48話 トゥルー 新たな真実

「ならば教えてあげよう。君の正体を、何処で何故生まれたのか! そしてその身に迫る死の恐怖を!」


突如として襲ってきた強力なベルゼリアン、ドラキュラがその口から龍二の秘密を話すと言う。追い詰められた末の苦し紛れ、狂言…….そんな可能性があるのにも関わらず、龍二は何故かその言葉に耳を傾けていたのだった。


「聞くな青龍! こいつの能力を忘れたか!? 時間を稼ごうとしているんだぞ!」


 龍二から少し離れた位置から朱里がとどめを刺すように促してくる。


「だが……俺は……」


 朱里の言うことは尤もだ。敵はとても強い再生能力を持っている。短時間に圧倒的な火力を叩き込まなければあっという間に戦況が元に戻ってしまうのは目に見えているはずなのだ。それでも、龍二は振り上げた大剣を振り下ろすことができなかった。


「今やらねばいつ倒せるか分からん相手だぞ! とどめを刺せ!」


 叫ぶ朱里、それでも動く様子がない龍二をみて、それならば自分がやるとばかりに飛びかかろうとする朱里を、咲姫がそっと手を伸ばして制止する。


「おやめなさい朱里。自らの事を知りたい彼の覚悟……止めることは許しません」


「しかし、奴は!」


 遮る手を払ってでも進もうとする朱里、しかし咲姫の決意の固さを表すかのように、腕は少しもぶれること無く遮り続ける。


「はは、僕を今殺せば不利益になるのをお嬢様は分かっているらしい」


 大剣を今も向けられているにも関わらず、怖気ずく様子も見せずにドラキュラが笑った。


「戯れ言は要らん! 早く答えろ!」


 切っ先を喉元に軽く触れさせて龍二が脅しを掛ける。


「おお、怖いな。これじゃあ、適当な事を言ったら殺されちゃうねえ。じゃあ、まずは、一番知りたいだろう、君の正体を教えてあげようか――」


 怖いなどと微塵も思ってもいないのにも関わらず、怖いとニタニタと笑いながら言い放つ。その様子を見て龍二は更に剣を握る力を強める。


「十七年前に作られたベルゼリアンのプロトタイプ……それが君さ。それも失敗作のね」


「失敗作……? 元々ただの人間などと思ってはいない。それで動揺させるつもりならば、生かす価値も無かったな」


 失敗作と言う言葉には引っかかるが、龍二はそう衝撃を受けている訳ではなかった。この力の根源がベルゼリアンなのだと言う事は気付いていたし、生まれた時期を考えれば古いプロトタイプ型なのも理解できる。碌な情報が無いならばトドメをと考えていたが、話はまだ続く。


「重要なのはここからさ。こんなにも力のある君が何故『失敗作』なのか……その秘密だ」


 そう、失敗作。この言葉だけが龍二の胸を鷲掴みする様に離さない。失敗ということはなんらかの欠陥があるはずだ。それが何なのか、知るべきかどうかすらわからないが、今は言葉を聞くだけだ。


「僕たち普通のベルゼリアンと君の最大の違い。それは人間を食べない事だろう? 人間の味方をする君には都合が良いのだろうけど、それがどのような結果をもたらすか」


 ドラキュラの笑みが邪悪なものに変わっていく、話したいことはここからのようだと感じさせる。


「そもそも僕らが人を喰らうのは、人の因子を体に取り入れるためさ。下級は体を保持するために、僕ら上級はそれに加え知性を保つためにね。でも初期型にはそもそも、人間を食べるなんて仕組まれてないのさ。その意味がわかるかな?」


 確かに龍二は人を食べない。ベルゼリアンであるとわかりながら、そんなことは自分には必要ないのだと単純に考えていた。今までも人を食べずに過ごしていたのだからこれからもそうであるに違いない……そう思い込んでいたのだ。


