45話 ニューストラテジー 限界を超えて

「ふん! どりゃあ!」


 龍二が剣を振り下ろす。周囲にあった大木が一つ残らず倒れていった。


「はむっ!あむっ!」


 愛がサンドイッチを食べ尽くす。弁当箱にあったランチが一つ残らず胃に入っていった。


「チェエエストォ!」


 まさに一刀両断。あまりの勢いに気合の雄叫びが木霊する。


「うまーい!」


 まさに暴飲暴食。あまりの美味しさ歓喜の雄叫びが木霊する。


「……明らかにミスマッチすぎる光景だ!」


 豊金高校の裏山で、里美のツッコミが響いた。龍二が紅神邸で目を覚ましてから数日後、愛達四人は強くなる必要があると言う龍二の修行に付き合っていたのであった。


「すまない、少々声が大きかったか。俺の事は気にせず昼食を食べてくれ」


「いや、気にしてるっていうかさ……」


 行楽気分でランチを食べようとしたそのすぐ隣で、屈強な竜人が剣を振り回していては気が散って仕方がないし、龍二の技術ならばないとは思うが、切り裂いた木の破片でも飛んでくるのではないかと気が気でなくて呑気に食事を続けれるのは愛ぐらいだ。


「これでは修行なのかピクニックなのかわかりませんね」


 いや、もう一人食事を続けている者がいた。虎白もこの状況で食欲を優先できる人間の一人である。


「大体、山籠りで猛特訓だって時に要るか? レジャーシートとお弁当!」


「いや、助かるぞ。休息する時に良質な食事が取れるのは有難い」


 里美の再びのツッコミを前にやっと龍二の剣を振る手が止まり、人の姿に戻ってレジャーシートの上に座る。壁にぶつかった時、龍二は決まってここ、裏山の奥で無心になって修業をする。普段は一人きりなのに対し、今回愛達が弁当を持って付いてくると聞くと大変喜んでいた。


「ね! 強くなりたいなら私の愛情たっぷり手作り弁当は不可欠よ」


 水筒から麦茶をがぶ飲みし、デザートにと入れたウサギの形に皮を剥かれたリンゴを丸ごと食べて、ドヤ顔を決める愛。


「7割ぐらいは私が作ったんだけど……良いのかな」


「後2.7割は私が」


「遠藤先輩0.3割しかやってないじゃないですか!」


 七恵の言う通り、今回持ってきた弁当のほとんどは朝早起きした七恵と、後からやってきた料理上手の里美が少し手伝ってできたものだった。一方愛はと言うと、ほとんど調理が完成した段階でやってきて

味見が必要だと良いながらつまみ食いをしていただけである。 


「いや、私色々やったよ!? 味見係と……キャラ弁の色彩監修」


「色彩監修って……こういう事ですか」


 虎白が先輩たちに見えるように舌をべーっと出した。その色は綺麗なマリンブルーに染まっていて。


「何ですかこれ! 舌がブルーハワイ食べたみたいに真っ青! お米を食べてこうなるの初めてですよ私!」


「こ、これぞ特製青龍ライスだよ。着色料は入れすぎたけど味は最高でしょ!?」


「ああ、具の鶏肉が冷めていてもパサパサせず、とてもジューシーだ!」


 七恵が作ったチキンライスに、大量の着色料を混ぜ、海苔とスライスチーズで顔の模様を描いだ特製青龍ライスを愛と龍二が食べる。もちろん虎白と同じく口の中は真っ青になる。


「ね、ね。 このまま火を吐いたら蒼い炎になるんじゃない? やってみてよ龍二君」


「火事になるし青い炎はそういう仕組みじゃない!」


 里美が今にも青龍に姿を変えそうな龍二を抑える。


 


「さて、そろそろ訓練を再開するか」


 多めに作ってきた弁当が全て空になると、せっかく食事を共にしたのだから愛達と一息ついても良いだろうに、龍二が柔軟体操をし始める。昼食の前にも長時間訓練をしていたのだが彼にはまだ物足りないようだ。


