1-4

 狭い階段を上って、八十八階層へ突入した。

 選手交代して、次は俺が魔物と相手をすることになった。というか、ディアの怪我が治るまでずっと交代だ。最小限の力を意識してあまり血が飛び散らないような戦闘を心掛けた。いや、これを戦闘というには少し違う気がする。なんというか、「殺戮」と言ったほうがいいかもしれない。

 

 最も効率がいいのは「力」で相手の首の骨を折ることだった。そうすれば、魔物は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。血が出ると言っても鼻血程度のものが多い。直接頭は回転させない。中にある首だけお釈迦にする。

 ただ、



「胸糞悪ぃな」


「そうか? 魔物は殺すほかないんだぞ?」



 成すすべもなく倒れていくモンスター。

 頭を百八十度回転させないなら、罪悪感が少しは薄れると思った。


 だけど、やっぱり駄目だ。

 殺すという感覚自体、嫌いだ。


 ただ、ここで慣れておかなければいけない。地上は今「厄災」が起こっているらしいから、これよりも強力なモンスターが沸いてくるかもしれない。情を捨てなければやっていけないってのは分かっている。

 バリアを張りながら進もうかとも考えたが、魔物が張り付けば張り付くほど出力が大きくなって、結局「潰れて死ぬ」という結果になりかねない(というか、さっきなった)。



「ディアは魔物じゃないのか?」


「魔物の一種、とされている。魔物の定義はあやふやだ。人間に害をなす動物は皆、魔物扱いさ」


「でもこうして、仲間になることが出来たじゃないか」


「雑魚と吾輩を一緒にするな。……モトユキまさか、幻魔教なのか?」


「幻魔教? なんだそれ?」


「本来人間の敵である魔物を崇拝する宗教だ。奴らの頭のおかしさは吾輩から見てもやばいぞ」


「どんなふうに?」


「生贄とかいって異教徒を見境なく殺し、死体を魔物に食わせる」


「やべぇな」



 無関心で、無情で、冷静で……まるで蚊を潰すレベルの気持ちで、奴らの首を折っていく。そう心がける。獲物俺たちに指一本も触れられずに死んで逝く。可哀そうだ。何故、彼らは「逃げる」という選択ができないのか。



「それにダンジョンの魔物は、壁からいくらでも沸いてくるぞ」


「マジかよ」



 すげぇな、ダンジョンって。


 心なしか、首の骨が折れる音が大きく聞こえる。

 あんなに図体がでかくて色も派手で角も生えているのに、あっという間に死ぬ。



 ……ヌルゲーだ。



 ☆



 もうずいぶんと長い間、ダンジョンを上ってきた。

 何匹の魔物を屠っただろう。俺という人間は残酷なもんだな。嫌がっている割にはあまり覚えていないのだから。


 ここは五十階層、安全層セーフティだ。基本的には八十九階のときのようにのどかな雰囲気ではあったが、ここにはさらに人工的な拠点があった。とりあえず一旦ここで休むことにした。

 朝なのか昼なのか夜なのか、さっぱりわからない。体感時間だけを基準にする以上、疲れたら休むというのが一番の選択肢だと思う。


 そして、拠点の中には薬箱があった。

 今現在、ディアの傷に消毒液を塗っているわけだが……



いってぇぇぇぇ!! 毒だろこれ!?」


「においからしてエタノールだと思うんだけど……」


「毒だろ!」


「まぁ、ある意味猛毒だよな。菌を殺すんだから」



 医学的な知識などほとんどないから、ガーゼの当て方と包帯の巻き方は滅茶苦茶かもしれないが、何もしないよりはよっぽど良いと思う。恐らく消毒用エタノールである薬品には、「ナルロテ」と書いてある。多分商品名か分子名。日本語で書いてあるわけではないが、不思議と言葉が頭に浮かんでくる。他にもいろいろな錠剤が入っていたが、どれもこれも聞いたことのない名前ばかりだった。頭痛薬とか整腸剤らへんだとは思うが。

 そして、小さなビンに透明な青い液体が入ったものもあった。何か明確な名称が書いてあるわけではないが、多分「ポーション」なんだろう。


 有難く頂戴しておくべきか迷ったが、やめておいた。



「もし毒だったとしても、死ぬことはないだろ? 邪神龍なんだから」


「死ぬかもしれんだろ馬鹿!」



 一通り治療を終えた。

 騒ぎ疲れたようで、ディアはすっかりおとなしくなった。あれだけ魔物を余裕で殺していたドラゴンも、流石に傷を弄られると痛いらしい。そもそも傷がつけられないと意味が無いけども。


 俺の疲労は、ほとんどが長時間歩行によるもの。あとは精神的なものだ。念力を使ったことによる反動は無いに等しい。こうも体が小さいとあれだ、体力もないんだな。自分の身体がこんなにも動かし辛かったなんて、思ってもみなかった。



「寝過ごさないようにしなければ……」



 既に、ディアはすうすうと寝息を立てて寝てしまった。

 ……本当に、こいつは世界を滅ぼしかけたドラゴンなのか? 天使と言われたほうがまだ信じられる。


 まぁいい。とにかく体を休めよう。

 体に染みついた生活習慣、分割睡眠はアラーム無しでもできるはずだ、多分。二時間といっても、実際は保険をかけて一時間半だけ寝ている。そのあと三十分だけ起きてもう一度九十分寝る。これの繰り返し。


 俺がこの世界に来た理由って何だろう。

 あのときの裂け目が、なんでディアのところに通じていたのだろうか。そもそも、異世界って本当にあったんだな。魔法っていう概念もしっかりあるし……。どうにも「偶然」であるとは信じがたい。何らかの大きな存在が俺を故意的にこちらへ送り込んだ、と考えるのが普通か。文字も読めるしディアとも会話できる時点で、脳が弄られていることは確実なんだ。


 とすると、何故俺の体が縮まっているんだ? 何の目的がある?

 そもそも脳をいじった時点で、なぜ「命令」を組み込まなかった?


 いや、もしかしたらこれは夢か? 俺は自殺に失敗して病院に寝ている、とか?

 いやでもそれなら、夢にドラゴンの少女が出てくるのは一体?


 まぁ、いいや。いずれ分かるはずだ。

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