1-5

 起きると同時に名状し難い緊張感に襲われて、周囲の無事を確認するとほっとする。毎回毎回これだけは慣れることが無い。最早これが習慣となってしまっているのだろう。


 異世界、というのはどうやら夢ではなかったようだ。

 混沌邪神龍ディアケイレス、どっかの誰かの中二病ノートで出てきそうな名前の少女が隣で寝ている。彼女らしく寝相が悪く、髪の毛は無造作に散らかっている。体には傷を覆う絆創膏や包帯。

 だが、これが父性本能というやつだろうか。子供っぽい彼女が可愛らしい。


 いかんせん三十分は暇だ。だが、完全に目を覚まさなければ意味がない。

 散歩にでも行こうと思って、背伸びをしてゆっくり立ち上がる。瞼が重い。天井でキラキラ輝くクリスタルは、まるで星のようだった。どうやら時間によって明るさが異なるらしい。それが外の太陽に基づいたものなのかは分からないけれども。ぶらぶらと散策してみたが、特にこれと言ったものは無かった。

 これを二回、三回と繰り返した。最低でもワンセットやれば一日は動ける。だが、ここには俺の仕事はない。いや、あるにはあるが、それは急ぎの仕事ではない。

 今俺にできるのは、ディアが起きるのを待つことだけだが……まだ寝ている。


 しょうがないので四回目。連続睡眠をしている彼女は、恐らく八時間近くは眠っている。そろそろ行動を開始してもいいんじゃないだろうか?



「おい、起きろ」


「んにゅう……」



 頬を指でつつくと、少しだけ不機嫌な顔をしてまた眠った。

 クソ……可愛いな。


 何回も思っていることだが、本当にこいつ「混沌邪神龍」なのか? とても化け物をワンパンで屠ってきたとは思えない。


 もう眠くない。

 だから、そういえばと思って「服」を探してみた。今の俺らの服装、装備と言ったほうがいいか? とにかく、俺はパジャマ、ディアはボロ布、RPGで言えば防御力皆無の装備を身に着けている。このままじゃ、なんだか嫌だ。


 色々漁ってみたが、自分たちの体に合うサイズの物がない。それも当たり前なのか。こんなところに子供が攻略しに来るわけがないよな。

 ともかく、下手に着こなせば不格好になりかねない。なるべくサイズが合わなくても変に見えない物……あった、ローブだ。というより、フード付きマント、かな。まぁどっちでもいい。外に出て変にみられるよりかはマシだろう。いやでも、子供二人がマントってどうなんだ? あとはブーツ。なるべく小さいものを選んだが、履き続けると足が痛くなりそうだ。でも、スリッパと素足よりかはよっぽど良い。


 さて、有難く頂戴してしまったわけだが……良かったのだろうか。まだほかにも沢山あったし、そもそも誰にも許可を取ることが出来ないし、いいか。

 となると、やっぱりポーションももらっておいたほうがいいか?


 そう思った俺はディアの方を見る。相変わらず寝相は悪いまま。天使のような邪神龍の寝顔。

 ……怪我をするわけないか。


 アイテムをそろえた俺は、ディアを起こす作業を再開する。揺さぶってみるが、さっきと同じような反応しか示さない。



「おい! そろそろ起きろ!」


「……ん、なんだ、うるさいな」


「出発するぞ」


「そうはいっても、人間の姿で寝るのは久しぶりなんだよ。あれだ、枕っての無いと頭が痛くてしょうがない」


「まさか、まだ寝るつもりなのか?」


「そうだ、モトユキ、お前膝枕しろよ!」


「はぁ……!?」



 俺の言葉を受け流し、ちゃっかり膝枕を要求する。何故膝枕という単語を知っているのかはさておき、まだ寝るつもりである彼女に呆れた。



「はやくしろ」


「……んじゃ、あとちょっとだけだからな?」


「よし」



 なんというか、この無邪気な顔を見てると気が抜ける。俺が正座をすると、すぐに寄ってきた。

 こういうのって、俺が「してもらう側」なんじゃないの? せっかく少年に戻っているのだから、もうちょっと大人なお姉さんにしてもらうのが「テンプレ」なはずなのに……。


 まぁいいや。



 ☆



 さて、初めは眠い目をこすりながら来ていたディアも、今では意識がはっきりしている。ここは十五階層。ここまで来ると整備がされているようで、壁に光る鉱石が埋め込まれて照明の代わりになっている。道も整備されているので歩きやすい。

 ……が、未だに冒険者の姿は見えない。



「ディア。最後に勇者が来たのっていつなんだ?」


「さぁ? 百年位前だったっけ?」


「……体感時間が狂ってても仕方がないか」



 そろそろ冒険者とやらに出会ってもおかしくない頃合いだとは思う。しかし、彼らが最近居た形跡がほとんどない。この世界のダンジョンがどのような扱いを受けているのかは分からないが、安全層セーフティの状態を見る限り、かつては勇者以外の人間も頻繁にダンジョンに訪れていたように見える。

 地上で一体何があったんだ? 「厄災」ってそこまで酷いのか?


 現れる魔物も、どんどん弱くなってきた。しかし彼らは恐れることなく襲い掛かってくる。恐怖を感じていないのか、それともそれすら分からない馬鹿なのか。

 魔物を殺すことに何も抵抗が無くなってきた、わけではない。やっぱり少しだけ気分が悪い。



 ……やっと一階層。魔物からのダメージや、念力の反動は全くない。それどころか、地面からの攻撃のほうがよっぽど体に効く。サイズの合わないブーツのおかげもあって、足の裏が痛い。



「お、やっと外だな」


「ディアにとっては二千年ぶりなのか」


「……そうだな」



 狭い階段の先に、光が見える。そこからは新鮮な空気が流れてきている。冷たいから、においはいまいち分からない。一段、また一段と登っていく。なんだか新しい世界が開けるようで、ワクワクする。

 そして、眩しい光に体が包まれた。



 瞳孔が光に慣れて、周囲の状況を認識できるようになる。どうやら、ここは何かの建物の中のようだった。不愛想な石造りで、特に何かが置かれているわけではない。ずいぶんと前につくられた「遺跡」のようだった。

 しんとした、静かな空間だ。少し肌寒い程度の気温。



「……妙だな」



 隣を見ると、ディアが神妙な面をして呟いた。



「なにが?」


「魔素が少なすぎる。精霊も全然いない」


「……?」



 ディアの言っていることが俺にはさっぱり分からなかった。魔素、って空気中にある魔力のことなのか? だとしたら精霊ってなんだろう。いずれにせよ、俺には感じ取ることができないようだ。


 出口を目指して歩いていると、簡単に辿り着いた。

 ところが、だ。



「何だこれ? 黒い、雪?」



 降り積もってはいないが、空から無数の黒い雪が降ってきていた。灰色の雲ですべてが覆われ、大地には植物の一つも見当たらない。荒れ果てている、乾燥した大地がどこまでも広がっている。


 ディアは何の躊躇もなく黒い雪に触れた。「じゅっ」という音とともに、彼女の指が僅かに黒ずむ。



「やばいなこれ。多分モトユキが触れ続けたら死ぬぞ」


「厄災って、もしかしてこれ?」


「多分。これは強力な闇の魔法が込められているな。周囲の魔素が少ないのも、これが原因だな」


「となると人間はどうなっている?」


「さあな。まぁ、少なからず死んでいる奴はいるだろうな」



 しんしんと降ってくる黒い雪。

 とても悲しみに満ちているような気がしたのは、気のせいだろうか。

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