「もうですか? 食べてすぐ動くと体に悪いんじゃ……って気にするほど軟じゃないですかね それより、一人じゃできない方法で鍛えましょうよ」


 龍二に続いて虎白も大きく伸びをしながら立ち上がった。どうやら新しい訓練の案があるらしく。


「模擬戦といきましょう? 動かない木偶相手じゃ退屈ですよね」


 ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる虎白に、龍二も望むところだと余裕を見せ答える。


「構わんが……怪我をさせずに戦えるほど器用ではないぞ」


「こっちの心配している場合ですか? 手加減できないのは私もです。本気で行きますよ」


 先ほどまで和気藹々と食事を共にした二人が、睨み合う。巻き込むわけにはいかないと、愛達からジリジリすり足で離れながら、しかしいつ相手が仕掛けてきても対応できるように視線は逸らさない。


「二人とも無茶はしないでよ……?」


「この場合どっちを応援したら良いんだろ」


「どっちもすれば良いんだよ! 頑張れー! 勝ったらジュース奢ったげるー!」


 思い思いの応援を浴びながら二人の姿は青龍と白虎に変化していく。それを合図に、模擬戦ながらもお互い真剣な戦いの火蓋が開かれた。


「速度で私に敵う訳が!」


「単純に突撃してくるだけでは!」


 最初の一撃を鋭い爪で仕掛けたのは虎白だった。しかし速さのために単純で直線的な動きの攻撃は龍二の剣によって防がれ、白虎の爪と鍔迫り合いのような形に。


「体の中から生み出す剣なら、ノータイムで構えられるって事ですか、流石先輩」


「朝霧、君もやろうと思えばできる、剣は無理でも質量で押し切る鈍器一つなら……」


「ごめんなさい、私直感派なんです。道具なんか使ったら勘が鈍っちゃう」


「手段が増えて困ることはないと思うがな……それがお前流ということか!」


 剣を大きく振るい、虎白を弾き飛ばす龍二、虎白の背後にある大木に叩きつけ、ダメージと共に距離を取り、仕切り直しを狙っていた。


「よく……おわかりでっ!」


 しかし龍二の狙い通りにはならない。叩きつけられるかと思われた所で、両足で大木を蹴り飛ばし、水泳のターンの要領で反転、そのまま龍二に襲いかかる。弾き飛ばして剣を振るう際、大きな隙を作った龍二は攻撃をもろに受けてしまう。


「ちいっ!」


 攻撃を受けたからと言って怯んではいられない。音速の白虎に隙を晒し続ければ何百もの爪による斬撃を与えられてしまう。体制を立て直す為にジャンプで木々の間に隠れる。


「それで私の手から逃れられるとでもっ!」


 木々の間を超高速で移動する白虎と青龍。その姿は既に愛達には捉えきれず、見えなくなっていた。


「ど、どっか行っちゃった……」


 ついていけないとばかりに、ぽっかり口を開けて愛は唖然としていた。




「殺し合う為じゃない、自分の強さを見せつけ合う戦い! それがこんなに楽しいなんて!」


 森の中を移動しながら戦う二人、そのスピードは常人の肉眼では捉えられるものではなかった。全速力のぶつかり合い、虎白はそこに高揚感を感じずにいられない。


「体の内から湧いてくる闘争本能に身を飲まれるなそれはこの体の悪影響なんだ、抑えろ! 力が君を使うんじゃない!」


 溢れ出る高揚感をベルゼリアンの力の副作用だと一蹴する龍二。力と表裏一体の破壊や闘争の衝動、それを律する事で戦士として強くなれる。そう言いたかったのだが。


「そうじゃないですよ! 私は直感派って言ったでしょ! 闘争本能なんてものは、乗りこなして力にする!」


 言葉通りに闘争本能をそのままぶつけたような粗削りな連撃、その一つ一つを防ぐのは難しいことではない。しかし、スピードを活かし攻撃の回数が増えていけば防ぐのは段々と難しくなっている。このままでは押し切られるのは目に見えている。ならば攻勢に出るしかないと肉を断たせて骨を断つ覚悟で剣を振るう。飛び散る火花。


「感じる! 本気と本気をぶつけ合い、攻撃が火花を上げる瞬間に! あなたの心が!」


 本気の攻撃、その中には必ず感情が宿る。それはその攻撃が研ぎ澄まされていればいるほど、剥き出しなほどに現れ、相手を追い込もうとする感情は戦いの中に居る二人にだけ伝わる。


