43話 バレット 決着の弾丸と紡がれる絆

「……思ったより早かったな」


 バイクに乗り、迫りくる魔の手から逃げる宗玄と里美。だが予想よりも早い敵の襲来に対処を迫られる。


「井ノ瀬さん、悪いけど一度ここで止めるね。傍から離れないで」


 これ以上逃げてもすぐ追いつかれる、ならば周りに人もいないここで迎え撃ってしまおうと、河川敷にバイクを止めた。


「で、でも応援が来てる場所ってここじゃないですよね!?」


 里美が周囲を見渡しても警察の姿は見えず、応援が来ている場所とはとても思えなかった。不安に思いながらも動きを止めたバイクからゆっくりと降りる。


「大丈夫さ、予定とは違っても奥の手の一つぐらい用意してる!」


 バイクを路肩に止めて拳銃を構える宗玄。その視線の先には里美を自らの糧にしようと襲い掛かるドラキュラの姿があった。


「お待たせしたね、随分と氷を砕くのに手こずってしまったんだ。でも追いかけっこはもう終わりだよ」


 日も落ちてきて暗くなり始めた空を舞う一人の怪物。一度足止めをされても諦める気はないらしい。むしろ小癪な手で食事の邪魔をされたことにかなりの苛立ちを覚えているように見える。


「わざわざ追ってこなければ痛い思いをしないで済むのに……悪いけど問答をする時間もない、来いよ吸血鬼。とびきりのヤツを食らわせてやる」


 今宗玄が構えている拳銃は先ほど使っていた物とは違う。特殊な弾丸を打ち出すための特別製。奥の手とは、この銃から放たれる弾丸、徹甲炸裂弾の事だ。敵の体の中でその名の通り炸裂し内部に甚大なダメージを与えるこの弾はその威力から上層部の使用許可を得なければ使用できないのだが、通報を受けて向かったわけではない今回は許可を取っている時間がなかった。なので無許可で使用してしまえば後で問題になることは必須。正に奥の手だった。


「言われなくともこちらはその気さ!」


 無許可で発砲の上に外したとなれば踏んだり蹴ったり、確実に命中させる必要があると宗玄は相手を挑発した。苛立ちもあってかそれに乗ってくるドラキュラを見て、占めたとマスクの裏で口角を上げる。徐々に狭まる距離、一度凍結粒子によって痛い目にあったことを考えると至近距離には近づいてこないだろう。むしろそれさえ気を付ければ危険な攻撃がないと慢心している。それが隙だ!


「やる気十分なところ悪いが、あっけなく決めさせてもらう!」


 宗玄の銃が火花を散らす。放たれた弾はドラキュラの土手っ腹に吸い込まれるかのように命中する。


「だからさ、銃なんてこの僕に効かないって……ぐっ!?」


 銃弾を喰らっても何食わぬ顔で攻撃を仕掛けてこようとするドラキュラ、しかし数秒後に顔が苦痛に歪む。


「お前……今度は何を……ううっ!」


 体を引きちぎられるような痛みがドラキュラを襲う。痛みは腹からじんわりと体中に広がり、視界が血で赤く染まり、胃の中になんとも言えない異物感。手足の感覚は気づいたときには一切無くなって、自らが肉の塊になったように錯覚してしまう。全身が法則性もないでたらめな動きで痙攣しながら倒れこむ。倒れてからも陸に釣り上げられた魚のように痙攣は止まらずに跳ね続けた。


「な、何したんです……?」


 言われた通りに宗玄の傍から離れず、戦いを見ていた里美が恐る恐る宗玄に尋ねる。


「体の中からズタズタにする特別な弾を食らわせてやった……死なないとはいえ流石に堪えるだろう。死なないせいでここまで苦しんでるとも言えるかもね」


「こ、これで死んでないんですか!?」


 ひっと悲鳴を上げて里美が後ずさる。通常の人間ならば死んで解放される痛みを奴は真正面から受け、それでいて生き続ける。自分を狙っている者の異常さを改めて感じて恐怖を覚えたのだ。


「恐らくね、でも今これ以上戦うことはできない筈だ……やっと署までご同行を願うことができる」


「捕まえるんですね……」


「警察の本来の仕事ってそれだろう?ま、僕は特殊生物の駆除課だけどさ。……こちら武藤、仁さん応援を玄武の現在地まで移動願えますか」


 相手に知性があるならば話が聞けるだろうと、宗玄が敵を確保しようと考え通信で応援をこの場に呼ぼうとする。通信相手は課長の柏木 仁。急な玄武の出動に加え、応援を呼ぶなど警察内のコネをフル活用して今回の宗玄のサポートをしていた。


