1-3
俺は今、混沌邪神龍ディアケイレスという
薄暗くてしんとした空間。いかにもラスボス手前っぽい雰囲気なここに沸いてくるのは、どれもこれも獰猛で牙も爪も何もかも鋭い化け物。
それをディアは、ワンパンで仕留めていく。
少女が強敵を粉砕する光景に初めは驚いたが、もう慣れてしまった。考えてみれば、このアルトナダンジョンのボスが彼女なのだ。強いのは当たり前だ。
今、この状況に慣れてきてしまっている自分が怖い。
「……九十九階層だというのに、なんだかなぁ」
現在進行形で敵を殴り殺すディア。せっかく洗った傷口に魔物の血を浴びてしまっている。それに気が付いたときにはもう遅かった。そのことを本人に伝えたが、この辺に綺麗な水はないらしい。
「弱すぎるんだよなぁ」
「ディアが強いだけだろ」
「そうかもな」
取り敢えず上層への階段を見つける&綺麗な水を見つける、という目標の下で俺たちは動いている。ディアの話によると、ダンジョンには所々に
不思議なものだ。今日初めて見る化け物だらけなのに、ちっとも怖くない。
寧ろ、可哀想に思う。どれほどグロテスクであっても生き物は生き物なんだ。動いていたものが動かなくなるのは、なんだか少しだけ心が痛い。
☆
アルトナダンジョン八十九階層、
天井一面に光り輝く鉱石があって、まるで外にいると錯覚するほどの明るさだ。地面も硬い石ではなく、芝生になっている。普通に川が流れて魚もいる。俺の知っている魚とは、やはり少しだけ形が違うけども。
「なーんか、ほのぼのした場所だな」
「そうだな。吾輩もこうしてまじまじ見るのは初めてだな」
返り血で真っ赤になったディア。黄金の瞳だけがはっきりとしている。手遅れな気もするが、とりあえず彼女は行水をするつもりらしい。服を着たまま川に飛び込み、澄んだ水を紅色に染める。
「
「そうか」
なぜ、俺は子供になっているんだろう。
今の格好……これは小さいころによく来ていたパジャマだ。水色の肌触りの良いやつ。しかし、これはある日を境に着なくなったもの。その日は自分の十歳の誕生日、「念力」の限界が見えなくなったあの日だ。
恐らく、今の俺の体の年齢は十歳だろう。詳しい仕組みは分からないが、こちらへワープしてくる際に、自分の中で最も強い思いがあるこの日が体に反映されたように見える。
「ディア。次は俺が魔物と戦う」
「そうか」
水の中で傷をさするディア。
遠目からは水遊びをする子供なのだが、その表情は嫌悪に満ちている。水を少しだけ触ってみたら結構冷たかった。六月頭の水泳くらい冷たい。二時間連続とかになれば、最終的にデブとマッチョしか泳いでいないアレだ。
……なにも水に入ることは無かったのに。アホなんじゃないか、こいつ。
ドラゴンとは言い難いその光景を眺めていると、突如として地響きが起こった。
割と強い。天井にあるクリスタルが落ちてこないか心配になる。日本だと、津波でも起きてしまいそうなくらいの揺れ。
「これはあれだな。襲撃ってやつだな」
「襲撃? なんだそれ」
「安全層と言えど、絶対安全ってわけじゃない。単に魔物が沸かないだけ。だから他の層から降りてくる場合もある。整備されてない深層なら尚更だ。こういう魔物は大体強いぞ……まあこれはあくまで人間目線の話だが」
「へぇ……」
――――轟音。
恐らくこれは咆哮。音の大きさから、身体の大きさが想像できる。クジラくらいだろうか。そのあとに、ズシンズシンと足音が近づいてきているのが分かった。
「あれは、下手すれば九十九階層の雑魚よりも強いかもな」
ぬっ、と現れたのは「石の巨人」。
灰色の肌に覆われている筋肉が盛り上がりすぎて、まるで岩がそのまま動き出したかのような風貌。顔面は人間に近いようだったが、ぎょろりとした縦向きの目玉が五つ並んでいる。
恐怖心を直接撫でられたような感覚だった。鳥肌が全身に立ち冷汗を掻き始めたところで、やっと「なんてことない」と気が付いた。そうだ、こちらには最強のドラゴン様も無限の念力もあるじゃないか。
「
「どうやって降りてきたんだ?」
層と層をつなぐ階段は結構狭いイメージがあった。あの巨人があそこを通れるわけがない。
「多分、天井が壊れた」
「え、大丈夫なのこの層。崩れて潰れたりしない?」
「安心しろ。ダンジョンの壁はすぐに直る。天井もな」
すげぇな、ダンジョンって。
さて、俺の目の前にいるのは割と強いらしいモンスター。初戦闘はスライムが定番だと思っていたが、いきなり中ボス辺りにエンカウントしたな。
いや、ディアとのやり取りを含めれば、俺はいきなりラスボスと戦った(?)のかもしれない。
だが一つだけ問題がある。力の制御についてだ。
力の限りに叩き潰してやってもいいが、その後が心配だ。大きな力を使うとそのあとしばらく加減が出来なくなってしまう。だから、ディアの結界を壊した後は力を使わないでいた。下手すれば彼女を潰してしまうから。それなりに時間が経ったから感覚は元に戻っている。できるだけ弱い力で倒したいところ。
弱点は人間と同じはず……なら、
「狙うべきは、首」
首の骨をへし折るようなイメージ。ぐっと掌を握るタイミングと合わせて、奴に「力」をかける。
――――ゴキン、と嫌な音がした……気がしただけかもしれない。
だが次の瞬間、巨人はぐるりと白目を剥いて膝から崩れ落ちた。
「すっげぇな。モトユキ」
ディアが目を皿のようにしてこちらを見ていた。尊敬というよりかは、新しい生物を目の当たりにした時の驚きの方が近いようだ。
ふと、俺は自分の掌を見つめ、もう一度ぐっと握った。
「どうしたんだ?」
「いや、なんかな……命を奪う感覚って、嫌なもんだな」
「慣れないとやっていけないぞ、ってか魔物を殺ったことないのか?」
「……まぁな」
「つくづく変な奴だ」
改めて実感する、「命を奪う感覚」。
そりゃあ、今まで幾千もの家畜を食らってきた俺が綺麗ごとを立て並べるのはおかしいけども、どうしても疑問に思ってしまう。こんなことをするためにこの能力があるのだろうか、と。
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