「戦いの最中に余計なことを!」


 それでも龍二はそんなものには流されるか、と虎白の言葉を気にかけずに攻撃を続ける。今の状況で虎白の戦いを楽しむような感情を過敏に感じ取ってしまえば、それに飲まれると無意識に思っていたのかもしれない。


「強がってぇッ!」


 咆哮と共に叫びが、白き毛の中に小さく見える黄色の瞳がギラリと光ったかと思うと、龍二の体が宙を舞い、剣を手放し、視界の地と空がひっくり返る。そうなってやっと攻撃を食らった事を気づいたのだ。地面に叩きつけられて空を見ると、目の前に白虎の爪が鋭く光る。


「先輩、あなた今……迷ってることがあるでしょう? だからその心のブレが動きにも伝わった、そうじゃないですか? ホントのあなたはこうは弱くない」


「何が言いたい!」


 爪を突き付けながら、心を迷いを指摘する虎白。


「そしてそれは女性の……もっと言えば遠藤先輩の事だ。だからこの場で隙を作った」


 虎白が龍二を追いつめたこの場所は、愛達の近くだった。戦いに巻き込まないために移動をしていたはずだったのだが、いつの間にか元の場所に戻っていたのだ。虎白は愛が視界に入ったことで迷いから動揺が生まれたと推理する。


「……悔しいが当たりだ、戦いの中で通じ合うものがあると言うのも、嘘では無いらしい」


「先輩ほどの人間に、そんなものがあるなんて少々驚きましたよ」


 虎白がとどめを刺し勝利するまでその気になれば0.1秒もいらない。だがそうしないのはこの結果に不満があるのだろう。本当の龍二ならこうも簡単に勝てない。


「こ、虎白ちゃんの勝ちなのかな?」


「いや、勝敗がついたなら二人とも元の姿に戻るはず。まだ二人とも戦う気だよ」


 戦いが終わったと思い駆け寄ろうとした七恵を制止する里美。愛達三人はこの状況をかたずをのんで見守っていた。


 自らの心の迷いを見抜かれた龍二は目を閉じる。迷いとはもちろんあの夢……愛の事をどう思っているか聞かれた妙な夢の事が切っ掛けだろう。もう一度考える、自分は……愛の事を守りたいと思っているはずだ。だがそれは愛個人だけではない。周りの里美や七恵を含めた物で……だが愛が自分の存在を求めてくれるなら……いやそんなことがあり得るのか。堂々巡りで愛への感情に答えは出ない。それでも……決心して目を開ける。その目は前とは違う。何かを振り切ったように。


「……俺の中にも迷いはある。だがそれでも敵は、俺の周りを脅かす脅威は待ってはくれない。ならば、迷いながらでも、苦しみながらでも! 強くなり、目の前の敵を切り裂く!」


 迷いを振り切ったように見えた目は実は少し違う。振り切らず抱えてでも悩みとも戦いとも全力で戦う決意の目だった。


「試すには早いが見せてやる。これが特訓で生み出した、今の俺の全力だ!」


 そうは言われても、この優勢な状況をみすみす見逃すほど虎白も甘くはない。啖呵を切った所悪いが決めさせてもらおうと虎白が爪を突き刺そうと動かした。そのはずだった。


「ッ――いつの間に!?」


 知らない内に再度手に持たれていた剣で爪は弾かれた。拾いなおしたのかもう一本生み出したのか知らないが、無効化してやろうとその刃をつかみ取る虎白。だがその思惑は外れ、目の前の光景に驚かずにはいられなかった。


「二刀流ってこと!?」


 あり得ない、剣がまた一本出現している。こちらもつかみ取ろうと考えたが、その場合両手が塞がり攻撃手段がなくなる。剣が一本増えたところで、スピードでかく乱すれば問題ないだろうと、虎白が後ろとびで距離を取った。


「これで終わりではない!」


 青龍に牽制で使えるような飛び道具はない。虎白は今までそう思っていたがその前提は崩れ去る。せっかく生み出した二本の剣を、躊躇せずにこちらに投げ飛ばしたのだ。だが音速のスピードで戦う白虎は動体視力も高い。放り投げられた剣など止まって見えると弾き飛ばす。