「……送迎かい? 悪いがそれは不要だな。自分の家にぐらい自分で帰れるさ」


「ッ――!? こいつもう喋れるのか!?」


 予想以上に回復が早いことに驚く宗玄。後数時間は全く動けない状態だと思っていたのだが当てが外れた、この様子では動けるようになるのも時間の問題だろうと至近距離まで近づき冷凍粒子で凍らせようとする。


「おっと、二度も同じ手を喰らうほど僕も甘くない」


 地面に突っ伏した状態から予備動作なしで空に浮かび上がるドラキュラ、宗玄は冷凍粒子の射程距離には居たのだが、浴びせ続けなければ凍らせることはできない。


「しかし今回は苦汁を舐めさせられたな、次こそ甘美なその体を味わわせてもらうとするよ、また会おう!」


「クソっ! 待てよおい!」


 捨て台詞を残して夕日が沈みすっかり夜になった空に消えていくドラキュラ、余裕ぶってはいたがその額に流れる汗からは徹甲炸裂弾の痛みがベルゼリアンにとってもどれ程の物だったかを想像させる。


「チッ、なんてしぶといんだよアイツ……ニンニクと十字架でも装備しとくか?」


 凍結粒子が効かずともワイヤーや他の装備で後を追おうとするも、宗玄は相手を見失ってしまった。特殊生物の駆除と捕獲ができなくなった以上、仕事は巻き込まれた市民の保護だろうと、里美に向き直る。


「さて、当面の危機は去ったとみて良いかな。逃がしてしまったのは僕の失態としか言えないけど……とりあえずはバイクで僕と一緒に来てくれ。これからの事もある、色々話をしておきたいしね」


「わ、わかりました……」


 宗玄に言われるままにもう一度バイクに乗る里美、一山越したと思うと疲れがドッと湧いてきて体全体が重くなった気さえしてくる。そんな状況で肌を撫でる風がとても心地よかった。




「どこだーっ! どこに居る!? その告白にちょっと待ったー!!」


 所変わって里美が龍二に告白するのではと早とちりし、通学路を全力疾走しながら二人の姿を探している愛。


「待ってくださいよせんぱーい! はぁ、あんな元気どこから溢れてくるんだか」


 それを追いかける七恵と虎白、愛の猛スピードの前には太刀打ちできず随分と後ろを付いてきている。


「い、いつも元気なのが愛ちゃんの良い……所だから……」


「……美倉先輩、無理して走らなくても良いんじゃないでしょうか」


 運動音痴な七恵が息切れを起こしているのを見かねて虎白が七恵の元へ逆戻りしてきた。


「あ、ありがと……ごめんね、迷惑かけて」


 額に流れた汗を拭い、何とか足を止めずに歩こうとするも、限界はとうに来ていたのか足を止めしゃがみこんでしまう。


「これぐらいで謝られても逆に困ります。それに迷惑だってなら遠藤先輩ですよ、いつもいつも人を振り回してばかりで……」


 虎白もしゃがみごんで視線の高さを合わせる。息が上がった大きな呼吸が虎白の髪をなびかせるほど二人の距離は近い。


「あはは……確かにちょっとアグレッシブすぎるところはあるよね……でも私はそんなところが好きだから」


「最近思うのですが、美倉先輩は何故それ程までに遠藤先輩の事を気に入っているのです? 物静かな先輩と遠藤先輩は馬が合うタイプとも思えませんし……最早執着のレベルです」


 あまりにも愛の事を持ち上げる七恵に対し、当然な疑問とちょっとした嫉妬が沸き上がる。口から出た言葉は少し棘のある言葉になってしまった。


「執着……か、確かにそうかも。でも友達がいなかった私に声をかけてくれたのは愛ちゃんだけだった」


「そりゃ特別な思いがあるのもなんとなくわかりますけど……別に今は遠藤先輩だけが友達じゃないでしょう?」


 少し俯きながら、小さくとも強い意志を感じさせる声で疑問に答える七恵。その顔に虎白は確かに影を見る。誰もが敵に見える孤独と不安。こんなに意志が弱いように見える彼女も、その不安と戦ってきたのかもしれない。