「補給手段を持たず、体や知性の保持を前提としていない。つまり君の正体は、使い捨ての生物兵器ってことさ! こんなに長く生きるのは予想外だっただろうが、もう残された時間は長くない。激しい戦闘と、この前の僕の眷属のドレイン……それが君の生命の蝋燭を溶かし、戦い続ければ……エネルギー切れで君は死ぬことになる!」


「戦えば……死ぬ……」


 龍二の手から力が抜けていく。確かに前の戦いで血を吸われた後から、体の回復力が落ちていた。それがエネルギー切れの予兆だと納得できる。奴の言葉は嘘ではない。そう思うと龍二を恐怖が包む。


「さあ、続きをしようか! どんどん力を使って体力を消耗したまえ! 僕を殺せるのが先か、君が死ぬのが先か! 楽しいチキンレースと洒落込もう!」


 龍二の動揺を察したのか、ドラキュラが身を翻して再び戦闘態勢を取る。それなのに龍二は動こうとしない。


「腑抜けている場合か! このっ!」


 このままではいけないと朱里が二人の元に走っていく。立ち尽くす龍二を跳ね除け、戦闘行動を開始する。


「朱里、仕方がないけどここは仕切り直しといきましょう。アレで行きますわ」


「承知しました。タイミングはそちらに!」


 至近距離で目まぐるしい格闘戦を繰り広げる朱里とドラキュラ。しかし、押されているのは朱里だ。ドラキュラが龍二にやられた傷は既に回復して、全力で朱里に襲いかかっていた。だが朱里も闇雲に戦いを続けているわけではない。


「閃光、行きますわ!」


 タイミングを見計って咲姫が小さなボールを二人の間に投げつける。ボールは二人の近くまで飛ぶと中から閃光が溢れ出てきた。


「取ったぞ!」


「クソッ! 小賢しい真似を!」


 光が周りから消え去った後、そこにあったのはドラキュラの体を鷲掴みし、身動きを取れないようにしたまま上空に飛び上がる朱里の姿だった。


「お迎えは後で。行ってまいります」


「ええ、存分に空の旅を」


 朱里は咲姫と短く言葉を交わすと急上昇。そのまま地上からは小さな光にしか見えなくなった。


「後は川にでもポイ捨てしてやれば、吸血鬼には効くのではないかしらね」


 空を見上げて自らの従者の様子を見届けた咲姫。だがこれで全てが終わったわけではない。視線を空から地上に移し、放心したまま立ち尽くす龍二に言葉をかける。


「朱里の言う通り、腑抜けている場合では無くってよ? 残された時間が少ないならば、やれることは今のうちにやっておかなければ」


「ああ……俺にはまだやるべきこともある。まだ……死なない」


 強がって気丈に振る舞っているも、龍二の手は震えていた。逃れられないタイムリミット、それを一番実感していたのは龍二本人なのだ。


「朱里も行ってしまったし、屋敷まで送ってくださる? そこであなたの体をもう一度調べてみますわ、奴の話の真偽もそこで確かめます」


 冷たい風を浴びながら、二人は紅神の屋敷へと向かっていった。




「ともかく! これから青龍の姿になるのは禁止します。戦闘はわたくし達に任せてあなたは身を休めなさい」


「……わかっている」


 数日後、紅神の屋敷のメディカルルーム。大層な医療機器に囲まれながら、龍二は身体の検査を行われていた。


「あ、あの……龍二君の体って、今どうなってるんですか?」


 話を聞いて心配で押しかけてきた愛、里美、七恵、虎白の四人。その中の愛が真剣な眼差しで咲姫に問いかけた。咲姫はデータの記された紙をパラパラと眺めながらその疑問に答える。