「まだまだぁ!」


 やはりこの投げた剣は牽制だ。手ぶらになった今どんな攻撃を仕掛けてくるのかと剣から龍二に視線を戻すと、そこには虎白が驚愕する光景があった。


「そのリソースはどっから持ってきてんのよ!」


 虎白が悪態をつくのも無理はない。向かってきていたのは、指と指の間に剣を挟み、一つの手に四本の剣を持っている。それが両手で合計八本の剣を構えた青龍だった。


「これが俺の、インフィニートスパーダだァッ――!」


 八本の剣が虎白を襲う。持ち前のスピードで回避しようとしても、一本の線の斬撃から数が増えた事で面を切り裂く攻撃に変化したせいで回避は容易では無い。ジリジリと後退しながら避けるしか選択肢は無く、そしてそれにも限界が訪れる。


「やられる!?」


 後ろがダメなら横に飛んで避けようと虎白が考えるも、それを先読みした四本の剣が右を塞ぐ。ならば左と考えるも、流れるようなもう四本の剣が左も塞ぐ。その瞬間に左右どちらに良ければいいか判断できずに立ち止まってしまい、それが大きな隙を生んだ。ここで攻撃が止まる訳もなく。やられる、思わず虎白は目を閉じる。


「……あ、あれ」


 痛くない。不思議に思い目を開けてみると、防衛本能で勝手に出た手が爪で剣を受け止めていた。渾身の攻撃を受け止めたのだから反撃に受けるかと思いきや、虎白は人の姿に戻っていく。


「今の剣のブレは迷いじゃない……わざとですね」


 龍二の本当の全力を味わったからこそわかる。あれほど研ぎ澄まされた剣が咄嗟に防御を出来る場所に振り下ろされる訳が無い。そしてその真意も、なんとなく読み取れる。


「全力と言っておきながらすまんな、模擬戦なんぞで女性の顔は切れん」


「女だからって舐めているのですか! と言いたい所でしたが、顔を傷つけられるのは御免ですね。……はぁ、今回は私の負けですよ」


 女性の顔は切れない。龍二のデリカシーに期待はしていなかったが、意外と気の使える人なのかもしれないと虎白がホッとした。手を緩めなければ確実に自分が敗北していた状況。素直に負けを認めるしかない。


「なら、今日はこれで終わりにしよう。体力のいる戦法を使った。限界が近い」


 勝敗がついた事でやっと龍二も人に戻る。今までは一回の戦闘で良くて二本使えばよい方だったのに、これほどに剣を生成すれば体力の消耗も激しい。肩の力を抜いて深呼吸をした。


「ありがとうございます。私、自分の顔には自信があるんで。傷ついたら泣いちゃうところでした」


「む……な、なら直前で止めて良かった……のか」


「まったく、冗談ですよ」


 悪戯っぽく笑うその顔に傷は一つも存在しない。綺麗に整った顔で負けたの言うのに笑いかけられて龍二はふと目を逸らした。


「龍二君が勝ったー! おめでとー!」


 戦いの熱気から解放される二人、そんなところに愛が真っ先に勝利した龍二を祝おうと走ってくる。


「虎白もナイスファイト。一度追い詰めた所とか、すごかった」


「うんうん、もう一回戦えば、次はどうなるかわからないよ」


「ありがとうございます。あんな新技を見せられちゃ敵いませんよ」


 後に続いて里見と七恵も。負けてしゃがみ込んだ虎白に手を伸ばした。


「ところで青木先輩。お悩みについてですが……私から言えるのはただ一つ。直球直感で勝負、です。それでダメなら骨は拾ってあげますよ」


 はしゃぐ愛とその対応にたじたじの龍二の間に割って入って、虎白が龍二の肩を叩いた。


「え、何なの悩み事って。お姉さんに相談してみなさい?」


「いや、何でもないぞ! 悩みなど存在しない!」


 悩み事と聞いて更に詰め寄る愛に、何でもないと強がって見せる龍二。だがそれで納得する愛ではなく、二人は言い合いを続けていた。


「また強がって……まぁ、あの二人ならどうなってもくっ付いちゃうでしょうけど」


 やれやれと肩をすくめる虎白。このバカップルなら、まぁ何があっても上手くやっていくだろう。


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