「井ノ瀬先輩もいれば青木先輩だって……それに私も居るじゃないですか、私新入りとして先輩が気を使ってくださってたのは理解してます」


 孤独と戦っていたのは七恵だけではない。虎白も白虎へ変わる異能を得てからは不安と恐怖に襲われ、家族にさえもこの身に起きた現象を説明すれば何と思われるかと打ち明けることができなかった。そんな中で同じ力を持つ龍二と、力を知っても普通に接してくれる三人と出会い、虎白は救われていたのだ。その中でも不器用ながらも気にかけてもらった七恵の事は普段は言わないが感謝していた。


「さっきも言ったけど、愛ちゃんの真似をしてただけだよ。後輩が周りから浮いてたりしたら昔の私みたいで可哀そうかなって……でも逆に心配されてたら先輩失格かな」


 虎白の思惑とは違い、七恵は自分に自信がないのか謙遜しているのか未だ暗い顔をしている。珍しく素直に感謝を伝えているのに、虎白は少し不満ではあった。仕方がないと思いながら言葉を返す。


「そんなことないですよ、美倉先輩は私が尊敬する人間の一人です。だから、あんまり遠藤先輩の事ばかり話してると嫉妬しちゃいますよ?」


 普段は性格上言いにくい言葉が何故か出てくる。七恵を取り巻く雰囲気が助けてやりたいだとか守ってやりたいだとかを思わせるからなのか、彼女の前ではそうツンツンしていられないと感じてしまう。


「つまりその、何が言いたいかですけど……仲良く、しましょうよ。いや、今も仲は良いとは思ってますけど、もっと……もっとです!」


 これ以上ない最大限の所謂デレと言うやつだ。愛に何か問題があるわけではないが、愛ばかりではなく他の人間にも目を向けた方が幸せになるのでないか。そう思って微笑みを向けてみる。他の人に一直線な彼女を、こっちに振り向かせてみたかったいたずら心が含まれていたのかもしれないが。


「もっと……うん! じゃあお近づきの印にハグしましょー」


 七恵が両腕を広げて虎白を待ち構える。先ほどの校門前で拒否されたのが悔しかったのか、今度こそハグしてほしいらしい。


「……ダメです。休憩も終わったし、すぐに遠藤先輩に追いつきますよ」


 ここまで付き合ってやったのだから最後まで甘えてみても良いかとは思ったが、そこまでサービスしてやるのも柄じゃない。虎白はゆっくりと立ち上がると、愛が走り去っていった方向に走り出した。


「あ、ちょっと待ってよー」


 少し休んだと言えど七恵の体力は完全に回復したわけではない。息を切らし続けながら何とか虎白が見える位置に食らいついて走るのであった。




「龍二君!?」


 耳を塞いでしまいたくなるような愛の叫びを虎白が聞いたのは、走るのを再開してから約数分の事だった。あまりにも緊迫した驚愕の声に、まさか本当に里美と龍二がくっ付いたのか? などと思いながら七恵のために落としていた速度を上げ、一気に愛の元へ駆けつける。


「龍二君、しっかりして! い、今救急車呼ぶから!」


 愛の声を頼りに駆けつけた先で見たのは、傷つき倒れた龍二とその傍で涙を流し悲しんでいる愛。愛はスマホを使って救急車を呼ぼうそするのだが、手が震えてうまく操作できていない。


「い、いや……呼ばなくても、良い……俺ならば、寝ていれば治る……」


 龍二が震える腕を掴んで電話を掛けるのを遮った。確かにベルゼリアンの回復力ならば死にさえしなければ何もしなくてもいずれ回復する。ただ、そうは言っても体中傷だらけで、顔は血で真っ赤に染まった姿を見ては平然としていられない。


「ちょっと、何があったんですか!?」


 虎白も龍二の元へ駆け寄る。


「奴らに襲われた……里美は……無事なはずだ……玄武が、助けに入って――ぐッ!」


 特に痛むのか、顔を手で押さえながら苦しむ龍二。弱々しい声は更に小さくなっていき、体力の限界を感じさせる。


「井ノ瀬先輩が…!? わかりました。まずは連絡を取れるか確認しておきます。いざとなったら私が助けに行きますよ」


「わ、私は咲姫さんに電話する! いくら大丈夫だって言っても安静になれる場所は必要だし、事情も話せる!」


 二人がスマホで各自連絡を取り始める。幸運にも連絡はどちらもすぐに取れた。その様子を聞いていた龍二は痛みを徐々に感じなくなっていた。だが怪我が治ったわけではない、次第に瞼が重くなる感覚も覚えてくる。里美と連絡が取れたのを聞いて、安堵を覚えたからか気が緩んだのだろう。だんだんと意識が消えていく。次に目覚めるのは、どこだろうか……

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