「前回こちらで調べた時よりも、青龍の姿になる度に生命活動が弱まっているのは確認できましたわ。今の姿なら消耗は少ないのですけれど……これから先どうなるかは……」


「戦う度にエネルギー切れに近づく、嘘ではないようだな」


 診察台から降りた龍二が検査のために脱いだ上着を着て愛達の元へやってきた。愛が心配して龍二の元に駆け寄るが、心配なのは愛だけではない。


「やっぱ、私達が首を突っ込めることじゃ無かったんだよ。今なら警察もいるし、おとなしくしてたほうが」


「死んでしまっては元も子もないですからね。先輩方の事は私が守りますから」


 これ以上戦いに関わるべきではないと思う里美と、自分が龍二の代わりとなるために戦おうとする虎白。両者とも龍二と思いやっての事だが、意見は少し食い違う。


「私は虎白も手を引いた方がいいと思うけど」


「そう言うわけにはいかないですよ、私をこんな体にした奴を私は許せませんし、この街中で好き勝手にしてる奴らを見て見ぬ振りはできません」


友人にこれ以上危険な戦いをしてほしくない気持ち、自分のためにこれからも戦い続けたい気持ち、その両方とも心からの願いだ。しかし平行線を描いた二つの思いは交わらなかった。このままでは口論になると龍二が口を挟む。


「俺が戦う必要は、もうないのかもしれないな。あれだけ戦ってきながら、どうやら俺は死ぬのが怖いらしい」


「あ、当たり前だよ。誰だってそんなの怖いに決まってる……と思う」


 弱音を吐いた龍二を弱い言葉ながらもフォローしようとする七恵。


「そういうもの……なのだろうな。長く検査して体が鈍った。気分転換に外に出てもいいだろうか」


「構いませんわ。庭で朱里の手入れした花でも眺めると良いでしょう、あの子はお花も好きなんですのよ」


「わかった、花はわからんが一度見てみるさ」


 そう言うと伏し目がちに龍二は外に出ていった。


「わ、私も気分転換したいなーって! 外の空気吸ってきまーす!」


 愛も慌てて追うように部屋から出て行った。嫌な予感がしたのだ。確証があるわけではないが龍二の背中を見ていると、どこか悲しみを背負っていながらも、何か吹っ切れたかのように感じた。もしかすると他の人間には言わずに何か嫌な決断をしたのかもしれない。それを知りたくて体が勝手に動いていた。


 広い紅神の屋敷を龍二を探して歩く。そう急いではいなかったはずなので、早歩きならすぐに追いつくかと思っていたが、入り組んだ屋敷では中々居場所がわからなかった。やっとに見つけた頃には、屋敷の門の前だった。


「見つけた! お庭に行くんじゃなかったの?」


「……愛か、迷ってしまってな。全くこの屋敷は広すぎる」


 いきなり後ろから声を掛けられて驚きながら、龍二が振り向く。言葉は平常を保とうとしているものの、顔はどこか悲痛に見える。無愛想な癖に感情を隠すのは下手らしい。


「嘘。ここに来たって言う事はどこか違う所に行きたかったんでしょ? どこか遠くに行って、何もかもから逃げ出したい……そんな顔に見えちゃうな」


「君の事は誤魔化せんか。……そうだ、俺は逃げる。あれだけ君達を守ると言いながら、いざとなって何も出来ないなど、情け無くて仕方がないんだ」


 自分の思いを見抜かれたと観念したのか、龍二が胸の内を打ち明ける。よっぽど辛いのか、愛とは目を合わせようとしない。


「今の俺は電池切れを待つ子供の玩具。戦えない俺が君たちの傍に居る理由などないだろう!」


「違う……違うよ龍二君! 戦えるとか守るだとか、それが私たちが今まで一緒に居た理由なの!?」


「少なくとも俺はその為に隣に居た!」


「じゃあ龍二君は、私達の事なんとも思ってなかったの!?」


「そうだったらここまで戦ってはこれなかったさ! だが今は違う! 俺にはもう力も時間も残されてちゃいないんだよ……!」


 顔をしかめて悔しさを滲ませる龍二。悲痛なその表情を前に、愛はそれ以上何も言う事は出来なかった。


「さよならだ、これからはこんな化け物の事は忘れて普通に過ごすと良い」


「待って、待ってよ!」


 そう言い残して門をくぐり何処かへ去っていく龍二。愛は手を伸ばして止めようとするも、その手が届く事はなかった。

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