいに食べ物を詰め込みながら反応する。



「吸血鬼って、他の動物の血じゃ生きられないのか? そうでなくとも……人間の血を少しづつ飲むだけじゃだめか?」


「……んぐ……無理だと思うぞ。吸血鬼は人間の血だけでしか生きられない。魔物の血は寄生虫がたくさんいるから、飲むと猛毒であることが多いし、仮に飲めたとしてもクソマズイ。かといって人間の血を飲んでも、本能に抗えなくなる。つまり、人間の血を吸いつくしたくなるんだ……もぐもぐ……こうやって、普通に食事をするなら延命は出来るが、それもそう長くはもたんだろう」



 口に物があるときは喋るな、と注意してやりたいところだが、後でいいや。



「……そうか」


「そういえばあいつは?」


「見回り、だってさ」


「へぇ。それで吾輩たちは昨日見つかったのか」


「そうだな」



 やはり、彼女にも話しておくべきだろうか。話したところで、こいつは何も思わないだろうが。「混沌邪神龍」なんだ。人間を殺すことに抵抗はないだろう。

 ……どうでもいい。今は気持ちを落ち着けたい。



「ディア。この『死の雪』について、犯人が分かった」



 ☆



 ディアを連れて、あの地下室へ来た。

 この冷たさは、どこか寂しさも感じる。



「うお、すごいな」



 氷の中で眠る、サングイスの妹。彼女の周りには月下美人も一緒に凍っている。その氷塊を取り囲むように魔法陣が描かれている。そして手前にももう一つ。



「ここでサングイスは、雪を降らせて魔力を集め、あの氷の中の彼女を生き返らせようとしていたんだ」


「……へぇ。ずいぶんとあいつは魔法についての知識があるんだな。相手に見つからないように、魔力を隠蔽する術式が組まれてる。吾輩でも感知できなかったな」



 正直、俺には仕組みが理解できない。魔法陣に書いてある文字も全然だ。



「分かるのか、ディア」


「いや、何となくだ。ここまで大きな魔法陣となると、発生する魔力も大きくなるから見つかりやすいんだ。それなのにここからは魔力を感じなかった。それに、大きければ大きいほど魔法陣を描くには技術が必要になる。吾輩を封じ込めた大賢者が描ける魔法陣がこのくらいだったな」



 そういうとディアは、サングイスの妹の前に立った。氷が溶ければ今にも動き出しそうなくらいに、綺麗な寝顔をしている。その体は壮絶な過去を想像させる、縫合の跡がたくさん残っている。



 次の瞬間、ディアは氷塊を殴り壊した。

 彼女の上半身だけが空気に触れる。



「何やってんの!?」


「多分、この魔法は



 そう言うと、彼女は氷塊の下の魔法陣、恐らく「死者蘇生」の魔法陣に手を当てた。そして、ふわりと頬を撫でる熱気を感じた。同時、彼女の体が淡い紫色の光を帯びた。多大なるエネルギーに髪の毛が浮き上がり、その光は強さを増して行く……。


 そしてついに、何も見えなくなるくらい強い光に包まれた。



「……?」



 光が収まると、元の光景があった。

 突然の出来事に思考できないでいると、動き出したのはサングイスの妹だった。


 彼女は目をはっきり見開いた。



「……なんだ、せいこ……」





「――――うぅうぁ……あぁぁぁ……」





 俺の言葉を遮るように響いたのは、気味の悪い呻き声だった。何を求めるわけでもなく、ただただ「現象」として起こっただけに過ぎない音だった。



「あぁぁぁ……」



 目を限界まで見開いているが、その目の中には光が無い。

 だらんと開けた口からは、唾液が下品にだらりと垂れる。


 動こうともがいているのは分かる。

 だか、手は固定されていて体に力が入っているだけ。


 翼を激しく動かした。

 それは飛行するというより、ただ動かしているだけのように感じた。


 まるで……まるでこれは……



「ゾンビ……?」


「やっぱりな」



 目の前には、あの安らかに眠っていた彼女の姿はなかった。

 生き物じゃなかった。化け物だった。


 ディアはその銀髪に触れる。すっと何か光のようなものがディアに吸い込まれると、彼女は糸が切れたように動かなくなった。



「死者蘇生は不可能なんだ。肉体の蘇生は行えても」


「……」


「吾輩は昔、封じ込められるときに言ってみたんだ。『そんなに魔法の腕が優れているのなら、愛する人を蘇らせてみろ』ってな。大賢者は、なんて返したと思う?」



 ディアは、淡々と、皮肉を言うように。



「――――『』ってさ」

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